12 そろそろ働こう
ブックマーク・☆での評価・感想をありがとうございました!
さて……レイチェルの3才の誕生日から数日後、当初の予定通り、私はこの国を乗っ取る為に動き出すことにした。
「ケシィーさん、こんな感じですかね?」
私はメイド服を着ていた。
メイド喫茶でよく見るようなスカートが短かったりするようなタイプではなく、割と古風なデザインのメイド服だ。
これがこちらの世界のスタンダードなメイド服らしいが、地球のと似ているのはどういうことなのだろう……。
過去に私以外の転生者がいて、その人が広めたのか……?
「お似合いですよ、ご主人様」
私はメイド……というか侍女として、王宮に入り込もうと思っている。
その為に今、本職のメイドであるケシィーに指導を受けていた。
一応私が乗っ取ってきた者達の中には貴族もいたし、その記憶から宮廷での礼儀作法もある程度身につけてはいるのだが、彼らはメイドを雇う側であり、実際のメイドの技術や心構えを知っている訳ではない。
だからケシィーの指導は、かなり参考になった。
で、今はそのケシィーからの指導もある程度終わり、実際に衣装も用意したので、そろそろ本格的に動こうと思っている。
「ふむ……では、ちょっとこの姿で出掛けてきます。
レイチェルのことをお願いしますね」
「はい、どうぞお任せを。
行ってらっしゃいませ、ご主人様」
ケシィーの返事を聞いた次の瞬間、私は転移した。
私が転移したのは、とある執務室である。
その執務室の中央に備え付けられた来客用のソファーに私は腰をかけ、空間収納からティーセットを取り出してお茶を煎れ始める。
お湯は魔法ですぐに生み出せるので、こういう時には便利だなぁ。
で、煎れたお茶を愉しみながら、暫し待つ。
やがて執務室に何者かが入ってきた。
「っ!!」
彼は私の姿を見て、一瞬驚いた表情をしたが、すぐに得心がいったような顔に変わる。
「なんだ……元親父殿か」
「お久しぶりです。
この姿でよく分かりましたね」
「領主の執務室に勝手に忍び込んでくつろいでいるのは、あんたくらいのものだろうよ……。
というか、なんだね、その可愛い姿は……?」
「私はどちらかというと、女性の姿の方が基本なんですよ?」
「あの時の父は、実は母だった……と?」
なんとも複雑な顔をする男。
そう、彼はキエルとマルガが住んでいるガーランド領の現領主であり、現キンガリー伯爵のテュロサム・キンガリーである。
過去に私が、レイチェルの身体から乗り移った男の次男だ。
彼は父親が私に乗っ取られていることにいち早く気付き、それでいて私を排除するのではなく、利用しようとした、なかなか抜け目のない男だった。
そんなテュロサムは父親と比べると少々厳つい風貌だが、意外と温和そうな雰囲気を醸し出している。
これは彼の内面が、滲み出ているおかげなのだろうな。
テュロサムには権力欲があり、それを得る為ならば実の父や兄を殺した相手とでも手を組むが、それは民の為には力が必要であると考えているからだ。
基本的には善人だと言える。
実際、前キンガリー伯爵の記憶の中には、何度も非道な行いをやめて、民の為に働いて欲しいというテュロサムからの進言があった。
まあ、それを鬱陶しいと感じていた父親に冷遇され、そのままなら彼は謀殺される可能性すらあったかもしれない。
だが、私が前キンガリー伯爵を乗っ取った結果、テュロサムの運命は大きく変わる。
彼も父親と同じような思想を持っていたのなら、一緒に処分されていのかもしれないが、幸いなことに彼の思想は私に近かった。
「しかし随分と久しぶりだな。
この3~4年ほどは手紙しかよこさなかったクセに、一体何の用だ?
グラコー男爵の時のように、知り合いの貴族どもに圧力をかけるような面倒事は、勘弁してほしいものだが……」
「ああ、あの時はお世話になりました。
グラコー男爵は、良い見せしめになってくれましたよ。
この私に手を出したら、どうなるのか……ってね。
おかげで落ち着いて子育てができました」
「は? 子育て?
あんたが?」
テュロサムの顔が、唖然としたものになる。
「なにかおかしいですか?
以前の私に似て、とても可愛い娘ですよ」
「いつの間にか、俺に妹ができていた……?」
「血の繋がりは無いので、違うんじゃないですかね?
……おっと、そういう話がしたいのではなくてですね、実はそろそろ王宮に仕掛けようかと思いまして。
侍女として入り込みたいので、紹介状を書いて頂けませんか?」
「ほう……ついに……。
それは構わんが、事が成った暁には、我が領には特段の配慮をお願いする」
「そちも悪よのぉ……。
まあ、キエルさんの孤児院をあなたが守っている限りは、悪いようにはしませんよ。
ところで王族に関して、何か耳よりな情報はありませんかね?」
このアリゼの身体になって以来、乗っ取りの能力は使っていないので、貴族達の記憶から得た情報はあまり更新されていない。
一応支配下にある貴族や組織から定期的に情報を上げさせているが、それが信用できるかというと微妙なんだよなぁ……。
だがテュロサムはこの国の在り方に不満を持ち、改革したいという点においては私と同じなので、利害が一致しているという意味では信用できる。
「……今の国王は、典型的な暗愚だから、いっそいない方がマシだな」
つまり私に国王を排除してほしい……と。
「しかも跡継ぎがまだ幼い王女しかいないから、これが後継者として使い物にならなければ、どのみち王家の直系はいずれ途絶える。
で、王には兄弟はいない……というか、自身が王になる為にライバルを消してきた……という噂もあるから、他に有力な王位継承権を持つ者も見当たらない……という状況だ」
「それは逆に今の王が倒れたら、王に名乗りを上げる者が乱立しかねないのではないですか?
有力な者がいないということは、いっそ誰でも良いということでもありますから」
「だろうな……。
なんならかなり昔に出奔して行方不明になった、王妃の姉の子を騙る輩が大量に出てくるかもしれん。
王妃は公爵家の出だが、公爵家は元々王家の傍流だから、姉の子にも王位継承権だけはあるはずだ」
「なるほど……。
でもそんなことになったら、血みどろの内乱になりますねぇ……」
「ああ……俺だっていよいよな事態になったら、挙兵して王都になだれ込んでもいいと思っていたくらいだ。
まあ……、今はあんたに任せた方が、民の血は流れなくて済む……と考えているが」
ですよね~……。
「となると、やはり王女を我々の都合のいいように育てて、王位を継がせるのが無難ですかね……?
私を王女お付きの侍女へと、推薦していただけますか?」
これはかつて『プリンセ●メーカー』などの育成ゲームで培った経験が役に立ちそうだな!
……いや、役に立つのか?
「それが良さそうだな……。
だが、今の王女は、親に似てかなり我が儘らしいぞ?」
「まあ……育て方の問題なのでしょうが、まだ幼いのなら、軌道修正は可能でしょう。
私も一応母であり教育者なので、任せてもらいましょうか」
「分かった……。
この国のことを頼む」
と、テュロサムは深々と頭を下げた。




