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サーラはルーフェスの傍で、ふたりの話し合いを静かに聞いていた。
一度体調が回復したエリーレを、再び宮廷に行かせてしまったこと。
マドリアナとお茶会をしていたことを知りながら、それを阻止することができなかったこと。
ふたりの後悔は、そのことに集中していた。
たしかに、そのふたつを防ぐことができていたら、ルーフェスの妹を死ななかったのかもしれない。
でも、どちらも彼女自身が望んだことだ。
確たる証拠がなかったあの当時に、防ぐことはできなかった。
ふたりとも、それをよくわかっている。わかっていても、後悔とはまた別のことなのか。
エリーレという女性は、それだけ深く愛されていた。
それを間近で見ていたマドリアナは、どんな心境だったのだろう。
「……どうして、彼女は」
「サーラ?」
思わず呟いた言葉は、ルーフェスに届いていたようだ。
「すみません。彼女の動機が何だったのか、気になってしまって。父親に命じられたのでしょうか」
以前の自分のように、父親に命じられたままに動く人形だったのではないか。だとしたら、その罪を彼女だけに背負わせるのは、酷ではないか。そう思ってしまった。
だが、レナートはそれを否定した。
実行犯の侍女は、ピエスト侯爵ではなくマドリアナに命じられたのだと証言していた。
そしてピエスト侯爵もまた、娘と同じように取り調べを受けることになったが、いくら調査してもその言動に矛盾は見つからなかった。
彼自身も、娘のしたことにかなり動揺している様子だった。
「間違いなく、彼女自身の意思だろう。それほどまでに、皇妃という地位に執着していたのかもしれない」
たしかに、マドリアナが害したのは皇太子であるレナートの傍にいた女性ばかりだ。
エリーレは、レナートの最愛の女性だった。彼女が生きていれば、マドリアナが皇妃になることはできなかった。
そうして、もうひとりは彼の子を身籠った側妃。
たとえ彼女に男児が生まれようと、マドリアナの父であるピエスト侯爵が失脚でもしない限り、彼女の皇太子妃としての地位は安泰だったはずだ。
だが、ピエスト侯爵を重用していたソリーア帝国の皇帝は、リナン王国に侵攻しようとして退位させられている。
代わりに皇帝として即位したレナートは、マドリアナの父を疎んじていた。
それを知っていたからこそ、自らの地位が危ぶまれると危惧して、マドリアナは行動したのだろうか。
それこそ自分の父に相談するべきことだ。
独断で実行するには、あまりにもリスクが大きい。
(彼女の本当の望みは、何だったのかしら……)
レナートは、マドリアナの動機をそこまで重要視していないようだ。
彼女がエリーレを殺した。
レナートにとって重要なのは、その事実だけだ。
ルーフェスはどうだろうか。
彼を見上げると、考え込むような表情を見せていたルーフェスは、レナートに向かってこう告げた。
「マドリアナに会わせてくれないか。何故、妹を殺したのか。俺は、その理由が知りたい」
レナートはあまり気が進まなかった様子だが、それでもルーフェスの望みを叶えてくれた。
だが、彼自身はマドリアナの顔は見たくもないらしい。
サーラはルーフェスとともに、皇帝の騎士に導かれてマドリアナが幽閉されている地下牢に向かうことになった。
厳重な扉をいくつも潜り抜けて、石段を下りていく。
そうして辿り着いた地下牢は、暗闇に支配されていた。
明かりは騎士の掲げるランプだけで、足もとさえもよく見えない状態だ。ルーフェスが手を取ってくれなかったら、足を踏み外していたかもしれない。
だが宮廷内にある地下牢なので、それほど劣悪な環境ではない。
それでも、少し前まで皇太子妃だった彼女にとって、耐えがたい場所であることは確かだ。
ここまで誘導してくれた騎士がランプを掲げると、目の前に頑丈な鉄格子が見えた。その中に、ひとりの女性が座っているのが見える。
彼女がマドリアナだろう。
美しい女性だった。
深みのある茶色の髪は乱れていたが、少し前までは美しく艶やかであったはずだ。質素なドレスに包まれた身体はほっそりとしているが、女性らしく美しいラインを保っている。
「……レナート様?」
急な明るさに視界を奪われたのか、目を瞑って彼女が呼んだのは、夫であったレナートの名だった。
無実を訴えるつもりだったのか、それとも慈悲を請うつもりだったのか。
甘い声で夫の名を呼んだマドリアナは、ルーフェスの姿を見た途端、顔を強張らせた。
「ルーフェス様……」




