50(最終話)
ルーフェスと正式に婚約してから、一年半ほど経過していた。
こうして思い返してみると、ゆっくりと振り返る暇もないほど、忙しい日々だったと思う。
半年ほど前からは、サーラは結婚式の準備に追われていた。
帝国では、皇族の結婚式は宮廷の隣に建てられている聖教会で執り行われることになっている。サーラが帝国貴族ではないという問題はあったが、公爵であるルーフェスは皇族の血を引いている。だからふたりの結婚式も、そこで執り行われることになっていた。
そして当日着るウェディングドレスは、サーラの希望を尊重しつつも、義姉と義父母が熱心に選んでくれた。
「ドレスは純白よ。絶対にそう」
皇妃となった義姉がそう主張すると、義母が首を傾げる。
「でも、サーラはこんなに色白で、金色の綺麗な髪をしているのよ。もう少し濃い色のほうが映えるわ」
帝国の貴族は黒髪が多く、サーラのような金色の髪はとても珍しい。
そんな髪色に合うドレスは何がいいのか、真剣に議論している家族の様子を見て、サーラは思わず微笑む。
幸せだった。
祖国では、ひとりでいることが多かった。でもここでは、ひとりになることは難しいくらいだ。
ルーフェスも、忙しいだろうに何度も屋敷に戻ってきては、式の打ち合わせに参加してくれた。ドレスの仮縫いも、宝石を選ぶときも、必ず立ち会ってくれる。
「ああ、とても綺麗だ」
試着した姿に目を細めてそう言ってくれて、サーラは頬を染めながらも、ありがとうと微笑んだ。
「どれも綺麗で、選ぶのは難しいな」
「わたしも、なかなか選べなくて。お義姉様にほとんどお任せしてしまいました」
日にちが進むごとに、幸せもこうして積み重なっていくようだ。
新しい孤児院の子ども達も、キリネやアリスと協力して、ふたりの結婚式を祝ってくれた。
子ども達の歌に手作りの花冠、そして祝福の手紙を受け取って、まだ正式な結婚前なのに感極まってしまい、ルーフェスの腕の中で涙を流した。
キリネはさらに、結婚式には必ず食べるのだという、彼女の故郷に伝わる郷土料理を作ってくれた。
素朴だが、とても優しい味だった。
「ルースと……。ええと、ルーフェス様だったね。彼となら問題ないと思うけど、絶対に幸せになるんだよ」
「……はい。今まで色々とありがとうございました」
そうお礼を言うと、彼女も涙ぐんで、まるで娘を嫁にやるみたいだと言ってくれた。
本当の母親はサーラに愛情を注いでくれなかったけれど、今のサーラには、義母とキリネで、母親がふたりもいるようなものだ。
そうして迎えた、結婚式の日。
ルーフェスがロードリアーノ公爵家の当主だということもあって、結婚式当日もたくさんの貴族が駆けつけてくれた。
友人になった令嬢達は、控え室にいるサーラに、帝国の伝統だという幸せを招く歌を歌いながら、頬に祝福のキスをしてくれた。
「おめでとう、サーラ」
「本当におめでとうございます。どうぞお幸せに」
「とても綺麗だわ」
「みんな、ありがとう」
こんなにたくさんの人に祝福されながら、愛する人の妻になれるなんて思わなかった。
ドレスは義父母と義姉が選んでくれた、純白のドレスだ。
みんなで悩んだ末に、やはり花嫁のドレスは白だと義姉が主張して、そう決まったのだ。贅沢にレースを使ったドレスは優雅で美しく、サーラの清楚な雰囲気をさらに引き立ててくれるものだった。
式には、レナート皇帝陛下も義姉の皇妃陛下も参列してくれた。
たくさんの人達が見守る中、サーラは正装したルーフェスとともに神前で誓いの言葉を口にして、婚姻書にサインをした。
神官が厳かに、婚姻の成立を告げた。
祝福の鐘が高らかに鳴り響く。
こうしてサーラは、リナン王国の公爵令嬢から修道女となり、さらにティダ共和国の国民となってから、ソリーア帝国のロードリアーノ公爵夫人となった。
波乱万丈の人生だった。
何度も絶望し、一度は生きることを諦めたこともあった。
そんなときに、手を取ってくれたのがルーフェスだった。
もし彼と出逢わなかったら、サーラはあのまま絶望の中で死んでしまっていたかもしれない。
そう口にすると、それは自分も同じだったとルーフェスは言う。
「サーラと出逢わなかったら、俺は今も各国を転々としながら、妹を救えなかった後悔と絶望に苛まれていただろう」
互いに、不可欠な存在だったのかもしれない。
出逢わなければ、生きてはいけないほどに。
「あなたに出逢えて、本当によかった……。わたしを助けてくれて、ありがとう」
「俺も、君には救われた。帝国に帰ろうと言ってくれなかったら、真実を知らないまま、妹の最期の願いも叶えられないままだった」
髪を撫でられて、触れるだけの優しくキスをしてくれた。
そんなルーフェスに甘えるように身を寄せると、優しく抱きしめられる。
華やかな結婚式が終わったあとは、ふたりだけの静かな時間だ。
帝国に来てからずっと住んでいた屋敷ではあったが、これからは居候ではなく、ふたりの家になる。
ティダ共和国で手に入れた家は手放してしまったけれど、それよりも幸せに満ちた家を、サーラは手に入れたのだ。
正式に彼の妻になった喜びを胸に、サーラはルーフェスの腕の中で幸せを噛みしめる。
きっと彼の妹のエリーレも、こうして愛する人と結ばれて、幸せになることを夢見ていたに違いない。
そのことを思うと切なくて、胸が痛くなる。
今の幸せは、けっして不変のものではないのだ。だからこそ、一緒に過ごせる時間を大切にしなければならない。
「サーラ、愛している」
耳元で優しく囁かれる愛の言葉。
同じ言葉を返しながら、少しでも長くこの幸せが続くように祈りながら、サーラは愛する人の腕の中で目を閉じた。
かなり時間が掛かってしまいましたが、何とか完結させることができました。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
次は、「婚約破棄されたので、好きにすることにした」の完結を目指して頑張ります。
こちらもどうぞよろしくお願い致します。




