第44話
『速』により向上したスピードの勢いそのままに『力』の魔力文字支援の下に放たれたパンチは、オレの身体能力向上も相まって凄まじい威力を生み出し、レインハルトを闘技場の隅まで吹き飛ばした。
「……はぁ……、はあ……」
息を整えながら飛んでいったレインハルトの様子を伺う。吹き飛ばした衝撃で舞い上がった土煙が彼の姿を隠す中、その状況とダメージが如何ばかりだろうか。
『勝ちたいなら短期決戦だな』
師匠へと土下座したあの日、奴はそう口にしていた。
レインハルトとの差は甚大だ。時間が経てば経つ程にその地力の差は決定的なものになっていく。
だから師匠は最初の一撃に全てを篭めて、瞬時に試合を終わらせる事を提案した。
その為に奇襲戦法を考え、魔力文字との契約も済ませ、その上でレインハルトと相対した。
これで終わる、とまでは思っていない。レインハルトはそれ程に弱くはないだろう。
だが削れていてくれなければ厳しい。
そう考えながら様子を伺っているオレに向けて土埃の中から何かが飛んでくる。
「!?」
反射的にその場を飛び退く中、さっきまでオレが居た場所へと突き刺さったのは魔力質の『槍』だった。
次々と放たれてくる『槍』の雨を『速』の文字を使い、掻い潜る。
「『火』よ、彼を『補』縛しろ」
土煙の中から響くはレインハルトの声だ。
蔦のように伸びてくる火のロープは凄いスピードでオレの足元へと迫り、そのままオレの足を絡めとった。
「……ぐッ」
足に焼け付くような痛みが奔る中、オレの視界には『槍』の雨が展開された。
「『壁』よ、オレを守れ!」
避けられないと判断したオレは瞬時に魔力文字による『壁』を展開する。
その言葉通り壁は飛んでくる『槍』の雨を防ぐものの、それも長くは続かなかった。
オレの魔力文字は未だ制御が覚束ない未完成のものだ。魔力文字との契約からそう時間が経っている訳ではない。
『壁』の強度はまだ万全ではなく、『槍』の雨を全て防ぎきるのはまだ難しい。
「『力』よ、『火』の蔦を破れぇ!」
魔力文字にて更なる『力』が加えられたオレは腕も使って『火』の『捕』縛から逃れる。
瞬間、『速』度を上昇させ、その場から逃げる。
「――――君の覚悟、見せて貰った」
ようやく晴れた土煙の中からレインハルトが姿を現した。
頬に赤黒い痣が出来てはいるが、それも決定的なダメージにはなっていないらしく、軽快な足取りでこちらへと向かってくる。
「まさか一太刀を入れられるとは思っていなかったよ。その姿も作戦のうちかな? 驚いたが、いや……まあ凄い驚いたけれども……」
レインハルトはオレの姿を一通り眺める。
そして顔を赤くしつつ、唾を飲み込んでから視線を外した。
「ま、まあそれは兎も角として。わ、悪くない作戦だったよ。ちょっと変態に過ぎるかも知れないが……、それでも悪くはない。ふむ。どうだい? アレイ君などと居るよりもうちの所へ来ないかい? 君ほどの才能であれば歓迎するよ」
「貴方にそう言って貰えるのは嬉しいですが……、お断りさせて戴きます」
「このままだと君はあのダンジョンのライトノベルを読む事が出来ないだろう? 君もライトノベルは好きだろう? まさかアレイ君のように嫌いにも関わらずダンジョンに潜るような、奇特な者でもないだろうに」
「まだ負けた訳ではないので。負けたなら考えましょう」
「嬉しい返事だ。後で我がギルドへの入会記念に一緒に酒でも飲もう」
そう言ってレインハルトはサーベルを構えて土を蹴った。
「――――速い」
瞬時に懐に潜り込まれたオレは向かってくるサーベルへ短剣を向かわせた。
しかし、魔物相手なら兎も角、人間相手の経験などなく、増してや喧嘩の経験も殆どないオレは短剣の使い方に関しても素人同然だ。
「甘い!」
すぐに隙を見切られたオレは鋭い衝撃に短剣を取り落としてしまった。
「くっ」
オレは懐に仕舞っていた短剣を投げつけながらレインハルトとの距離を取る。
「『速』き『力』よ、オレに」
そして再び魔力文字を唱えながら身体強化を施すオレだったが、
「遅いぞ、テンドウ君」
「なあッ!?」
いつのまにか接近していたレインハルトはサーベルをオレに向けて突いてきた。
咄嗟に新たな短剣を取り出してガードに回すが、彼の突きに耐えられずすぐさま刃を折ってしまった。
駄目だ。安物の短剣じゃ、レインハルトのサーベルを受けきれない。
どうやら安物買いで数を揃えたのが裏目に出てしまったらしい。
今は距離を取るしか――――
「何処へ行こうと言うのだい、テンドウ君」
だが、レインハルトはオレと距離を取る事を許してはくれなかった。
逃げようとするオレに対して常に接近する事で対策を練らせてはくれない。
『速』の魔力文字で強化したオレに付いてくるって事はレインハルトも気付かない間に強化でもしているのか――――
「テンドウ君。私は速度については魔力文字の強化を受けてはいないよ」
「何!?」
オレの表情から思考を読んだのか、レインハルトはそう口にするとサーベルをオレへと叩きつける。
その衝撃に耐え切れなかった短剣を手放しながら次の短剣を引き抜こうとするが、
「間に合わない――――『壁』!」
レインハルトの剣戟の速さはオレの手数を上回っており、魔力文字を唱える事でオレは難を逃れようとするが、しかし、
「ふッ……私に障害を跳ね除ける『力』を」
瞬時に魔力文字を唱えたレインハルトはオレの『壁』を一瞬にして破壊した。
だが、不幸中の幸いか、破壊された『壁』が生み出した魔力の衝撃がオレを吹き飛ばしてくれる。
地に叩きつけられたオレは痛みに一瞬呻くが、しかし、これでどうにか態勢を――
「それで逃げ切れたと思わないでくれたまえ」
「ひッ――――」
地に転がったオレに向けて、いつの間にやら寄っていたレインハルトがサーベルを叩きつけてくる。
地を転がりながら腰の短剣を投げるオレだったが、予想していたのかレインハルトは涼しい顔でオレの短剣を避けると、次なる攻撃を仕掛ける為にサーベルを構えた。
駄目だ。このままじゃ遅かれ早かれやられてしまう。
……、正直絶対に使いたくはなかったが。
奥の手、その二だ。




