第3話
「やばい! どうしよう! ライトノベルが読めないなんてえ! 死ぬ間際に読む作品ベスト千まで決めてたのにぃいいいいい! こんなのあんまりじゃないか!」
そう叫ぶオレに答えるのは何だか分からない生き物の「ぎにゃー」という声。
先程までと違う粘りつくような湿度と気温から汗が滂沱と噴き出し、周囲を取り巻く鬱蒼と茂った植物は一つとて見覚えがない。
そんな不安要素しか見当たらない状況よりも、オレは「ライトノベルが読めない」ことへの不安の方が遙かに大きかった。
「おい、ちょっと待て! 『ライトノベルの続きが読みたい!』って言ったら異世界転生ってそりゃあんまりだろ! 確かにオレは異世界転生も大好物だけど、経験したいかどうかで言えば話は別だろうがぁあ! こんなんなら血みどろのバトル展開に巻き込まれるとか、超ヤンデレの女の子に付き纏われた挙句に鬱展開の方が万倍マシじゃああああ!!」
だってそれならライトノベルもまだ読めるだろうし!
なんだったらライトノベルを抱きながら死ぬ事も叶うかも知れない。
でもこんな異世界にライトノベルなんてものが存在する訳がない。
だって異世界転生のお決まりっつったら中世ヨーロッパ準拠の技術背景にして宗教、価値観どころか日本語すら通じないところってのが普通である。
日本語通じないのにどうしてライトノベルが読めるの! 活版印刷技術すら存在しないかも知れないじゃないか!
こんな所に居られるか! オレは部屋に戻るぞ!
なんて死亡フラグを立てたとしても部屋に戻れるならオレは喜んで部屋に戻ろう。
だって死ぬまでに多分、一冊くらいはライトノベル読めるだろうし。
「……帰らなければ」
一頻り葛藤を抱え、叫んだ後、オレはその結論に達した。
今、ここは間違いなく異世界であろう。
冷静になって状況確認すればする程、その事実は間違いないと確信させるものであった。
木々や草が周囲を取り囲む中、目に映るのは見た事も無いような生き物ばかり。
オレの知っている限り、赤々とした木の実が空中を浮遊している事は無いだろうし、それを齧る「魚」がこれまた空中を浮遊する事も、そしてその魚を捕らえる翼竜が空中を羽ばたいていく事も現実には有り得ない。
つまりは地続きになった場所に「日本」があるとは到底思えない。
だが異世界転生であっても現実に戻れる、戻れる可能性を持った作品は少なくない。
その条件が例え「魔王を倒す」事であっても、または「魔王になって世界を滅ぼす」事であっても、あるいは「商人として日本の知識を生かして億万長者になる」事であっても。
絶対に条件達成して帰る――――そうでなければオレの生きている意味などない。
そんな固い意志を秘めていた、そんな時――――
「う、うわぁ!」
オレは思わず悲鳴を上げてしまっていた。
悲鳴を上げた理由は何かに足を引っ張られたからだ。
それだけじゃない。視界がおかしい。
天地がひっくり返っている!?
オレは首を傾けて足先を確認した。
植物のツルが足先に絡み付いているのか?
それはオレの足先に纏わり付いたまま、左右に振り回した。
それに合わせてオレの身体も左右に揺れる。
そのジェットコースターも真っ青な激しい揺れにまたも情けなく叫んでしまう。
左右に何度も揺られ、ぐったりとした身体へと足先を伝ってツルが纏わり付いてくる。
そして足先から木々の奥地へと伸びていたツルの向こうから、のそりと大きな花弁が姿を現した。その食虫植物の巨大化したような姿を察するに、肉食植物とでも称しようか、つまりは危険な植物である事はすぐに見て取れた。
そして、気付いた。
「服が……溶けて……ッ」
どうやらツルの先からは溶解作用を持つ粘液が出ているようで、察するにこれで捕食に邪魔な服やら何やらを溶かしてから喰うのがこの植物の捕食方法であるらしかった。
見る見るうちに服は溶け、その半分が消えていった時、先の不安から声が漏れる。
「い、嫌だ……ライトノベルが読めなくなるどころか、こんな所で裸になったまま、よく分からない触手モンスターに蹂躙されながら死んでいくなんて嫌だぁああああ!!」
男らしくない悲鳴だと分かっているが、こればかりは仕方がない。
こんなエロ担当キャラのような死に方を男のオレがするなんて願い下げにも程がある。
だが、そんなお約束展開を許さない、とばかりに一筋の閃光がオレの真上で爆ぜた。
「え……うわぁ!」
閃光が爆ぜたと共に生み出された衝撃と爆風はオレごと触手を吹き飛ばす。
そして、
「大丈夫かい? 助けに来たよ!」
――――と、白銀の短髪が特徴的な少年が地面に転がったオレを見下ろしていた。