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「修道院に……」

 存続を願っていた日常は、唐突に終焉を迎えた。

 もともと手伝いのために来ていたのだ。いつかは帰らなくてはならないとわかっていた。

 それでも、もっとキリネにたくさんのことを教わりたかった。

 子どもたちの成長も見守りたい。

 アリスは昔に比べたら明るくなり、少しは息抜きができるようになったようだが、まだ心配もある。

 それに、近頃はルースのことも気になっている。

 浮かない顔をしているサーラに、孤児院の院長は向こうでの用事が済んだら、また手伝いに来てほしいと言ってくれた。

「わたしでいいのでしょうか?」

 それを嬉しく思いながらも、迷惑もたくさん掛けてしまったことを思い出す。

 もっと手際の良い人が来てくれた方が、キリネも助かるはずだ。

 でも孤児院の院長は優しく微笑んで頷いてくれた。

「もちろんよ。子どもたちも懐いているし、あなたが来てくれたら嬉しいわ」

 笑顔でそう言われて、思わず涙ぐみそうになる。

 公爵家の令嬢でも王太子の婚約者でもないサーラを、受け入れてくれる人たちがいる。それが何よりも嬉しい。

 ずっとここにいたい。あらためて、強くそう願う。

 修道院に戻ったらそう頼んでみよう。

 居場所を見つけたのだと、サーラは思っていた。

 ここでキリネにいろいろなことを教わりながら、子どもたちの成長を見守っていきたい。

 もう公爵家とは関わりのない娘がどこで生きていこうと、父も母も気にしないだろう。

 だから、このささやかな願いは叶えられると思っていた。

 そんなサーラの運命を変えたのは、あの一通の手紙だった。

「そういえば、緊急だったわね。これをあなたに渡すわ」

 孤児院の院長に渡された手紙。

 裏返してみたが、差出人の名前はない。

 家紋もないシンプルな白い封筒に入っていた。誰からだろうと思いつつも、サーラはそれを受け取った。

「はい、ありがとうございます」

 礼を言って、部屋に戻ることにした。一度修道院に戻るのだから、一応荷物をまとめなければならない。

 通りかかったキリネに、一度修道院に戻らなくてはならないことを伝えると、彼女はとても残念だと言ってくれた。

「また戻ってくるんだろう? サーラがいないと、あたしらも大変だからね」

 そう言ってくれるのが、とても嬉しい。

 できればそうしたいと告げると、キリネも喜んでくれた。

「ああ、そうだ。ちょうどルースに、隣町で買い物を頼んだんだ。送ってもらえばいいよ。あんたみたいな可愛い子を、ひとりで歩かせると物騒だしね」

 ここに来たときは無知だったから、変装してひとりで旅をすることができた。でも、今となってはひとりで出歩くのはたしかに恐ろしい。彼女の気遣いに感謝の言葉を伝えると、キリネはルースを読んでくると言って歩き去って行った。

「ああ、そうだった。手紙……」

 その後ろ姿を見送ったあと、ふと手紙の存在を思い出して部屋に戻る。

(誰からかしら?)

 今のサーラに、手紙を出す人などいるのだろうか。

 不思議に思いながらも封を切る。文字に視線を走らせて、サーラは息を呑んだ。

「お父様?」

 手紙は、父からだった。

 苦い思い出が蘇ってきて、サーラは視線を反らす。

 父が自分に手紙を送るなんて、あり得ないことだ。とっさに読みたくないと思い、手紙を伏せる。

 もし本当に父が自分に手紙を書いたのだとしたら、それはよほどのことに違いない。

(嫌だわ。でも……)

 それでも、逃げ続けるわけにはいかない。

 サーラは深呼吸をして覚悟を決めると、ようやく父からの手紙に目を通した。

 想像していたように、それはあまり良くない内容だった。

 サーラに拒絶されたカーティスは、それから王城に戻ったものの、翌日にまた修道院を訪れたらしい。

 だが孤児院に移動していたサーラは、もういなかった。

 彼が修道院の者に仔細を尋ねると、彼女たちは、サーラは他の修道院に移動したと伝えたようだ。

 驚いたカーティスは、何と父に直接サーラの居場所を尋ねたらしい。それが国王の耳に入り、カーティスは呼び出されて、かなり叱咤されたようだ。

 それは当然のことだ。

 カーティスは従姉のユーミナスと婚約したのだ。

 それなのに、前の婚約者であるサーラのもとに通うなど許されることではない。

 どうして彼が、急にサーラに執着するようになったのかわからない。でもカーティスは、サーラに会いたい。会って、許してもらえるまで謝りたいと言ったそうだ。

 サーラは思わず深い溜息をついた。

(あれほど言ったのに……)

 彼に伝えた言葉は、何ひとつ伝わっていなかったことになる。

 あのときサーラが思ったように、カーティスは何も変わっていない。ただ対象が、エリーからサーラに変わっただけだ。

 それだけでもサーラを疲弊させるには充分だったが、手紙にはさらに恐ろしいことが書かれていた。

 国王はカーティスに、王になるならば個人の感情は捨て、国のために生きなくてはならない。それができないのなら、王太子の地位を返上しろと迫った。

 国王にしてみれば、帝国と揉めることなく王太子を変更するチャンスだった。しかもカーティスはその言葉に従って、王太子の称号を返上すると決めてしまった。

 こうして王太子はカーティスの異母弟の第二王子に決まり、従姉のユーミナスは、彼と婚約することになった。


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