閑話 レイチェルのお手本
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あたしはカーシャ。
トカゲ型獣人だ。
「トカゲさん、今日も一緒ですね!
お互いに頑張りましょう!」
「お……おう。
あたし、カーシャって名前があるんだけど」
「ああ、ごめんなさい。
カーシャですね。
分かりました。
私はレイチェルです」
「知ってる」
あれから院長の娘のレイチェルとは何度も一緒に剣の稽古をしたが、いくらあたしが張り合っても、全く勝てる気がしなかった。
どんなに頑張っても、結局はあたしの方が先にバテる。
「おーい、カーシャー!
レイチェルに合わせようとしないで、自分のペースでやった方がいいぞ?
無理をすれば、怪我をする」
リチアの姉御に、そんな注意を受けた。
だけどあたしは、レイチェルに負けたくないんだ。
それに頑張ってバテれば、レイチェルがマッサージをしてくれ──いやいや、期待なんかしてないんだから!
「でも、このままじゃ、いつまで経っても、レイチェルに勝てない……」
「カーシャの目標は、レイチェルに勝つことなのか?
違うだろ?
その目標の為には、絶対に必要なことかどうか、それはよく考えた方がいい」
「……!」
あたしは強くなりたい。
だけどそれは、冒険者や騎士になりたいからだ。
レイチェルに勝つ為じゃない。
勿論、レイチェルに勝てるくらい強くなった方がいいのだろうけれど、絶対に必要かと言われると確かに違う。
「でも、どうしたらいいんだ……?
あたしは、もっと強くなりたいのに……」
「う~ん……。
まずはレイチェルに張り合うんじゃなくて、あの子から学んでみたどうだ?
あの子の動きは既に基本ができているから、真似てみるといい」
「え~、あたし、姉御に習いたいのに~」
「へへ……可愛いことを言ってくれるなぁ~」
と、姉御はあたしの頭を撫で回した。
そういえば、姉御はこうやって触ってくることが多いなぁ。
あたしは貧民街の生活の中では撫でられたことなんてなかったから、ちょっと気恥ずかしいけど、嬉しく感じる気持ちもある。
「私は自己流だから、あまり基本を教えるのには向いてないんだよ。
その点レイチェルの動きは、私の動きよりも洗練されている……と思う」
ええ……マジかよ?
姉御って元Aランクの冒険者なんだろ……?
それよりも上って……。
「そういえばレイチェル、剣の基本は院長に習ったのか?」
と、姉御が聞くと、
「違うですよ?
キエルとマルガを真似たのです」
レイチェルはそう答えた。
私にはその2人の名前は分からなかったけど、姉御は何か思い当たる節があるようで、顔色が変わる。
「え~と……クラサンドでの魔族との戦いで活躍した、Sランク冒険者がそんな名前だったな……。
確かパーティー名は……3姉妹で、学院と同じ名前……。
あれ? レイってリーダー格のが処刑されたって聞いてたけど、元Sランクの院長ってもしかして……?」
「リチアー、その辺はトップシークレットなのですよ~?」
「お、おう……。
そうか……」
ブツブツと何事かを呟いていた姉御は、レイチェルの一声で黙る。
なんだか妙な迫力のある気配が、あたしの方にも伝わってきた。
本当に幼児なのか……?
「ふむ……レイチェルはSランクの剣技を知っているのか。
ちょっと興味があるな。
私と軽く試合をしてみないか?」
「いいですけど、ママにバレたら『危ない』って怒られませんです?」
「うぐっ……!
い……院長には内緒ってことで……」
「分かったです
それならいいですよ」
「駄目だよ?」
「「「!?」」」
姉御とレイチェルの会話に突然割り込んできたのは、院長だった。
一体何処から現れたのか、全く分からなかった……。
「マ、ママっ!?」
「ひいっ、院長!?
スミマセンでした!」
姉御が言い訳もせずに、いきなり土下座している……。
こんな姉御、見たくなかった……。
「あ~……リチアさん、頭を上げてください。
別に試合が駄目って訳じゃないのですよ?
万が一の時にも対応できるよう、回復魔法や結界が使える私がいる時ならいいでしょう」
「それじゃあ……ママ……?」
「でもどうせなら、いずれ姫様がここへ視察に来ることになるでしょうから、他にも参加者を《つの》って、御前試合……といきましょうか。
魔法が有りでも面白いかもしれませんね」
「わぁ、面白そうなのです!」
「ええ……姫様って、王女?
なんでそんな大それたことに……!?」
姉御はなんだか愕然としていたけど、あたしはちょっと楽しみだ。
可能ならあたしも参加して、自分の実力がどれほどなのか、試してみたいな。
「まあ、姫様の予定はまだ決まっていませんから、まだ先の話になると思います。
皆さん、それまでにしっかりと鍛えてくださいね」
うん、あたしも試合に出られるように、頑張るぞー!
なお、試合はかなり先の話で、しばらくはクラリスを鍛えます。
次回の更新は明後日の予定です。