10 蘇りしもの
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あれからレイチェルは、すくすくと成長した。
むしろ生後2ヶ月で這いずり回り、そして4ヵ月ぐらいから歩き始めたのだから、成長しすぎだと言ってもいい。
マジで身体能力はチートじみている。
しかも外見は金髪に青い瞳と、日に日に生前のレイチェルと瓜二つになってきた。
これはレイチェルの魂だけではなく、その身体の遺伝子情報まで受け継いでいるっぽいな。
ということは、私の中には乗っ取った相手の魂だけではなく、身体の情報までもが全て保存されているということなのか……?
じゃあその気になれば、乗っ取った相手を自由自在に復活させることも可能……だと?
もしかして仮に世界が滅亡したとしても、私さえ生き残っていれば、これまでに乗っ取った者達を復活させて、世界を再生させることも可能なんじゃ……?
なにその人間ノアの箱舟?
まあ、その為にまた妊娠するというのは嫌なので、やりたくないけれど……。
ともかく、その急激なレイチェルの成長は、周囲の者達から気味悪がられてもおかしくないのだが、この世界では特殊なスキルを持って生まれてくる人間も少なくないので、レイチェルの突出した身体能力も、そのスキルの恩恵によるものだと思われているようだ。
それにこんなに愛らしい子が、気味悪いとかあるはずないよねぇ。
「ねえ、レイチェル?」
「あーい」
私の意味の無い呼びかけに、最上級の笑顔で返事をするレイチェル。
ああ、なんて可愛いのだろう!
私は思わずレイチェルを抱きしめ、彼女のお餅のように柔らかいほっぺたへと頬擦りをした。
「うや~!」
それを嫌がったレイチェルが、私のハグから逃れようとする。
だが、無駄だ。
はっはっは、力で私に勝てるはずがないじゃないか。
「……院長、レイチェルが可愛いのは分かるけど、将来『ママ、うざい』とか言われそうだな」
「私のレイチェルは、そんなこと言わない!」
冗談でも言って良いことと、悪いことがあるぞ。
というか、見ていたのかリチア。
「はーい、リチアパパでちゅよー」
おい!
マジで言ってもいいことと悪いことがあるってんだろ!!
私とお前とは恋人でもなければ、婚姻関係でもないのに、レイチェルが勘違いしたらどうしてくれる。
もう、誰かシシルナを呼んできて!
リチアは彼女の前だといい格好をしようとするから、多少は言動がマシになるなるんだよなぁ。
私がそんなことを考えていた時──、
「パ……」
「お?」
「パァパ」
「!?」
えっ、ちょっ、今レイチェルが喋った!?
その記念すべき第一声を、親でもなんでもない、リチアごときに奪われるとは……!?
「院長、睨まないで。
院長に睨まれると、本当に石化とかさせられるような気がする。
それにレイチェルが、怖がるでしょ?」
「ぐぬっ……。
レ、レイチェル、ママには?
ママには何かないのかなぁ?」
「マ……ママ?」
「おお……!」
疑問形なのがちょっと気になるけど、凄く嬉しい……!
でもこれ、レイチェルは完全に言葉を理解して、喋っている?
生後6ヶ月程度で喋り出すなんて……。
「うちの子、マジで天才なのでは……?」
「いや、天才とかそういうレベルじゃないと思うんだが……。
確かに凄いことは凄いが……」
私は我が子の成長と、その将来に広がる大きな可能性に浮かれていた。
だが、実はレイチェルに重大な問題が生じていることに、私はまだ気付いていなかった……。
それからレイチェルは走り回れるようになり、他の子供達と一緒に遊ぶようにもなった。
ただ、いつも一緒にいるのは女の子ばかりで、男の子と一緒にいるところは見たことがない。
まあ私としては、レイチェルが嫁に出てしまったら立ち直れなくなりそうなので、男との接点は無い方がいいと思っていたのだが、問題はそう単純な話でもない。
これはもしかして……男のことを怖がっている?
ためしに男性職員のパトリックをレイチェルに近づけてみたら、彼女はすぐに逃げ出した。
あ~……前世のトラウマが、深層意識に残っているんじゃ……。
でもこれは……時間が解決してくれるのを待つしか、他に方法はないんじゃないかなぁ……。
さすがに精神科医の領域は、私の専門外だし……。
結局やれることと言えば、親としてレイチェルに寄り添ってあげることくらいだ。
だが、更に月日が経ち、レイチェルが流暢に喋り始めると、私は衝撃を受けることとなる。
「私、前にボーケンシャをやっていたのです!」
ある日、2歳を過ぎたレイチェルが、とんでもないことを言い出した。
「!? ……それは夢の話ですか?」
「ううん、私がもっと大きかった頃のことです。
……あれ? なんで私、小さくなったんだろう?」
これはもしかして……。
「その時、パーティーを組んでいた仲間のことは、分かりますか?」
「キエルとマルガですよね。
また会いたいです」
あ~……これ、完全に前世の記憶が残っていますねぇ……。
私の魂と一体化していた頃の記憶も、しっかりと引き継がれているようだ。
「レイチェルは、冒険者をするのは楽しかったのですか?
あと、マルガと一緒に、山の中で暮らしていた時のことは?」
「うん、楽しかったー!」
そうか……それは良かった。
それだけでも私がレイチェルとして生きた時間は、決して無駄ではなかったのだと思える。
だけどレイチェルが前世を覚えているということは、サンバートルの領主から受けた酷い仕打ちや、私が行った殺人を含む非道な行いも覚えているかもしれないということだ。
それは……こんな小さな子供の記憶の中に、残っていていいようなものではない。
しかし私はその記憶の有無を、レイチェルに確認することができなかった。
もしかしたら覚えていないかもしれない記憶を、私の一言で思い出させる可能性がある……というのは言い訳で、本当はその現実を突きつけられた時に、どう対応していいのか分からなかったからだ。
ああ……できればレイチェルには、何の記憶も無い、無垢な状態で産んであげたかったなぁ……。
「ごめんね、レイチェル……」
「?」
レイチェルは意味が分からないというような顔をしていたが、私はそんな彼女の頭を撫でてあげることしかできなかった。
……いや、今後は前世の記憶がレイチェルの人格を歪ませることがないように、細心の注意を払って接してあげないとな……。
あとは彼女に楽しい経験を沢山させて、前世の記憶を薄れさせるのがいいかな……。
じゃあ、文化祭や運動会など、色々な学校行事を企画するか。
みんなで旅行するのもいいだろう。
……ただ、この荒廃しつつある国の現状を無視して、遊んでばかりいるのも心苦しい。
だけど今の私には、レイチェルが1番大事だ。
だから──、
1年だ。
レイチェルが3歳になるまでの1年の間、私は全力で彼女に楽しい思い出を作ってあげようと思う。
そしてその後は、レイチェルも幼稚園に通っていてもおかしくない年齢なんだから、彼女を学院の職員やケシィーに預けて、私は本格的に国に対しての乗っ取りを始めることにしよう。
ふぅ……まさかこんなことで忙しくなるとは、思わなかったよ……。