閑話 学院のトカゲ
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今回から3回ほどトカゲ視点の閑話です。
あたしの名はカーシャ。
トカゲ型の獣人だが、親の姿は見たことがないので、実際にはどんな種族なのかはよく知らない。
気がついたら貧民街で、同じ孤児達と一緒に生活していた。
色んなことが沢山あったけど、他人に話すようなことでもないな……と思うので、今は話さない。
その貧民街での生活は、ある日突然終わることになった。
それはクラリスという、いかにも金持ちの出身っぽくて、そして生活能力が無さそうな娘との出会いが切っ掛けだった。
着ている服は粗末なのに、隠しきれない気品?……そんなものが感じられたんだよな。
でも、なんで助けたんだろうなぁ……?
放っておいたら「こいつ絶対に死ぬな……」と思ったから、つい助けてしまったけど、厄介事の臭いもしていた。
なんであんなところにいたのか今も分からないままだけど、本当なら関わらない方が良かったのかもしれない。
その予感はやっぱり当たっていて、あたしはクラリスと人身売買組織に捕まってしまい、もうそこで人生が終わるものかと……。
でも、結果的にあたし達は救い出された。
リチアって言う、元冒険者の姉御が乗り込んできた時には、救いの神に見えたね。
組織の人間も簡単に倒しちゃったし、あたしもいつかあんな風に強くなりたいなぁ……!
その後あたしは、クラリスを助けた功績が認められて、ノルン学院への入学が許可された。
この学院については、炊き出しでいつもお世話になっていたから名前は知っていたけど、普通の孤児院だと思っていた。
しかし実際には、思っていたものとはかなり違うようだ。
学院は全寮制で、生活費は全て学院が出してくれるし、毎日3食用意される飯は炊き出しのよりも美味しくて、量も多かった。
こんな贅沢をしていたら、学院に入れない孤児達から妬まれるんじゃないかと思うほどに。
だけどそんなにうまい話なんて、ある訳が無い。
学院では毎日のように、勉強を強いられる。
今まで見たことも聞いたこともない知識や技術を身につけろというのだから、これは大変って言うレベルじゃない。
文字の読み書きさえできなかったあたしにとっては、覚えることが多すぎて頭がパンクしそうだった。
他にも学院や寮の仕事に炊き出しの手伝いなど、やらなければならないことは山のようにある。
何もただで生活の面倒を見てくれている訳ではないのだ。
学院の方針の中に「働かざる者食うべからず」というのがあるらしく、乳幼児以外は全員が何かしらの役割を与えられているらしい。
これならば貧民街での生活の方が、気ままで楽だと思う者もいるかもしれない。
まあ……美味しい飯と、温かいベッドと、安全な生活は魅力的で、それを捨てるなんてあたしにはちょっと考えられないけれど……。
あと、獣人の先輩からは、訳の分からないことも言われた。
「お前が新入りだな?
あ~、毛が無いのか。
そりゃ……残念だ」
「は? なんだそれ?
あたしのことを、馬鹿にしてんのか?」
「いや、スマン。
そうじゃない。
院長がたまに、毛繕いをしてくれるんだけど、それが至高の気持ちよさなんだよ……。
だけど毛が無いと、その気持ちよさは半減するらしいんだ……」
「はあ……毛繕い?」
そんなの気持ちいいって言ったって、たかが知れているだろ?
あたしはそう思ったんだが、その先輩は本気の顔をしていた。
「だけど院長……男子はある程度成長すると、毛繕いをしてくれなくなるんだよ……。
俺ももうすぐ……。
ああ……あああ~……」
本気で嘆いている……。
そこまで言われると、ちょっと気になってくるな……。
院長って、あのクラリスのメイドだよな……。
なんでメイドが院長……?
「院長って、どんな人なんだ……?」
「この学院を1から作り上げた、凄くて偉い人だぞ。
でも子供には優しいから、あんまり偉いって感じはしないけど……。
ただ、リチアさんでも勝てない人だという噂はある……」
「はあっ!? あの姉御よりも!?
そりゃ嘘だろ!?」
「そう思うよなぁ……。
でも、レイチェルを見ていると、あながち冗談ではないと思うんだよな……」
「レイチェル……?
誰だ……?」
「院長の娘だよ。
たぶん、この学院で1番恐ろしい。
院長よりもヤバイ……!!」
「なんだそれ……。
院長の娘だからって、偉ぶっているのか……?」
我が儘なお嬢様というやつなのだろうか……。
「違う! レイチェルは天使だ。
この学院みんなの、可愛い妹みたいな存在なんだ」
それの何処が怖いんだよ。
意味が分からん
「じゃあ……なんで……?」
「まだ小さいから、手加減があまりできないみたいなんだ……。
レイチェルのフルパワーに付き合っていたら、命がいくつあっても足りない……。
で、娘があれなら、親がもっと凄いというのは納得できるだろ……。
あと、レイチェルを泣かせると院長とかが怒るから、そういう意味でも怖い……」
「う~ん、言っている意味がよく分からん」
「とにかく、レイチェルの扱いだけは慎重にするんだぞ!
絶対だぞっ!!」
「お、おう……」
そんな忠告を受けても、どうすりゃいいのか分かんねーよ……。
こんな風にこの学院は、色々とおかしなことが多いような気がする。
それでも楽しいことはある。
尊敬するリチアの姉御から剣を教わるのは好きだ。
あたしも強くなって、将来は冒険者や騎士になってみたいなぁ。
……いや、獣人のあたしじゃ、騎士は無理かな……。
この国じゃ、獣人の扱いは悪いみたいだし……。
でもクラリス個人に、護衛として雇ってもらうなんてことならできるのかな……?
まあともかく、あたしが強くならなきゃ、話は始まらない。
今日も剣の稽古を頑張るぞ!
そう、今日は姉御に、剣の稽古を付けてもらう日だ。
参加は希望者だけだけど、身体を動かすのが好きな獣人の子が多い。
ただ今日は、まだ赤ん坊と言えるほど小さい子の姿もある。
「なあ……あれがもしかして院長の……?」
剣の稽古の時によく一緒になる子に聞くと、
「ああ、レイチェルだぞ。
可愛いだろ!」
そう答えた。
何でお前が自慢げなんだよ……。
でもそうか、あれがレイチェルか。
今までも遠目で何度か見かけたことはあるけど、間近でじっくり見るのは初めてだな。
金髪碧眼で、黒髪の一部が赤い院長とはあまり似ていない。
……むしろクラリスに似てないか……?
あいつの妹と言われた方が、納得がいくんだけど……。
ともかくレイチェルが、ここにいる訳だが……え?
あんな小さい子が、剣の稽古に参加するのか……?