24 この世で1番強い人
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檻の中のトロールは、酷く興奮しているようで、鉄格子に体当たりしていた。
なんだか正常な状態には見えないわね。
「ひひ……こいつは、辺境の村を襲って、住民72人を皆殺しにした強力な個体だぞ。
Sランクの冒険者が率いるクランが総掛かりで討伐しようとしたが、あまりに強い再生能力の為に殺しきれず、生け捕りにしたという化け物だ!
こいつを解き放てば、お前も俺達もお終いだぁ!」
司会の男の言葉に、私は戦慄する。
村を滅ぼすとか、凶暴なんてものなじゃないでしょ!?
しかも最高位の冒険者でも、倒し切れないなんて……。
そんな怪物に襲われたら、私なんてひとたまりもないわね。
客席からも「やめろ」と、怒号が飛び交っている。
だけど司会の男は構わず、
「さあ、解き放てっ!!」
と、檻を運んで来た部下へと命じた。
その男は檻の鍵を外してから、一目散に会場の端へ向かって逃げ出す。
観客に紛れれば、生存率が上がると思ったのか分からないけれど、私もそうすべきかしらねぇ……?
ともかく、これでトロールは自由の身になったはずだが──。
「……?
出てこないわね?」
トロールは相変わらず私達とは反対側の鉄格子に、体当たりを繰り返している。
……あれはもしかして、私達──というか、アリゼから距離を取ろうとしている……?
「根性が足りてないですねぇ……」
あ、アリゼが檻に近づいていった。
するとトロールは、檻の隅に貼り付いて震えている。
明らかに怯えているわよね、あれ……。
「今、そこから出してあげますね」
次の瞬間、アリゼの手から光り輝く剣のような物が現れた。
彼女がそれを振ると、檻がバラバラになる。
はあっ!? 何今の!?
しかもわざわざ魔物を解き放つって、何を考えているのっ!?
でもトロールは、目の前のアリゼに襲いかかる素振りを見せなかった。
むしろアリゼに背を向けて走り出す。
「逃げた!?
っていうか、客席に突っ込むわよ!?」
これはさすがに死人が出るんじゃないかしら?
客達も慌てて逃げている。
しかし何故かトロールは、客席に突っ込む直前にその動きを止めた。
だけどそれは自分自身の意思ではなく、何らかの力で強制的に止められているかのようにも見える。
ん? なんだかアリゼの手から、糸みたいのがトロールの方に……。
え、あの糸で止めてるの!?
そしてアリゼが、指をクイクイと動かすと、それと連動するようにトロールが動き出した。
あ……トロールが司会の男の方へ……。
ひえっ、踏み潰された!?
それからトロールは大暴れだ。
でも不思議なことに、客達には被害が出ていないらしい。
実際トロールになぎ倒されているのは、仮面で顔を隠していない者ばかりだから、全員組織の人間のようね……。
これはアリゼがトロールを操っている……ということなのかしら……?
そして組織の人間をあらかた片付けたのか、トロールは止まる。
「ご苦労様でした。
次はあなたの番ですね」
アリゼがトロールに近づいて行く。
トロールは彼女が怖いのか、泣き叫んでいるかのように吠えている。
でも糸で拘束されているのか、逃げられないようね……。
……なんだかちょっと、可哀想になってきたわ……。
あ、アリゼが手を振って糸を切るような仕草をしたら、トロールが動き出した。
拘束を解いたのかしら?
そしてトロールは逃げるのを諦めたようで、アリゼに襲いかかる。
「危な──」
──くはない……わね。
トロールが振り下ろした拳を、アリゼは素手で軽々と弾いているんですもの。
なんで? トロールの方が力が強そうなのに、なんでっ!?
……ああ、なんだかもう、メイド服のアリゼが倍以上も大きな体格のトロールを、殴る蹴るで翻弄しているのは冗談じみた光景ね……。
あ……トロールの腕が千切れ飛んだ……。
でもすぐに、腕がまた生えてくる。
その凄い再生能力を見たら、Sランクの冒険者でも倒せなかったというのも納得だわ。
だけど折角生えた新しい腕も、アリゼの手刀で切り落とされているし……。
何故素手で、あんなことができるのかしら……?
しかしこれでもまだ、アリゼが手加減しているだなんて思わなかったわ。
でもこの後のアリゼの攻撃を見たら、嫌でもそのことを思い知らされる。
次の瞬間、トロールの足下から光が溢れて巨大な柱となり、その巨体を飲み込んだのよ。
そして閃光が会場を包み込み、私のところまで火傷しそうなほどの熱が伝わってきたわ。
私も一瞬、焼け死ぬ!?──と、錯覚してしまったほどよ。
だけど、いつまで待っても何も起こらなかった。
私はあまりの眩しさの所為で閉じていた目を、恐る恐る開いて周囲を確認してみる。
するとトロールの身体なんて、欠片も残っていなかった……。
それどころか、天井まで消えているじゃない!?
星空が見えるんですけど!?
これ、一瞬で燃え尽きたって言うの!?
え……なんで私達、無事なのかしら……?
確かに一瞬熱は伝わってきたはずなんだけど、急に感じなくなったのよね……。
なんなの……?
これがアリゼの魔法の能力なの……?
訳が分からないわ……。
でも1つ分かったことがある……。
なんでこの会場の客達が、アリゼのことを恐れていたのか、その理由が嫌というほど実感できたわ……。
うん、怖いわね!
絶対に敵に回しちゃいけない相手だと、理解したわ!
「姫様、終わりましたよ」
「ひゃいっ!?
ええ、そのようね!
よくやったわ!」
「お褒めにあずかり、恐悦至極です」
と、アリゼは恭しくお辞儀をする。
だけど私の方が、そうしなきゃいけないような気分になってくるのだけど……。
アリゼよりも王女である私の方が偉いはずだったのに、もうそんなことは言えないわね……。