第6話
「世の中にはボクの知らない魔法なんて幾らでもあるって事だよ。来たからには帰る方法が間違いなくある。だってボクが知らない魔力文字は最近でも沢山見つかっている訳だし」
「魔力文字?」
その聞き慣れない言葉に疑問を持ったオレだったが、ここは深く突っ込まない事にした。
少年が説明しない以上、この世界では常識に当たる言語なんだろう。そこに突っ込みすぎると疑問を持たれたり怪しまれたりと碌な事が無い。
それよりも今は帰る手段が存在するであろう事に喜ぶべきだ。
「そうかそうか。それを聞いて安心したよ。いやー、一時は帰れないかも、とか思って生きた心地がしなかったよ。何せライトノベルが読めないと生きている意味無いし、こんな所にライトノベルがある訳無いしな。いや、本当に良かった」
「ライトノベル?」
その言葉に少年が疑問を持つように頭を捻った。
「いや、こっちの話だ。気にしないでくれ。ライトノベルってのはオレの国で栄えている娯楽文化みたいなもんだ。お前が分からなくても当然だか――――」
そんな風にてきとうに説明しようとしたオレだった。
だが、直後にオレは少年の口からとんでもない事を聞く事になる。
「――――ライトノベル? それならこの国にもあるよ?」
いやいや、早く帰ってライトノベルが読みたいよ。こんな世界、早くおさらばして、またライトノベルに溺れるような生活を――――ん?
「…………は? …………は? 今、お前、なんて言ったよ?」
「聞こえなかったのかい?」
少年はやれやれ、と言ったように肩を竦めると再度、オレに聞こえるような声で言った。
「ライトノベルならこの国にもあるって言ったんだよ。君の国でライトノベルがどういう扱いになっているかは知らないけれど、この国でもライトノベルはかなり栄えた文化だ。むしろ国全体のブームになっていて今や国内の基幹産業であると言っても良いくらいだ」
「え? ライトノベルってったらあの、本だぞ? ラノベって略する奴で、大抵の場合は中高生の主人公で、且つバトルやら恋愛やらハーレムやらが色々ある」
「うん。そのラノベで間違いないよ。と言うか、他にラノベってあるのかい?」
「は? え、……は?」
ライトノベルが? この国、いやこの世界に存在する?
異世界転生の先に? 日本語なんて全く使えない筈の異世界に、翻訳されているものを除けばその多くは日本語で書かれている筈のラノベが存在している?
オレは目を白黒させながら少年の言葉を暫くの間、信じられなかった。
※※※
「さあ、着いたよ。ここがライトノベルで賑わう街、《メルエスタ》だ!」
森を抜け、少年と共に「魚車」で移動してきたオレは言葉に従い車から降りる。
魚車、とはオレが勝手に着けた別称だ。
通称は「移車」と呼ぶらしい。
別称の通り、空中に浮かぶ馬くらいの大きさもある巨大な魚が引っ張る荷車に乗って移動する手段で、この世界ではかなりポピュラーな乗り物らしい。
空中に浮いている魚とはにわかに信じられないような力で引っ張られる移車の乗り心地はそう悪くなく、スピードもよく知らないが馬車くらいは出ているんじゃないだろうか。
この辺は正にファンタジーと言った感じで異世界転生でやって来たのを感じるところだ。
魚車から降りたったのは石畳の上だ。見渡すとレンガ造りの家々によって彩られた比較的綺麗な街並みが見える。水路が発達しているのか、網目上に水路を覗かせていて、その上を木造の小さな橋が通っている。
この辺は異世界転生でよく見る中世ヨーロッパをベースとした風景だ。
だが、それは街並みなどを見た際の話だ。
「さあさあ、『俺の妹がこんなにビッチな訳がない』入荷したよぉ! 妹モノ×エロの素晴らしい設定だ! エロいぞ、マジでエロい! こりゃあうちに来るしか無いぜ!」
「『ダンジョンにハーレムを持ち込むのは間違っているだろうか』入荷だ! タイトルから感じるオーラが桁違いだろう!? 夢にまでみたダンジョンハーレム! ダンジョンで遭難した際に主人公がされる事と言ったら……ああ、これ以上は言えねぇ! こりゃあうちに来るしか無いぞ!」
「『魔人科専門学校の劣等性』だ! うちのギルドに入荷したタイトル! 最強なのに人間故に魔族達に劣等性扱いされる主人公の破竹のバトルを描いた作品。この爽快感を読まない手は無い! これはうちのギルドに入るしかないぞ、お前らァ!」
口々に聞こえるのはオレの世界でも聞いた事のある人気タイトルだ。
そのタイトルを口にするのは人間だけでなく、耳の長い見るからにエルフだと言わんばかりの奴とか、体毛がモサモサと生えた獣人、硬そうな鱗に覆われた爬虫類っぽいトカゲ人間などの亜人種、果ては猫娘っぽい可愛らしい女の子だ。そんな奴らがライトノベルのタイトルを読み上げながら客引きをしているのである。
ファンタジーな世界観にオレにとって馴染み深いライトノベルを口にしている光景と言うのはどうも普通にファンタジーを見るよりも不思議な気持ちにさせられる。
「なあ、こいつらは何をしているんだ?」
「何って……、ギルドの勧誘だよ。何だい? 君の国ではこういう光景は珍しいのかい?」
「ギルドの勧誘? ライトノベルのタイトルが聞こえるのは、それをギルドの入会特典にでもしているのか?」
「? ……そりゃあそうだよ」
オレが怪訝な表情を浮かべていると、少年はしょうがないとばかりに説明してくれた。
「君の国ではどうか知らないが、ここメルエスタではライトノベルと言えばギルドに入って読むのが半ば常識だよ」
「ギルドに入って読む? 売っているのを買うんじゃ駄目なのか?」
そのオレの言葉に今度は少年が首を捻る番だった。
「そりゃあ売っているラノベもあるけど、普通ラノベは売りに出されないよ。その殆どがギルドによって管理されている。だってライトノベルと言えばダンジョンを攻略してようやく手に入れる事が出来る程の貴重なもので、そんな貴重な品をおいそれと売りに出すようなギルド管理者が居たとしたら、そのギルドは信用を失って誰も入ってくれなくなるよ」
「は? ダンジョンを攻略するとライトノベルが手に入るのか? なんだ、そりゃ?」
「君はつくづく常識知らずなんだね。一体君はどんな辺境の国からやってきたんだい?」
少年は訝しげな目でオレの顔を覗き込む。オレは気まずくなりそっと視線を外した。
「……、まあ良いか。後で一から説明してあげるから、それよりも先に服を着替えなきゃ。君のその格好、少し間違えば変質者扱いされかねないよ」
そう指摘する少年の言葉にオレははっと気付き周囲を見渡す。
周囲からは多くの視線が注がれていた。当初、異世界からやって来たオレが珍しいのかと見当違いな事を考えていたが、すぐにそれが違う事に気付く。
今の服装はほぼ全裸にローブが着込んだだけの格好だ。
つまり変質者に近いような格好。これで怪訝な視線が注がれるのは当然だろう。
「ああ、そう言う事か」
「分かったかい? まず君の服を調達しよう。近くにボクの友人が働いている宿がある。そこに行ってまずは服を調達する事にしよう」
宿? なんで服を調達する為に宿に行くんだ?
そう言った疑問が湧いたが、この視線から早く逃れる為にオレは少年に従う事にした。
行こう、と先を歩く少年の後を着いていくオレの背中にはずっと視線が注がれていた。