32 朝食後の特訓
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今回は前半アリゼ視点、後半クラリス視点です。
クラリスの朝は、ちょっと遅い。
それでも以前から比べれば、早起きするようにはなった。
朝の時間を、学習に使う為だ。
まあ早起きの動機が、私の用意した朝食を食べる為……というのが、かなりの割合を占めているようだが……。
以前は朝食を食べていなかったクラリスだが、早起きした為に朝食を食べる必要が出てきたのだ。
朝食は城の料理人に用意させても良かったのだが、ついでだから我が家での朝食を多めに作ってもらい、持参することにした。
作ったのは私から料理指導を受けた我が家のメイドさん、ケシィーだ。
この世界には存在しなかった調理方法を用いているから、向こうの料理の味を知っている私や、私と記憶の一部を共有しているレイチェルには懐かしい味でもある。
なお、学院の調理担当にも教えているので、給食でも日本食的なものが出ることもあるのだが、なかなかの好評だ。
将来的にはこの味を覚えた子供達が働けるような、飲食店のチェーン展開をする……という計画も考えている。
ともかくクラリスも、我が家の朝食を毎朝楽しみにしているらしい。
さあ、おあがりよ!
今日はミックスサンドよ~。
「ん~、なにかしらね、この美味しさ……。
寝起きでも沢山お腹に入るのだから、不思議だわ……」
「それはよかったです。
野菜もかなり食べられるようになりましたね」
異世界で売り出せば一財産になることでお馴染みの、マヨネーズも使っているよ。
解毒や浄化の魔法があっても卵料理は傷みやすいから、この世界ではあまり一般的ではないようだ。
まあ、前世でも飲食店のお持ち帰りメニューの中には、卵やマヨネーズを使った料理は除外されていることもあったからなぁ。
「でも、城の料理人が作ったものだと、まだ微妙なのよ……。
調理法でこんなに変わるのね……」
うむ、全ては使い方次第。
そしてそれはあらゆることに通じる。
道具や人材の活かし方も同様だ。
「さて、朝食が終わったら、今日の学習に入りましょうか。
……って、だから毎度嫌そうな顔をしないでくださいよ」
相変わらずクラリスは、勉強に苦手意識があるようだ。
気持ちは分かるが、今学習したことが将来役に立つこともあるんだよ?
私だって前世で学んだ知識がなければ、何処かの時点で詰んでしまっていた可能性も高い。
学ぶことは、将来の自分自身への投資のようなものなのだ。
……とはいえ、城の中で延々と座学というのも、飽きが来るのかもしれない。
たまには城の外に連れ出した方が、気晴らしになるかもしれないなぁ……。
「それならば本日は、課外授業といきましょうか」
「……え?」
前の社会科見学を思い出したのか、クラリスの口元は引き攣っていた。
「何処なのよ、ここは……?」
私──クラリス・ドーラ・ローラントは、転移魔法でいきなり広い通路のような場所に連れてこられた。
ここが何処なのか、全く分からない。
何処を見ても壁と天井と床しかないので、場所を特定することは困難だ。
屋外ではない……ということくらいしか、分からないわね……。
で、私をこんな場所へと拉致してきた張本人の、アリゼはというと──、
「クラサンドにあるダンジョンの地下50階層ですよ。
人目もほぼありませんし、壁などを破壊してもすぐに修復されるので、多少派手なことをしても、問題ありません。
今日はここで、冒険者の活動を体験してみましょう」
なんかとんでもないことを言い出した。
ダンジョンって魔物が徘徊する、超危険地帯じゃない!?
貧民街の方がまだ安全でしょ!?
「クラサンドって、魔族が出たっていうあの……?
大丈夫なの?」
「もう魔族はいないので、大丈夫ですよ?
……私が全部駆逐しましたからね」
「え、今何かとんでもないことを、ボソリと言わなかった!?」
「なんでもないですよー?」
あからさまに誤魔化してきて、ムカつく……。
「……というか、なんで私が冒険者の真似事なんか……」
「まあ、冒険者と言うよりは、姫様の戦闘力の強化が目的ですね。
王族はいつどこで命を狙われるのか分からないので、最低限自衛できるようになってもらいたいと思います」
「そうね……今まさに、命を狙われているようなものだわ……。
私、ここに置き去りにされただけで、死ぬのだけど……?」
下手な暗殺者よりも、アリゼの方が危険だと思うの。
私の認識は、間違っていないわよね……?
実際、彼女がその気になれば、私の命は今すぐにでも無くなるのよねぇ……。
「さすがに今度は、置き去りにしませんよ。
本当にすぐ死んでしまうので」
……やっぱり死ぬんだ……。
「嫌だ……もう帰りたい……。
そもそも私は、戦ったことなんてないのだけど?」
「戦い方は今から教えますよ。
剣術などは、まず身体を鍛えなければどうにもならないので、姫様には魔法を覚えてもらいます」
それはちょっと興味があるわね。
アリゼみたいに魔法が使えるのなら、気持ちよさそうだわ。
「でも……難しくないかしら……?」
「姫様は他者よりも魔力が多いので、適性はあるはずですよ。
まずは魔力のコントロールから、練習してみましょう」
「へ……私に魔力があるの?
今まで感じだことないわよ?」
「真面目に魔法の授業を受けていれば、感じる機会もあったのでしょうけどねぇ……」
「うるさいわね。
だって呪文の暗記とか、そういうものばかりだったんだもの。
あんなの面白い訳ないじゃない」
本気で魔法を覚えたい人じゃないと、やってられないと思うの。
だからアリゼの前任者による魔法の授業は、悉く拒否していた。
そしてアリゼも、私には先に身につけなければならないことが山のようにあるから……と、魔法の授業は後回しにされ、今日初めて教わることになる。
「まあ……呪文の詠唱が必須だと考えるような、現在の魔法常識が問題なのでしょうねぇ……。
実際には言葉が使えない魔物でも魔法は使えるので、呪文は必要ありません」
「無駄じゃない!?」
早々に魔法の授業を投げ出しておいて、正解だったわ……。
「ともかく、まずは魔力を感じるところからやってみましょう。
これから姫様の身体に私の魔力を流し込むので、すぐに分かるはずです」
そしてアリゼは、私の背後に立って、両肩に手を置いた。
「なお、私の集中力が乱れて、うっかり魔力を多く送りすぎると、姫様が破裂してしまうかもしれないので、いきなり大声を出すようなことはしないでくださいね?」
「ちょっ──!?
やっぱり、やめてくれる!?」
アリゼが怖いことを言ったので、私は止めようとした。
が──、
「大丈夫ですよ、姫様はできる子です。
自分を信じるのではなく、私を信じてください。
あなたを信じる私を信じるのです。
それではいきますよ」
アリゼは訳の分からないことを言いつつ、強引に続けようとしたので、私は彼女を刺激しないようにする為、押し黙るしかなかった。
緊張で身体がプルプル震えるのだけど、本当に大丈夫なのでしょうね……!?




