15 王女クラリスの日常
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私が城へ出勤するのは、日の出から結構時間が経った頃だ。
クラリスは低血圧なのか、起床がかなり遅い。
彼女が普段目覚める時間の1時間前に家を出るのだとしても、割と余裕を持って朝の時間を娘と過ごすことができる。
ましてや転移魔法を使えば、通勤時間なんて無いも同然だしね。
しかし私が出勤しても、クラリスは自ら起き出してくることは少なく、結局私が起こすことも屡々だ。
「姫様、朝ですよ。
起きてくださいまし」
「う~ん……」
クラリスは一言唸って、そのまま再度眠ってしまう。
寝顔だけなら天使のように可愛い。
だが、早く起きてもらわないと仕事にならないので、身体を揺すって無理矢理にでも起こす。
「姫様、ひーめーさーまーっ!」
「うるさいわねっ!?
打ち首にするわよっ!!」
癇癪を起こして、クラリスが枕を投げつけてきた。
まあ、「結界」で受け止めるが。
別に直撃しても痛くはないが、クラリスには私の実力を見せつけておいた方が、屈服させやすいかもしれない。
「なっ……!?」
クラリスが驚愕する。
私が魔法を使えるということ自体は、別に驚くに値はしない。
貴族ならば自衛と教養を兼ねて、魔法や護身術等を学んでいることは珍しくなかった。
ただ私のように、突然の飛来物に対して咄嗟に対応できるレベルの者は、十代の娘の中では珍しいだろう。
なお、クラリスは魔法が全く使えないと聞く。
彼女に才能が無いのではなく、単に真剣に学んでいないだけなのだろう。
実際に彼女から感じられる魔力の気配は一般人よりも大きいので、鍛えれば使えるはずである。
「枕は投げるものではありませんよ」
まあ、修学旅行とかでは、よく飛んではいるが。
「……ちょっと魔法が使えるからって、いい気にならないでよね!」
クラリスは敗北感を覚えたのか、悔しそうにそっぽを向いた。
「恐れ入ります。
それでは、着替えましょうか」
クラリスが起床すると、まずは顔を洗わせてから寝癖を整えて、寝間着から普段着への着替えである。
なお、この間に担当の使用人が寝室に入り、ベッドメイクや寝室の掃除をすることになっている。
私はあくまでクラリスのお世話係なので、これらの作業は担当しない。
で、着替えについてだが、これも簡単に終わることは少ない。
クラリスは用意しておいた服を、その日の気分で「気に入らないから」と、着ないことが多いのだ。
あれこれと別の服を用意させて、結局決まる頃には1時間以上経過しているなんてこともある。
今日も最初に用意した服はお気に召さなかったようなので、ちょっと変化球を投げてみた。
「では王都で最近流行の服なんてどうでしょう?」
と、私が用意したのは、セーラー服だった。
私が服屋にデザインを持ち込んで、作らせたものだ。
そしてこれが流行っているというのも、本当だ。
ただし幼児の間で──。
実はこのセーラー服、我がノルン学院の制服として採用されている。
女子は勿論、男子も水兵っぽいデザインのを着せている
まあセーラー服はこの異世界では目新しく、少々目立つデザインだが、だからこそうちの学院に手を出したらどうなるのかを知っている裏社会の人間は、絶対にセーラー服を着ている子供には手出しをしない。
結果、いつの間にか王都では、「セーラー服を着ている子供は人攫いに狙われない」という都市伝説ができあがり、似たような服を子供に着せる親が増えたのだ。
「これが流行?
……変な服」
といいつつも、クラリスは興味を引かれたようで、着ることを拒否しなかった。
なお、彼女に着せたセーラー服は、王都で流行っているものとはちょっと違う。
この世界では女性が太股を見せるのは、はしたないという価値観がまだまだ大勢で、うちの学院で採用している制服や、王都で流行っている模倣品も、全てスカートの丈が膝下まであるものだ。
だが、今クラリスに着せたのはミニスカートで、しかもニーハイソックスとの組み合わせである。
私の趣味ですが何か?
うむ、スカートとソックスの狭間に露出している太股──所謂「絶対領域」が眩しい。
「……なにか短くないかしら?」
「でも、涼しくて動きやすいでしょう?
それに、実に可愛らしいですよ」
「……っ!
まあ今回だけは、褒めてあげるわ」
チョロい。
そして次に朝食──というよりは、時間的に昼食との兼用である。
じゃあクラリスは1日2食なのかというと、そういう訳でもなく、前世の世界で言う所の「3時のおやつ」をガッツリ食べるので、食事量が足りないということはないと思われる。
ただ、彼女は好き嫌いが多いので、そこが問題だ。
生野菜は絶対に食べない系女子だ。
煮ても焼いても食べないことが多い。
ちなみに物語とかでは、「王侯貴族が食べる料理には毒味が必要であり、その確認に時間がかかる為、温かい料理が食べられない」という描写がよくあるのだが、この世界では解毒や浄化の魔法があるので、普通に温かい料理を食べることができる。
ただ電子レンジのように、簡単に料理を温めることができるような魔法の使い手は殆どいないので、一旦冷めてしまった料理は、冷たいままで食べるしかないというのは同じである。
クラリスのように好き嫌いが激しい所為で、特定の食材を食べさせる為に時間がかかると、料理は必然的に冷めてしまう。
そうなると更に味が落ちてしまい、クラリスは余計に食べないという負の連鎖だ。
結局、クラリスが残した料理は、後で私が美味しく頂きました──ということになる。
食料を得ることが命懸けだった動物時代は勿論、餓死寸前までいっていたこのアリゼの身体的にも、食材を無駄にすることは許しがたい行為だった。
こればかりは、なんとしても矯正しないと私の気が済まない。
さて、どうしてやろうかな……。