29 活動開始
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クラリスが城の部屋に帰った日の翌日──。
彼女は疲れたのか、昼過ぎになってようやく起き出してきた。
「おそようございます、姫様」
「なにそれ……」
「さあ、今日から本格的に勉強ですよ、姫様」
「…………」
クラリスが渋面を作っている。
本当に駄目そう……。
「はい、嫌そうな顔をしない!
姫様はこの国を変えるのでしょう?
無知なままでは、何も変えられませんよ?」
「分かっているわよ!
分かっているけど、苦手なものは苦手なのよ……」
実際、その後の授業でクラリスは、かなり悪戦苦闘していた。
やばいな……どこから教えればいいのかわからねぇ……。
それくらい何もできないのだ。
今までサボり過ぎたので無理もないが、現状ではポンコツ姫と言うしかない。
それにクラリスには、勉強に集中できない理由があるようだ。
「……何か気になることがあるのですか、姫様?」
「いえ……本当にこんなことをしていて、いいのかと思って……。
今も大変な思いをしている人達が、沢山にいるのよね……?」
ああ……苦しむ民衆を、今すぐ助けたいのか。
それは私にもある心の葛藤だ。
「そうですね……。
ですが奴隷の解放も、経済の回復も、国の政策を劇的に変えなければ無理でしょう……。
その為には、国政に対する大きな発言権が必要です。
今の姫様には、それがありません。
だから姫様が一刻も早く国王の跡継ぎとして成長するのが、1番現実的ですね」
「……アリゼでも無理なの?
あんたなら、今すぐにでも女王になれるんじゃない?」
とんでもないことを言い出すな、この姫様!?
自分の父親から、国を奪えとおっしゃるか。
「……できないとは言いませんが、その後の統治が難しくなる可能性が高いです。
私は一部の者達からは酷く嫌われていますし、王家に連なる血筋ではありませんので、王として認めない者達は多いでしょう。
むしろ自分こそが王に相応しい……と、兵を挙げる者が出てくるかもしれません。
そうなれば内乱です」
まあ、力によって不満分子を押さえつけることはできるのだろうけれど、際限なく見せしめが必要になるからなぁ……。
そんなのは恐怖政治も同然だ。
しかしクラリスは言う。
「それでもあなたなら、勝てるんでしょ?」
うむ、その辺はしっかり理解されているな。
トロールを血祭りにあげた甲斐があった。
だけど同時多発的に挙兵されると、私だけでは手が回らなくなる可能性もある。
対処が遅れれば、おびただしい数の人間が死んでしまうことになりかねないのだ。
「勝てるでしょうけど、死人が皆無……という訳にはいきませんねぇ。
ですから姫様が王を継ぐことが、1番平和的だと思います。
『急がば回れ』という言葉もありますよ?」
勿論、クラリスが女王になったとしても、不満分子は必ず出てくるだろう。
特に奴隷の解放には、相当強い反発があるはずだ。
でもだからこそ、私は裏で暗躍できる立場からクラリスを支える方がいい。
私が女王になったら、動きにくくなるのは間違いないからね。
そういうことだからクラリス、ボクと契約して女王様になってよ!
特典でソウル●ェムもつけるよ?
「……なんでかしら?
今、凄く嫌な感じがしたんだけど……」
「そういう勘は、大事にした方がいいですね。
でもまあ……姫様が女王になるのは既定路線として……」
「勝手に決めないで!?
私はあなたが女王になる方向も、捨ててはいないわよ!」
だが、断る。
「……姫様が女王になるのは既定路線として、今できることはしたいという姫様の気持ちも分かります。
ならば国王に、政策を変えるように進言してみますか?
国王が姫様の言うことを聞いてくれれば、大きく動きますよ?」
「……考えておくわ……」
しかしクラリスは、難しい顔をして黙り込んでしまった。
半ば育児放棄状態の彼女にとっては、親に会うという普通の親子ならば当たり前のことに対しても、勇気がいることなのだろう。
というか、こっそり国王夫妻の様子を見に行ったことがあるけど、あれとクラリスを会わせるのは、少々酷な話かもしれない。
ちょっと色んな意味でヤバかったので、話が通じるとは思えないのだ。
……って、クラリスのテンションが、あからさまに下がってしまったな……。
これでは今後の学習にも、影響が出てしまうかもしれない。
ここは腹案を出しますか。
「そうですね……炊き出しを増やしたり、国中の孤児院の環境を充実させたりすることくらいならば、現状でもどうにかなりますよ?」
「本当!?」
私の言葉に、クラリスは嬉しそうに食いついた。
表情がコロコロ変わるなぁ。
「ええ、数日待ってください。
姫様に会っていただきたい人がいます」
「え……誰かしら?」
「資金提供をしていただける、優しい人ですよ」
「そ……そう。
あなた、ちょっと悪そうな顔をしているわよ……?」
おや、クラリスも「優しい人」が言葉通りの意味ではないと、察することができたか。
「ともかく、今日明日でどうにかなることではないので、姫様は地道に勉強を頑張りましょうね」
「ぐぬぅ……」
と、クラリスは呻くも、勉強には再び取り組み始めた。
なんだかんだで、根は真面目な子だ。
「はい、そこ間違えてます」
「えっ!?」
まあまだ能力は、志に追いついてはいないけどね……。