閑話 メイドさんの述懐
ブックマーク・☆での評価・感想をありがとうございました!
そして今回で丁度100話目です。皆さんの応援のおかげでここまでこれました。
私はケシィー。
17才の犬型獣人です。
私は我が主、グラコー男爵の屋敷で、幼い頃からメイドをしております。
旦那様は女癖……というか子供癖が非常に悪く、子供の奴隷を買っては散々遊び倒したあげくに壊したり、飽きて売り飛ばしたりを繰り返していました。
私も……そんな子供の中の1人です。
旦那様には酷い扱いを受けましたが、獣人という種族的頑強さのおかげか、壊れることもなく生き延び、現在はメイドとして働いております。
しかし奴隷という身分は相変わらずですし、過去と比べても扱いが良くなったとは思えません。
精々、旦那様の性的な好みの年齢から外れた為、夜伽が減ったことくらいでしょうか。
ただ旦那様は人をいたぶることがお好きらしく、暴力に耐えなければならない日々は続いております。
しかも最近は子供の奴隷が手に入りにくくなったとかで、旦那様はすこぶる不機嫌となり、鬱憤を晴らす為に私への暴力も増えているのです。
奴隷契約による魔法での強制力が働いている為、主人に逆らえないのが悔しくてたまりません。
ホント……死ねばいいのに。
……おっと、これは失言でしたね。
旦那様に聞かれていたら、さすがに私の命は無かったかもしれません。
しかしある日、旦那様は子供の奴隷が手に入るアテができた──と、上機嫌になっておりました。
どうやら旦那様は、よからぬ者達を使って何かを企んでいるようです。
私にはそれを止める術がありません。
なんとも歯がゆいですね……。
ところが旦那様の上機嫌は一転して、不機嫌なものへと変わりました。
なにやら目論見が失敗に終わったようです。
私は旦那様の八つ当たりで殴られもしましたが、それでも正直言って、いい気味だとも思っていました。
だけどことは、それでは終わりませんでした。
それから暫くして、旦那様に手紙が届き始めたのです。
それも何通も、何通も──。
旦那様は、それを読む度に憔悴していきます。
その手紙の内容が気になった私はある時、旦那様が丸めて捨てた手紙を拾って、盗み見てしまいました。
それには、こんなことが書いてありました。
「何故わざわざ虎の尾を踏んだ。
とばっちりはゴメンなので、金輪際縁を切らせてもらう」
まあ、文体などには差異はありますが、どの手紙にも概ね同じようなことが書かれていました。
しかも手紙の差出人は、名のある貴族や豪商ばかりです。
つまり旦那様は、後ろ盾を殆ど全て失ってしまったことになります。
派閥の力が物を言う貴族の世界でそれを失うということは、手足をもがれるも同然だということを意味していました。
最早旦那様には、なんの権力も残っていないと言えます。
そしてこれまで多くの人の恨みを買ってきた旦那様は、これがチャンスとばかりに命を狙われることになるでしょう。
私も巻き込まれるかもしれないので、できれば逃げたいです。
実際、執事や使用人の中には、既に逃げ出している者もいます。
私は奴隷契約の強制力があるので、無理ですが……。
……おや、旦那様も滞在していた王都の別邸を引き払い、自領に引き籠もって守りを固めることを選んだようです。
これから引っ越しの準備ですか……。
人手も不足しておりますのに……。
忙しくなりますね……。
そんな慌ただしい別邸に、客人が訪れました。
黒髪の可愛らしい少女です。
「この忙しい時になんだっ!!
追い返せっ!!」
旦那様はそう言いましたが、私が、
「それが……ノルン学院の院長・アリゼを名乗っておられます」
そう告げると、旦那様の顔色が変わり──、
「わ、私はいないっ!
いないと言えっ!!
絶対に追い返せっ!!」
先程よりも更に激しい拒絶の姿勢を見せました。
……あんな女の子に、何を怯えているのでしょう?
ともかく私は、命令通りに旦那様の不在を告げる為、門前に待たせているアリゼさんのところへと向かいました。
改めて見ても、私よりも2~3才程度の年下にしか見えません。
まあ少々……その、お胸が大きいようには見えますが、まだ幼いと言ってもいいでしょう。
そんな少女が、学院の院長を名乗っているのが、何かの冗談のようです。
「ああ、居留守ですか?」
私が旦那様の不在を伝えると、アリゼさんすぐに見抜きました。
私には命令に反する発言はできない為、なんと言って良いのか分からずに黙っていると、アリゼさんはじっと私を見つめて、コクリと頷きました。
急に恐ろしいまでの威圧感を覚えます。
おそらく口で答えられないのなら、首肯にて答えろということなのでしょう。
ここで旦那様を庇うようならば、この人は私にも容赦しないのだろうということを悟りました。
だから私は、必死で頷きました。
するとアリゼさんは、更に質問してきます。
「あなたは、グラコー男爵がどうなっても構わない?」
はい、と頷きました。
「恨みがあるのですね?
彼の行為が許せない?」
はい、勿論。
「……うん、もういいですよ。
あなたは男爵の所業に、自らの意思で与していないことは、もう分かりました」
よく分からないのですが、どうやら私は試されていたようです。
もしも私が旦那様の悪行に関わっていたとしたら……その時はどうなっていたのか、考えるのも恐ろしいです。
「まあ、グラコー男爵が、居留守を使うのなら、それでもいいです。
私は何も男爵と話し合いをしに来た訳でも、ましてや会いたい訳でもないのですから。
見せしめになってもらいにきただけなのです」
その次の瞬間、視界が真っ白くなり、轟音が響き渡りました。
「え」
激しい振動を身体に感じながら、私は振り向きました。
すると屋敷の──旦那様がいた部屋の辺りが、めちゃくちゃに破壊されていました。
そしてそこから火の手が上がり、やがてそれは屋敷全体に広がっていくことでしょう。
「突然の落雷で落命──ふふ、なんて運が悪いのでしょう」
と、微笑むアリゼさんの顔は、恐ろしく妖艶に見えました。
私はこの人が旦那様──いえ、もう私を奴隷として縛る主人はいません──グラコーを始末してくれたのだということを確信します。
こんな少女にそんなことが可能なのかはよく分かりませんでしたが、そうとしか考えられませんでした。
私は感謝の念を込めて、深々とアリゼさんに対して頭を下げます。
「それでは用が終わったので、帰りますね。
あ、あなたは今まさに、失職したのではありませんか?
良かったらうちで働きますか?」
アリゼさんがそれを望むのであれば、当然私は恩を返す為に身命を尽くすことを誓いましょう。
「よろしくお願いします。
ケシィーと申します」
これが後にこの群れのボスとなるご主人様と、私との素敵な出会いでした。
グラコー男爵の処遇についてはさほど重要ではないので、割愛しても良かったのですが、一応書いてみることに。でも、使い捨てのキャラの視点から書いてもな……ということで、急遽誕生したのがケシィーです。