30 密 会
ブックマーク・☆での評価・誤字報告・感想をありがとうございました!
クラリスが城に帰還してから数日後、私と彼女は城の貴賓室へと向かっていた。
貴賓室は事前に予約を入れることによって、無関係の他人と鉢合わせることがないようになっている。
その貴賓室でクラリスは、とある人物と面会をする予定だ。
さすがに王族を待たせる訳にはいかないので、件の人物は既に部屋で待機しているはずである。
「待たせたわね」
「ハハ……一日千秋の想いで待っておりました、王女殿下」
と、答えたのは、50代ほどの立派な口ひげを蓄えた男だった。
王族に対して「待たされた」と言えば、不満の表明と受け取られて不敬になってしまのだろうが、「会いたくて待ちきれなかった」という印象になる言い方をするあたり、さすがは貴族の世界で長年生きてきた者だと感じさせる。
堂々としたものだ。
まあ、言っていることは、「待ちくたびれた」と同義なのだろうけども。
そんな彼からは、私に対する怯えの気配が伝わってくる。
それはオーラだけではなく態度からも滲み出ており、それがクラリスにも感じ取れたらしく、軽く首を傾げていた。
ただその理由も、そして彼が誰なのかも、彼女には分からなかったようだ。
「え~と、あなたは……どこかで見たことがあるわね?」
「財務大臣を務めております、オーラント公爵閣下でございますよ、姫様」
「財務大臣……!
それじゃあ……!!」
私の説明を受けて、クラリスの顔が明るくなる。
だが、それはすぐに困惑顔へと変わる。
「残念ながら、国の予算をどうこうする……という話ではありませんね……」
国の予算で貧民達の救済を行えるのだと勘違いしたクラリスに、私は訂正を入れておく。
この財政難の国で、そんな都合の良い話はないのだ。
まあ、これから都合を良くするが。
「え……じゃあ、資金提供……って?」
「まず、彼がどういう立ち位置にいるのか、それをお教えしましょう。
彼は姫様に金貨300枚の値を付けた男ですよ」
「!?」
「いやっ、そ、そんなことはっ!!」
私の言葉に、オーラントは慌てた。
実を言うと彼には、「オークションの件」という名目で招待状を送って、この場に呼び寄せた。
だからクラリスからある程度の要求があることは覚悟していたのだろうが、さすがに「金貨300枚」のことまで特定されているとは思っていなかったのだろう。
そしてオークションに参加していただけなら何も罪には問われないが、王族を買おうとしたとなれば、死罪も有り得る。
だからオーラントは必死で弁明しようとするが──、
「私の目を誤魔化せるとは、思わないでくださいよ、公爵閣下?」
「うぐっ……」
私に睨まれて、言葉に詰まる。
「つまり……事実なのね?」
「それは……その通りです」
クラリスの問いに、オーラントは蒼白な顔になって答えた。
「し、しかし王女殿下の存在に気付いたからこそ、あの場から救い出す為に競売に参加したのです!
本来ならば殿下を売ろうとした組織を取り締まるべきでしたが、あの場ではすぐに対応することもできず、殿下の保護を優先する為にあのようなことを……!」
「半分は本当、半分は恩を売って利用できるかも……ってところでしょうね」
「ぐっ……」
ハッハッハ、オーラの色は隠せないよ、君ぃ?
「でも、私を奴隷にするつもりは、無かったということね?」
「そっ、その通りです、殿下!」
これは本当らしい。
そうでなければ、この場に呼ぶこともなく、今頃は処分している。
ロリコン死すべき、慈悲は無い(※リチアはギリセーフ)。
「ふむ……」
それからクラリスは、少し考え込む。
「なるほど、アリゼの意図が分かったわ!
彼の個人的な資産から、炊き出しなどの予算を出させるということなのね?」
「素晴らしい!
その通りです」
やはりクラリスは勉強こそ現時点では駄目だが、根本的なところでは聡明だ。
「そういうことならばオーラント公爵、私につけた金貨300枚を投資なさい。
それであの件は無かったことにしてあげるわ!」
「それで良いのでしたら、私としても吝かではありませんが……。
それにしても投資とは……?」
「私はこれから、貧民を救済する為の事業を興したいと思っているわ。
国でできないというのならば、私個人の基金ということにしてね。
私に恩を売るチャンスよ?」
「付け加えるのならば、これからあのオークション会場にいた全員へ、寄付を呼びかける書簡を送る予定です。
閣下が金貨300枚を出したということを書き添えておけば、他の者達もはした金を出したのでは示しがつかないと感じることでしょう。
最低でも金貨1000枚以上──場合によってはその数倍は集まるものと予想しています。
これを元手にして、将来的には貧民達が働ける場所となる事業を立ち上げたいと思っているのですよ。
そしてそこで生じた利益が、出資者達へも還元されるかもしれないということです」
「ほ……ほう……?」
私の説明を聞いて、オーラントは考え込む仕草をする。
自身にとっての損得になるのかを、考えているようである。
「たとえば最近王都では、我が学院の制服であるセーラー服を模倣したものが流行っていますが、これを正規品として市場で売り出すだけでも、大きな利益が見込めるでしょう。
しかも服のデザインは、更にいくつも革新的なものを用意していますよ。
他にも魔法塾を創設するのも、よいかもしれませんね。
私は無詠唱呪文の技術を確立していますが、これを学院の子供達にも教えています。
あと数年もすれば、彼らが講師として多くの生徒を受け持つことが可能になるでしょう。
さらには建築・土木や農業など、新しい技術の案はいくらでもありますので、ありとあらゆる分野で新たな事業を立ち上げることが可能です。
そこからの利益を、出資金額に応じて還元するという仕組みを、考えているところですよ」
と、壮大な計画を立ててはいるが、現時点では絵に描いた餅である。
勿論、前世の知識をフル活用して実現するつもりはあるのだが、私が言っていることはまだ出資金詐欺と大差ない。
それでも──、
「……そういうことでしたら、私は金貨500枚を出しても良いと考えております」
オーラントは話に乗ってきた。
私の実力を実際に見ているので、話に説得力を感じたのかもしれないし、王女との縁を強めることに魅力を感じたというのもあるのだろう。
「それならば、話は決まりね。
これからもよろしく頼むわ!」
──こうして、後の歴史にクラリスの名を刻むことになるであろう事業が、ここに動き出したのである。
……そうなるといいなぁ。