第41話
異世界へ転生してから十五日が経った。
つまり半月の間、オレは異世界で過ごした事になる。
半月と聞けば、誰もがそう長い期間ではないと考える事だろう。
だが、この半月の期間はオレにとってとてつもなく長く感じた。
何故なら――――
「ライトノベルが……読みたい……ッ」
この半月もの間、一度としてオレはライトノベルを読む事が出来ていない。
正直に言って厳しい。ライトノベル中毒とまで言われたこのオレが半月もの間、ライトノベルに触れず、この異世界の中で過ごしたのだ。
だが、それも今日で終わり。
何故ならこれからオレはライトノベルを読む事が出来る。
今日はレインハルトとの決闘の日だ。
レインハルトに勝って彼の助けを借りる事によってダンジョンを攻略し、オレは待ちに待ったライトノベルを手に入れるのである。
そして――――オレが最強のラノベ読みだとアレイに認めさせる為にも。
オレは今日、負ける訳にはいかない。
「ツバキ様」
レインハルトに指定された場所へと行こうとする道中、オレは声を掛けられた。
「ええと、貴方は……」
「レインハルト様に仕えております、レイネです」
目の前で深くお辞儀をするのはいつもレインハルトと一緒に居た従者のレイネだ。
今日はダンジョン探索で無いからか綺麗なメイド服を着ていた。
「何か用ですか?」
尋ねたとは言え、オレは彼女に何を言われるのか何となく予想できていた。
戦いに赴く前に呼び止められた者から言われる事なんて大抵決まっている。
「いえ、実はツバキ様に折り入ってお願いがありまして」
レイネは言った。
「本日のレインハルト様との決闘、辞退して戴く訳にはいかないでしょうか?」
「…………」
やっぱりか。
オレは首を横に振る。
「そういう訳にはいきませんよ。つーか、何で止めるんですか? 貴方がオレを止める理由はないでしょう?」
「何故そう思うのですか」
「だって普通はオレがレインハルトに勝てるなんて思わないでしょう」
レイネはレインハルトの従者だ。
そんな彼女が戦いを止める理由があるとすれば、それはレインハルトに何かしらの不利益があると判断出来た時だろう。
だが、普通に考えてオレがレインハルトに勝てる見込みは低い。
ならば、彼女にオレを止める理由は無い筈だ。
それとも――――
「もしかしてオレがレインハルトに勝てると、貴方は思っているんですか?」
まさかオレの真の実力を見抜いてしまうとは……。
さすがはレインハルトの従者をやっているだけはある。
レインハルトだけでなくその従者の実力も本物か。
「いえ、そうではありません」
「あ、……違うんですね」
まあそうだよね。
さっきのは全部妄想です、すいません。
真の実力とかねーよ。全力でやっても普通は負けるよ。
「なら、どうして?」
止める理由が思いつかないオレに対してレイネは言った。
「だってレインハルト様が勝負に勝てばちょっと格好良いじゃないですか」
「……え」
なんだって?
「私はレインハルト様に仕える従者ですが、一方でレインハルト様の魅力というのを知っております。あの方の魅力はその残念さです。言動は当然ながら、その考え方や挙動の一つに至るまで本当に格好悪い……」
「…………」
「それが、それこそが――――堪らなく愛おしいのです」
レイネの顔が快感に溺れるように、息を零す。
その表情を見て、オレはごくりと唾を飲み込んだ。
「ですが今日の勝負に勝ってしまってはどうなるでしょうか。強引に決めた格下である貴方達との勝負とは言え、勝負に勝つ事は格好良い事です。しかも勝負に勝ったレインハルト様はちょっと得意げにこう言う訳ですよ――『私の勝ちだ。約束は守って貰うぞ』とかって。多分ちょっとドヤ顔ですよ、きっと。それって腹が立ちますよね? ムカつきますよね? そう言うのはレインハルト様には似合わない。レインハルト様にはかませ犬的なポジションとか、残念系のキャラクターとかそう言うのが相応しい。だからこそ、今日の勝負、貴方には辞退して戴きたいのです」
……この人、多分、あれだ。
この人も頭がかなりアレな人だ。
「そういう訳です。貴方達は確か負けたらペナルティがあった筈ですね。確か……レインハルト様の攻略しているダンジョンには手を出さない、とか。貴方達が攻略しているダンジョンの行く先々に現れて邪魔する、とか。そう言うの私が責任を持って止めさせますから。そういう事している矮小なレインハルト様というのも結構萌え要素高いですが、考えた末、私はそちら側に付こうと思います。よって貴方達と利害は一致している筈」
「なるほど。凄いですね」
頭が。それはもう色々と凄い。
「ええ、だって私、レインハルト様の従者ですもの」
オレの知っている従者とだいぶ違うね、うん。
だが、オレは彼女の言葉にかぶりを振った。
「折角の申し出ですが……、そのお願いをオレは聞けません」
「……どうしてですか? 他に何かあるのでしたら遠慮なく言って戴ければ――――」
「オレは絶対にあの勝負に勝たないといけないんです」
「どうしても、ですか?」
「どうしても、です」
オレの物言いにレイネはやがて諦めたように溜息を吐いた。
「……分かりました。私、もう止めません。こうなれば私は『格下と戦って勝ったとしてそれで対価を要求するとかそれ貴族のやる事なんですか? そもそも人間のやる事なんですか? 卑怯とは思わなかったのですか?』などとレインハルト様に進言して気を晴らすとしましょう」
それ絶対従者のやること違う……。
「レイネ……さん」
「レイネ、で宜しいです。ツバキ様はレインハルト様を呼び捨てにされていますから、私に敬称を付けるのは些か不都合があるかと」
「では、レイネ。オレに実力行使とかしないんですか? 貴方もダンジョンに潜っているんなら冒険者として実力はあるんでしょ? こう言う時、実力に物を言わせて足止めするなんてよくある事だと思うんですけど」
「確かにここで貴方を止められれば結果的に私の目的が達せられますが、それは私の本意ではありません。もしも私の力及ばず突破されてしまっては元も子もありませんし、なにより勝負の前に水を刺しても勝負自体には水を差さない」
レイネは胸に手を当てて、言う。
「私はレインハルト様の従者ですから」
「そうですか」
「それでは私はこれで。これから勝負開始までレインハルト様をねちねちと罵倒してさしあげなくてはなりませんので」
レイネは踵を返すとオレの前から去ろうとする。
「レイネ」
その後姿をオレは呼び止める。
「なんでしょうか」
くるり、と振り返ってレイネは何事か、と問うた。
「いえ、貴方の考えは前提から間違っていると言っておきたくて」
「……前提?」
「ええ」
オレは彼女に言ってやった。
「今日、オレはレインハルトに勝ちますよ」
「……、健闘を」
レイネはそれだけ言うと、今度は振り返らずに真っ直ぐと歩き去っていった。
その後姿を見送った後、彼女の後に続くようにオレは歩き出す。
――――勝利をこの手に掴む為に。




