16 放置王女
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クラリスの朝食兼昼食が終わると、おやつの時間まで学習にあてられる。
将来女王になるのだから、国を運営していく為には学ばなければならないことは山のようにあるのだ。
なお、この教師役をするのは私だ。
この国における侍女には、このような役割も割り振られている。
私はこの国を少しでも良くする為に、前世の知識から使えそうなものを色々と教えたいと思っているのだが、クラリスはこれらの学習の殆どを拒絶する。
場合によっては、部屋から抜け出して逃走さえする。
まあ私なら捕捉して連れ戻すことは簡単なのだが、どのみち勉強はしてくれない。
とにかく勉強が嫌いらしい。
結果、うちの学院の小さな子供ですらできるような、簡単な計算もできないようだ。
「女王にこんなの必要無いでしょ?
部下がやればいいんだし」
そんなことすら宣う。
こ……この御人は本気だ!
クラリスの目やオーラが、本心からそう思っていることを物語っていた。
そりゃあ、確かに全てのことを王がする必要はない。
むしろ適材適所で、能力のある部下に仕事を割り振って上手く使える王の方がいい。
だがその為には、仕事の内容をある程度理解していなければ、判断もままならないだろう。
……うん。
話は聞かせてもらった!!
この国は滅亡する!!!!
マジで次期女王がこれでは、国がヤバイ……。
女王が無知のままでいいはずが、ないんだよなぁ……。
で、おやつの時間を挟んで、本来なら夕食まで学習の時間は続くのだが、殆ど何もできないままその時間は過ぎ去ってしまう。
それからクラリスに夕食を取らせ、最後に入浴をさせたら、私の1日の業務は終了だ。
あとはクラリスが就寝するだけなので、居室の周囲には衛兵による警備こそあるが、彼女の側に人はおらず、故に彼女が人目に触れることはほぼないと言ってもいい。
まあ、ダンスパーティーなどのイベントがある時は、それに合わせて特別なスケジュールになることもあるが、クラリスはそういうイベントへの出席にもあまり関心が無いらしく、出席を拒否することも多いという。
なので特別な日程については、あまり考慮しなくてもいいようだ。
つまりクラリスの日常的な行動から大きく逸脱していないようにさえ見えていれば、彼女がいなくなってもバレにくいってことかな?
よし、少し強引だが、そろそろ計画を前に進めようか。
「これから、社会科見学に行きますよ」
「は?」
ある日の夕方、その日の業務を終えたはずの私の発言に、クラリスは「何言ってるんだ、こいつ?」みたいな顔をした。
実際、私がこの城で働き出してから10日ほど経つが、クラリスはこの城から一歩も外に出たことはなかった。
真っ当な王族なら、国の事業を視察したり、医療施設や福祉施設などを慰問したりするのだろうが、クラリスは全く働かない。
つまりこの王女は、ほぼ引きこもりなのだ。
そんな彼女にとって、城から出ること自体が通常では有り得ないことだと言える。
当然、社会科見学に行くことなど承諾はしない。
「……嫌なんですけど?」
「いえ、行ってもらいますよ。
未来の女王が、穀潰しのままでは、国が滅びますので」
「誰が穀潰しよっ!
あんた、王女である私にそんな暴言を吐いて、ただで済むと思っているの!?」
クラリスは憤慨しているが、憤慨したいのは王族が無能な所為で苦しむ民だ。
「王女がそんなに偉いんですか……?」
「え……?」
「姫様こそ、私がその気になれば、今すぐにでも命が無くなるってことを分かっています?」
「え? え……?」
王女の威光に動じない私の態度に、クラリスは困惑する。
しかも威圧されているから、それ以上反論もできないようだ。
そしてそんな彼女に対して、私は更に追い打ちをかける。
「!?」
周囲の風景が変わる。
私の転移魔法で移動したのだ。
「臭っ!?
何処よ、ここっ!?」
周囲は荒れ果てた建物が並び、路地には布や板きれなどのゴミを利用して作られたバラックのような物も見える。
「この王都にある貧民街ですよ?
王族の無策により経済が悪化して、このような地域が拡大しているのです。
つまりここは、あなたが生み出した場所だとも言えますね」
「なんですってっ!?
私には関係ないわよ!
だってお父様もお母様も、私には何もさせてくれなかったしっ!!」
「何もしようとしなかっただけでは?
いつまで親に見放された……と、不貞腐れているつもりなんです?」
「なっ!?」
私の言葉に図星を指されたのか、クラリスの顔が怒りで赤くなる。
そう、クラリスは不貞腐れているだけだ。
私が働き始めてから、クラリスは一度も両親に会っていない。
王と王妃も、遊ぶのに忙しいようだ。
そんな親からも顧みられず、国の重鎮達からも次期女王としても期待されず、放置されている。
だから彼女は、やる気を無くしているだけなのだ。
だけどクラリスが放つオーラの光は、寂しさや憂鬱の感情こそ強く出ているが、さほど濁ってはいない。
高慢な態度もそのように育てられた所為でそうなっているだけで、本来は善良な性質であることはオーラが如実に物語っている。
そんなクラリスだからこそ、今は駄目人間でも、切っ掛けさえあれば立ち直ると私は信じている。
その為には少々ショック療法が過ぎるかもしれないが、この国の民が置かれている現実を実際に見てもらおうと思う。
「この国の民も、あなた達王族から見放されていると思っていますよ。
誰も助けてくれない、何もしてくれない……ってね。
その気持ちは、姫様にも共感できると思いますが……」
「そんなの私、知らないわよ!」
「だからこそ、今知ってください。
ご自身の目で直接見て……ね。
あ、この服に着替えておいた方がいいですよ。
そんな高価なお召し物では、金になると思われて、強引に奪われてしまうでしょうね。
最悪、そのお命ごと……ね」
「えっ、ちょっと!?」
私は空間収納から取り出した古着と靴をクラリスに渡して、彼女をこの場に残したまま転移した。
まあ、万が一のことがあったら困るので、影ながら見守るけど、お姫様育ちにはちょっとキツイ体験になるかもしれない。
なお、クラリスの部屋には、以前乗っ取りで習得した幻術のスキルでクラリスの姿を再現したので、直接触ったりしなければ、まず本物のクラリスがいないという事実はバレないと思う。
なにせ声すらも再現できる高性能なので、たとえ話しかけられたとしても返事程度ならできる。
そもそもクラリスは他の侍女達からも放置気味に扱われているので、余程のことが無い限りは、接触してこないはずだ。
私も時々部屋に戻ってフォローするので、おそらく数日くらいなら誤魔化せるだろう。
それまでにクラリスの国に対する認識が、正しい方向へと変わってくれればいいのだが……。