31 謎の存在
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私はクラリス・ドーラ・ローラント!
この国の王女よ。
今、財務大臣をしているオーラント公爵と密談中なの。
そういえばオーラントって名前は、私のローラントと似ているけど、公爵家って王家の親戚筋だからその関係で似ているのよね。
だけど正直言ってこの人のことは、殆ど知らなかったわ……。
そんな人と話をしているなんて、ちょっと前の私からは考えられないことだけど、良くも悪くもアリゼと関わってから、世界が広がったような気がするわ。
「それではお話もひとまず纏まったようですし、私はお茶を煎れなおしてきますね。
姫様と閣下は暫しご歓談くださいませ」
と、アリゼは唐突に転移魔法で消える。
「いきなり消えるのは、やめなさいよっ!?」
ちょっと心臓に悪いのよね……。
「転移魔法は高等な術だと聞いておりますが、ああも易々と……。
やはり恐ろしい方ですなぁ……」
「やはり……って、あいつのこと、何か知っているのかしら?」
私の言葉に、オーラントは神妙な顔つきになった。
アリゼの能力については、あのオークション会場で見たことくらいしか知らない。
「……何者か知らずに、側に置いているのですか?」
「うぐっ……それを言われると痛いわね……。
どうも侍女の求人へ普通に応募したしてきたらしくて、最初はただの侍女としか認識していなかったのよね……。
確かキンガリー伯爵の姪という話よね……?」
「キンガリー……ああ、先代は最初の犠牲者とされていますね。
未だ繋がりがあったのか……」
オーラントが気になることを言った。
犠牲者とは、穏やかじゃないわね……。
「最初の……というのはどういうことなのかしら?」
「私も真相はよく知らなかったのですが、今回のことで改めて配下に調べさせました。
それによると5年程前でしたか、彼女が大暴れしていたのは……」
「お、大暴れ……!?」
「ええ、なんでも悪質な奴隷商や、それと繋がりのある貴族ばかり、暗殺や襲撃などの手口で数百人は犠牲になったとか……。
その始まりと言われているのが、先代のキンガリー伯爵なのですよ。
謎の火災によって懇意にしていた貴族や奴隷商数十人と一緒に、この世を去ったそうです……」
「数百……!」
それはちょっと大事件すぎなのでは……?
それをアリゼ1人でやったのだとしたら、凶悪なテロリストなんて可愛く見えるレベルなんだけど……。
「そんな大事件なのに、犯人を捕まえることができなかったの……?
それだけ派手に犯行を繰り返していたら、犯人の特定だって難しくはないのでは?」
まあ、それができなかったからこそ、アリゼがここにいるのでしょうけれど。
「それが……目撃された容疑者の姿が、毎回違うのですよ。
老若男女あらゆる姿で現れ、しかも後に犠牲になった貴族や奴隷商の姿だった……という目撃証言もあったとか。
ですから当初は組織犯罪も疑われていたようですが、手口があまりにも常軌を逸していた為、こんなことができる者が何人もいるはずがない……と、単独犯であると断定されたようです。
しかも生き残った関係者が、何かに怯えるように口を噤んでしまい、犯人の特定なんて不可能だったそうですよ……」
なにそれ、怖い。
あいつ、姿まで変えられるの!?
「それにいくつかの犯罪組織が、拠点ごと跡形も無く消滅したなんて話もあったそうで、これはもう神の怒りに触れた天罰なのではないのか……と言う者まで現れました。
実際、犠牲になった者は、評判の悪い者達ばかりでしたからねぇ……。
その上、犯人と戦闘した騎士団もいたことにはいたのですが、数十人もの騎士が手も足も出ずに一蹴されてしまったとのことで、これはもう捕縛も不可能だし黙認でもいいのではないか……ということになったようです。
どうせ犠牲者は、真っ当な者達にとってはいない方がいいような連中でしたからね……」
「貴族が沢山殺されているのに!?
それはもう、国家としての敗北ではないかしら……?」
「事実上そうでしょうね……。
どうやら彼女に屈服した貴族も相当数いるようで、彼らの働きもあったものだと思われます」
「おお……」
思っていたよりも凄いことになっていた。
もうアリゼに国が、半分乗っ取られているじゃない!?
まあアリゼ本人は、自分が女王になれば統治が難しくなる……みたいなことを言っていたけど、これだけやらかしていればそれも無理ないわ……。
こんな恐ろしい存在に、国を安心して任せられる人は少ないでしょうね……。
だからこそ代わりに、私が女王になる必要があるということなのね……。
「そんな彼女がある時、学院を作るから手を出すな……と、各界に警告を出したそうなのですよ。
ここでようやく、今まで謎だった犯人の姿が表に出てきた訳ですね。
それでも問題が無いくらい、この国への根回しができたということでもあるのでしょう。
実際、彼女の所在が分かったにもかかわらず、誰も手を出さなかったようです。
ただ1人……認識が甘かったグラコー男爵以外は……ね」
グラコー男爵……ああ、オークション会場でアリゼが口にしていた名前ね。
それを聞いた皆が、震え上がっていたのが謎だったのよね……。
「その男爵は……何をして、どうなったの?」
「配下の人身売買組織の者に、学院の子供達を攫わせたそうですよ。
まあ、彼女自身が子供達を取り返した上に、組織の構成員は全員捕縛されて犯罪奴隷送りになり、強制労働中だとか……。
男爵は……彼女に睨まれることを恐れた貴族や豪商に縁を切られて権力の基盤を失ったたあげく、突然の落雷によって屋敷ごと燃えたそうですな……」
こっわ……!
まあ、子供を攫うような奴には、当然の報いかもしれないけれど、アリゼも容赦ないわねぇ……。
「それ以来、彼女に関しては以前にも増して、絶対に触れてはいけない禁忌の存在になっていたとか……。
まあ、それから3年ほどは大人しくしていましたが、まさか姫様に取り入り、国を変える為の事業を画策していたとは、実に侮れませんなぁ……
それで殿下はこの話を聞いて、彼女をどうするのですか?」
なるほど……。
思っていたよりも凄い過去だった……。
正直言って、何百人も殺しているという話は恐ろしい。
だけど子供達を助ける為に、アリゼが必死だったのだということも、なんとなく分かってしまうのだ。
今回の資金を集める方法だって、以前から考えていたことだろうし、それだけ日頃から子供達の救済を考えていたのだと思う。
そうでなければ自ら孤児院を作って、炊き出しをすることもしないのだろうしね……。
「……どうもしないわね。
そもそも私にはアリゼをどうにかできるとは思えないし、それならばせめて私にとっても都合がいいように、精々利用させてもらうわ。
あなただってそう思ったからこそ、私達と手を組むのでしょう?」
私の指摘を受けて、オーラントは笑みを浮かべた。
期待通りの答えだったようだ。
その時、背後から声が聞こえてくる。
「ふふ……姫様もなかなか大物ですねぇ」
「アリゼ!?
いつからそこに!?」
「今ですよ、姫様」
いつの間にかアリゼが私の真後ろにいた。
でもさっきの言葉から察するに、話はずーっと聞いていたんだと思う。
だからこそこいつは、嬉しそうな顔をしているんだ。
その凄惨な過去を知っても、私がそれを受け入れたから──。
……なんだ、こいつにもちょっと可愛いところがあるじゃない。
それから私達は、今後のことについて、色々と話し合った。