27 影から守る
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今回から久しぶりにアリゼ視点です。
今晩は、アリゼです。
ただいまクラリス王女を、貧民街のど真ん中に放置してきました。
まあ、放置したとは言っても、実はクラリスから数mしか離れていない建物の屋上に転移しただけで、間近で見守っているんだけどね。
ここは貧民街の中でも比較的治安が良い地域だけど、さすがに子供を一人きりで置き去りにするのは危険すぎる。
だけどクラリスに現実を教える為には、本当に危なくなるまで私は手出しをしないつもりだ。
まずは彼女の頑張りを見てみよう……。
お、私の忠告通り、服を着替え始めたな。
普段は仕事でクラリスの着替えや入浴を手伝っているから、今更下着とかを見てもなんとも思わないはずなんだけど、こうして覗き見ているようなシチュエーションだと、ちょっとドキドキするなぁ。
その後クラリスは、城に帰ろうとしたのか、あちこちと歩き回った。
遭難した時は、あまり動き回らないで、体力を温存した方がいいよ?
まあ救助なんかこないから、動かなければ帰れないのも事実だが、夜の暗闇の中で動くのは悪手だ。
結局クラリスは疲れ果てて道端で眠ってしまったが、今の内に私と彼女の影を繋いでおこう。
この「操影」のスキルは便利で、影を実体化させて操るだけではなく、影同士を繋いで転移したり、繋いだ影の先の状況を把握できたりもする。
これならば私が一時的にクラリスの側から離れても、問題は無いだろう。
そう、朝の出勤時間になったら、さすがに私は城へと顔を出さないといけないしねぇ……。
幻術のスキルでクラリスの不在は誤魔化せるとはいえ、食事の時間には料理を受け取らなければならないし、どうしても他人と接触しなければならない時間帯がある。
まあ、そういう接触する可能性のある人物とは、あらかじめ影を繋いであるから、動きがあればすぐに対応できるけど……。
で、実際に朝になると、クラリスはすぐに城を発見したけれど、服装の所為で門番から王女とは思われず、追い返されることとなった。
──計画通り。
まあ、王女の服のままだと、物取りに襲われるというのも本当だけどね。
でも、部屋にクラリス自身がいるのかどうかを確認させるところまでは、なかなか悪くない判断だった。
けれど私の幻術は、誰にも見破れなかったねぇ……。
ちなみにこの時の私はクラリスの部屋にいたから、偽装のフォローも完璧だ。
その後クラリスは、城への侵入を試みて悪戦苦闘していたみたいだけど、それも全て徒労に終わった。
そして疲労と空腹で、また路地に座り込んでいる。
これで食べ物があることのありがたみを、彼女にも実感してもらえたらいいいな……。
その為に前日の食事のメニューを、クラリスの嫌いな物ばかりにしたのだ。
お? トカゲ型獣人の子供が近づいてきた。
オーラの色からは特に害意は感じないから、大丈夫だろう。
ああ、炊き出しに連れて行ってくれるのか。
いい子だなぁ……。
一方のクラリスも、あまり警戒しないでトカゲについて行く。
正直ちょっと危ないと思わないでもないけれど、獣人に対して差別意識を持っていないようなので、その辺は好ましい。
城で引きこもり気味だったから、他の人間から悪影響を受ける機会が少なかったのかな?
それにしても私が仕組んでいないのに、ノルン学院の炊き出しに辿り着くとは……。
しかも人身売買組織に目を付けられたようだし、私がクラリスに知って欲しかった要素を悉く引き当てているなぁ……。
ある意味、運命の神に愛されている?
さて……人身売買組織からひとまず逃げ切ったクラリス達だが、もう眠るようだ。
私も家に帰ってレイチェルと一緒に寝たいけど、さすがにクラリスから目を離すのは危険だし……。
今晩も徹夜かぁ……。
──ハッ! うたた寝していた!?
……クラリスはいるな!
よしっ!
あれ? でもトカゲがいない!?
何処へ行ったんだろう……?
一応影は繋いでおいたから、居場所は分かるけど……。
あ……人身売買組織に捕まっている。
トカゲ型の獣人は珍しいから、クラリスと一緒にいたのを組織の人間に覚えられていたのだろうな……。
どうやらクラリスの為に帽子を探していて捕まったようだが、いい子じゃないか……。
その行為には、後で報いてあげないといけないな……。
でも助けるのは、今じゃない方がいいのかもしれない。
どうせなら救出は売られる時を狙って、組織と客を一網打尽にする方がいいだろう。
奴隷として売られるのならば、今すぐに命の危機は無いだろうから、取りあえずは様子見でも大丈夫なはず……。
済まないが、ちょっと我慢していてくれ……。
まあ、あまりに酷い目に遭うようなら救出を早めるけどさ……。
トカゲ型の獣人が珍しいとは言っても、まだ小さいから肉体労働や戦闘用には使えないし、余程特殊な性癖の者でもなければ、性奴隷目的で購入することもないだろう。
だから売値の相場はおそらく低いし、それ故に今まで見逃されていたのかもしれない。
それにうちの炊き出しに来ている子に手を出すのは、組織としてもリスクだっただろうしな。
しかしだからこそトカゲは、殺しても損にはならない──と、組織に判断されてしまう可能性はある。
念の為に今からリチアを、組織の拠点付近に待機させておくか。
私はなるべくクラリスの側から、離れたくないしね……。
そしてこの状況で、クラリスがどう動くのか、それは是非とも確認しておきたい。
ふむ……まずはトカゲを待つか。
さすがに迂闊に動くのは、リスクが大きいと学習しているようだな。
勉強は嫌っているが、頭が悪い訳ではないんだよな……。
あ……でも動き出した。
トカゲを探しに行く……いや、これは広場に向かっているな。
空腹に負けたか……。
迂闊!!
ほらーっ、人身売買組織に見つかっちゃったじゃん!!
しかもクラリスは、トカゲを人質に取られて、逃げるという選択を捨てた。
自身の安全を最優先にしないのは困るが、それでもトカゲに恩義を感じて、見捨てようとしなかったその人間性は素晴らしい。
クラリスは「引かぬ・媚びぬ・顧みぬ」を旨とする、傲慢な姫だと世間には認識されているようだが、その心根はやはり悪くない。
さすがはレイチェルの従姉妹だな!
それでこそ私が仕える、ご主人様に相応しい!
……って、なんか黒幕っぽいな、私……。
よし、もう見極めは充分だ。
そろそろクラリスを連れ帰るとしようか。