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 だが予定していた日に、船に乗ることはできなかった。

 旅の疲れからか、もしくはようやく父の手から逃れられたという安心感からか。サーラは港町に辿り着いた翌日に、熱を出して寝込んでしまったのだ。

 公爵家を追い出されてから、ずっと慣れないことの連続だった。

 サーラとしてはそれほどつらい日々ではなかったが、身体は自分が思っていたよりも疲弊していたのかもしれない。

 一刻も早くこの国を出でティダ共和国に行きたいのに、自由にならない身体に憤りを感じる。それに、ルースにも迷惑を掛けてしまった。

「ごめんなさい……」

 予定が狂ってしまったことを詫びる。

 船の手配もしてくれていただろうに、すべてキャンセルしなければならなかった。

 だが彼は、一度もサーラを責めなかった。

「謝罪の必要はない。船の手配もすべてお前のためだ。お前が乗れないのなら、意味はないのだから」

 そう言って、熱を出したサーラの面倒を見てくれる。

 彼には彼の事情があるとわかっている。

 ルースは、亡くなってしまったらしい妹と、自分を重ねてみているだけだ。

 でも、こんなにサーラのことだけを考えて動いてくれた人は、今までいなかった。

 思わず涙が滲みそうになる。

「ここなら人が多いから、しばらくは安全だろう。船旅はそれなりに過酷だ。ここでしっかりと体力を回復させてから進もう」

「……はい」

 食欲はあるかと聞かれたが、何も食べられそうにない。申し訳ないと思いながらも首を振ると、ルースは町まで出て、果物や柔らかいパンなどを買ってきてくれた。

「食べられそうなものがあったら、少しでもいいから食べろ。だが、無理はしなくていい」

 それからサーラの額にそっと手を当てると、難しい顔でまだ熱いなと呟く。

「もし少しでも何か食べられたから、薬を飲んだほうがいい。解熱効果のある薬がある」

 彼の手はとても冷たくて、熱のある身体には心地良かった。

 外は寒いのかもしれない。

 そんな中、自分のために色々と買ってきてくれたのだからと、サーラは目前に並べられた中から林檎を選ぶ。

「これか?」

 こくりと頷くと、ルースは器用にそれを剥いて、食べやすく小さく切ってくれた。その器用さに感心していると、ルースはサーラの視線に気が付いてわずかに笑みを浮かべる。

「俺も孤児院に来た当初は不器用で、何もできなかった」

「え、本当ですか?」

 今の彼を見ていると、とてもそうは見えない。思わず聞き返したサーラに、ルースは頷く。

「ああ。ウォルトに色々と教えてもらったよ」

 サーラがキリネにたくさんのことを習ったように、彼もまた修道院で雑用をしてくれていたウォルトに学んだようだ。そう思うと何だか親近感が沸いてきて、思わず微笑む。

 促されるままに剥いてもらった林檎を食べて、薬を飲む。

「少し休んだほうがいい。きっと薬が効いて、楽になるはずだ」

「ええ。ありがとう……」

 布団に潜り込みながら礼を言うと、小さな子どもにするように、頭を撫でられた。両親にだって、こんなふうに触れられたことはない。何だか恥ずかしくなって、慌てて目を閉じる。

 そのまま静かに黙っていると、彼は部屋を出ていく。

 予算と警備の関係上、部屋は同室だったが、ルースはサーラが休んでいる間はいつも、こうして外に出てしまう。

 気遣ってくれているのだろう。

 でもサーラは、ルースがきちんと休めるか心配になってしまう。

 今度彼が戻ってきたら、自分はかまわないからしっかりと休んでほしいと伝えよう。そう思っているうちに、いつのまにか眠ってしまったようだ。

 目が覚めると、周囲は暗闇に満ちていた。すっかり日が暮れてしまっている。

 ゆっくりと眠ったからか、身体は随分軽くなっていた。

 薬が効いたのかもしれない。

 周囲を見渡してみるが、やはりルースの姿はない。代わりにパンと果物がサイドテーブルに並んでいた。

 水とお茶も用意してある。

 熱が下がったお陰で、食欲も少し戻ったようだ。

 パンと果物を少し食べて、水分補給もしっかりとする。食事を終えた頃に、ルースも戻ってきた。

「気分はどうだ?」

「ええ、とてもよくなりました。ありがとうございます」

 礼を言うと、彼は何もしていないと言うように首を振る。

「今日はこのまま眠ったほうがいい。俺は出かけてくる。鍵は閉めておくから、心配せずにゆっくりと休め」

「あ、待ってください」

 そのまま部屋を出ようとするルースを呼び止めた。

「どうした?」

「わたしは大丈夫です。だから、ルースさんもここで休んでください。わたしのせいで、あなたが体調を崩してしまったら……」

 もし彼が、本当に用事があって外出していたのなら、見当違いなことを言ってしまったことになる。

 でも、サーラには不思議な確信があった。きっと彼は、自分を気遣って外に出ているのだ。

「俺ならこれくらい何でもない。それに、お前がゆっくり休めないと意味がない」

 サーラが確信したように、ルースはそう言って首を振る。

 大丈夫だと繰り返し告げ、むしろ心細いから傍にいてほしいと訴えると、ようやくルースは同じ部屋で休むことを承諾してくれた。

 だがこれがきっかけで彼の過去に触れてしまうなんて、このときはまったく思わなかった。

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