9 赤ちゃんと私
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「そう……そうね。
まだ首が据わっていないから、手で支えて……」
私はアンナさんに教えられながら、レイチェルを抱き上げる。
おお……動いている、動いている。
小さくても、ちゃんと生きているんだなぁ……と、当たり前のことに感動する。
さて、これから初めての授乳だ。
初乳には赤ちゃんの免疫になる成分が含まれているというから、沢山飲んで欲しいな。
だが──、
「リチアさんは、部屋から出て行って欲しいんですけど……」
「嫌だよ。
今は我らが宝物のレイチェルから、一時も目を離したくない。
なんでこんなに可愛いのよ……」
いや、孫かよ。
というか、お前は私の胸が見たいだけじゃないのか?
視線とオーラの色がいやらしいんだよ。
「あ、母乳が余るようなら、私が飲んであげるよ?」
ほらぁー!
授乳プレイがしたいだけじゃん!
「駄目ですよ、全部レイチェルのものです」
「そう……でも母乳の味って、ちょっと興味がある」
「あ……私もです」
シシルナも!?
大丈夫? リチアに感化されてない?
いや……でも確かに母乳の味については、ちょっと興味があるというのは分かる。
私はキツネのママンから飲ませてもらった母乳の味をまだ覚えているけれど、大抵の人は自分が赤ん坊の頃に飲んでいた母乳の味なんて忘れているだろうしねぇ……。
ただ、やっぱり牛乳の方が美味しいと思うよ?
まあそれはともかく、今はレイチェルのご飯が最優先である。
おお……飲んでる飲んでる。
「……あれ?
飲むのをやめた。
もういいのですか……?」
「赤ん坊の胃はまだ小さいから、そんなに量は飲まないよ。
その代わり、1日に何度も飲む」
「ああ、そうなんですか」
経験者のアンナさんの助言は、本当にありがたい。
雇っておいて良かった。
だけど経験者の手助けがあっても、やっぱり赤ちゃんの世話は大変だった。
それをすぐに思い知ることになる。
特に夜泣きで睡眠時間が減るのは辛い。
確か夜泣きの原因って諸説あって、これぞという対策はあまり無いらしいしなぁ……。
あと、地味におむつの消費量が困る。
紙おむつのように使い捨てではないから、いちいち洗わなければならないのが大変なのだ。
幸い学院の子供達が洗濯を手伝ってくれるので、私の負担は少ないけれど、排泄物が付着した物を扱うのだから、子供達にはしっかりと衛生観念を教え込まなければ、食中毒等の病気を誘発しかねない。
いや、これに関しては子供達だけではなく、大人もそうだな。
この世界ではまだ、「細菌」や「ウィルス」なんて概念は無いから、衛生管理はかなり杜撰だ。
そもそも前世の世界でも、「目に見えない汚れは無いも同然」という感覚で、あまり手を洗わないという人はいた。
特に老人にその傾向が強かったけれど、たぶん視力が衰えた所為で、汚れ自体に気付きにくくなるから、あまり気にしなくなるのだろうか?
ともかく「細菌」や「ウィルス」の存在が知られていた前世の世界ですらそれなのだから、この世界はもっと酷い。
だから手洗いは徹底するように指導はしているが、これは手を洗う為の水が大量に必要なので、校舎と寮に簡易的な水道を設置していなければ無理な話だった。
まだ都市に上下水道というものが無いので、建物の屋上にタンクを設置して、そこに私が定期的に水魔法で水を精製して貯めることで、なんとかしている。
ふむ……私が国を乗っ取ったあかつきには、紙おむつの製造事業に力を入れよう。
あと、ゆくゆくは上下水道も整備して……いや、スライム式の浄化槽が優秀だから、各家庭で浄化した水を循環して使えるようになれば、上下水道自体が必要無い……?
この辺は研究が必要だな。
このように、子供を育て始めてから見えてくる、問題点というのも多い。
勿論、1番問題なのは、子供の人身売買をしているような連中だが。
レイチェルが安心して暮らせる社会にする為にも、そいつらは必ず撲滅してみせる。
……落ち着いたら、例のグラコー男爵を始末しに行くか。
血に染まった手でレイチェルを抱きしめるのは心苦しいが、子供達を守る為なら手加減はもう絶対にしない……!
「ご主人様、お嬢様のオムツの交換が終わりました」
「ああ、ありがとう、ケシィーさん」
グラコー男爵のところで拾ってきたメイドさんのケシィーは、よく働いてくれるので非常に助かっている。
基本的には我が家でメイドをしてもらっているが、獣人ということで、獣人の子供達に関わる問題のアドバイザー的な役割もしてくれている。
それにレイチェルの面倒もよく見てくれるし、いずれは専属のベビーシッターや教育係にしてもいいかもしれない。
そんなケシィーは、たまたまオーラの色が澄んでいたから勧誘したけれど、これは当たりだったなぁ。
ただ、犬型獣人の習性なのか、主従関係には強い執着を持っているようで、私がいくらやめてと言っても「ご主人様」という呼び方だけはやめてくれない。
いずれは犯罪奴隷以外の奴隷は廃止させるつもりでいる私にとっては、他人から奴隷を所有していると勘違いされそうで、ちょっと困るんだけどなぁ……。
でも働きに関しては本当に助かっているので、ご褒美はケチらない。
「あ……!」
私が手を出すと、ケシィーは跪いて、頭を下げてくる。
そんな彼女に対して私は、毛繕いの要領で頭や顔を撫でてあげた。
「くぅぅ~ん」
ケシィーは仔犬のように、小さいながらも甘えた声を漏らす。
本当に気持ちよさそうだ。
ああ……なんだかマルガを思い出すなぁ。
まあ、ちょっと何かのプレイ感はあるが、私としても癒やされるので、ケシィーの気が済むまで撫でてあげよう。
そんなことをしていると──、
「あ~、あう~!」
おっと、ベビーベッドからレイチェルが呼んでいる。
「はいはい、なんでちゅか~?」
私が駆けつけてレイチェルのオーラを見ると、空腹や何か問題が生じたという訳ではないようだ。
最近ではオーラの色からレイチェルが何を考えているのか、ある程度分かるようになってきた。
このオーラ視の能力は、思わぬ形で役に立っている。
これなら言葉が話せないような動物とでも、意思の疎通が可能になるかもしれない。
妹ちゃんと一緒にいる頃に欲しかった……。
で、我が愛娘のご要望だが……。
ふむ……これは構って欲しいだけかな?
生後2週間も経っていないのに、遊びたい盛りなのだな。
私が右手をレイチェルの目の前に差し出すと、彼女は私の指を掴んだ。
赤ちゃんって、なんでも掴みたがるよね。
そしてそれから──えっ!?
なんにやら懸垂のように自分の身体を持ち上げて、上半身を起こしているんだけど……。
ええぇ……、これ生後2週間足らずの赤ちゃんの腕力じゃないでしょ……?
……もしかして、私のステータスの何%かが遺伝してる……?
だとしたら、私よりもレイチェルの方が、異世界転生物の主役みたいなことになったりして……。
未来の勇者かな?
「あう~」
ともかくレイチェルは私の手にしがみつき、そしてついによじ登り始めた。
私が手を上げると、完全にぶら下がっている状態だ。
うわぁ……マジで凄いな。
カメラがあったら動画に撮って、「うちの子、凄いでしょ」と、ネットで自慢したい。
まあ、動画撮影は無理なので、別のことで欲求を満たそう。
即ち──、
「ねえ、ケシィーさん!
うちの子、凄くないですか!?
凄いですよね!?」
身近にいる者への自慢である。
「こっ……これは……!!
ええ、素晴らしいですね!
さすがはご主人様のご息女。
もしかして神童なのでは!?」
「そうかもですね!
将来が楽しみです!!」
親馬鹿、ここに極まれり──である。