第38話
「『山』に吹く『風』よ、合わせて『嵐』と為りて我が宿敵を滅ぼさん!」
「なッ――――うわ!」
師匠が魔力文字を唱えた瞬間、強風がオレとユリアさんの足を掬った。
「『風』の『枷』よ、我が宿敵を『拘』『束』せん!」
師匠が魔力文字を唱える度、魔力は姿を変え、彼の期待に応えるべく働きかける。
つうかあの糞野郎、本当に実力は確かだったのかよ!
ダンジョンでの課題が口から出任せであった事実を聞いてからと言うもの、てっきりオレは口だけのなんちゃって師匠だとばかり思っていたのに。
その間も膨大な魔力が師匠の下へと集まっている。
このままじゃ捕まっちまう!
「ちッ、すまん、エイラ」
オレはメイド服の製作者に侘びを入れながらメイド服を短剣で切り裂く。
そして切った布を伸ばし建物の端に引っ掛けた。
「捕まってくれ、ユリアさん!」
「うん。ウチ、もうこの手を放さない」
『嵐』の魔法によって空中に浮いていたユリアさんをキャッチし、布を引っ張って建物の方へと自らの身体を手繰り寄せる。
魔力の向上によって齎された筋力は嵐の中であってもオレ達を救い上げ、師匠が放った『枷』をすんでの所でかわした。
そのまま路地裏の方へと身体を滑らせながら、ユリアさんを抱きかかえ、その場を走り去る。
「嫌やわー、ウチ、ナイトに連れてかれるお姫様の気分や」
オレが自分の不運を嘆く一方で呑気な声を上げるユリアさん。
……なんでこの人、この状況に置いてもこんなに呑気なの。
「見つけたぞ、背信者だ!」
路地裏を走る最中に横から声が飛んでくる。
見たところ結構な人数がオレ達を追っているように思えた。
え、何? この糞組織にそんな人数がいるの?
この街の童貞拗らせ率は一体どうなってるんだ!
童貞共を撒く為に路地裏に雑多に積みあがっていた箱を蹴飛ばし、追っ手に対して障害を作る。
……これで少しは時間を稼げるか。
「ツバキちゃん、女の子なのになんて男前で格好良いの。ウチってば本気で好きになっちゃいそう!」
「止めて下さい!」
美少女に迫られている筈なのに全く以って嬉しくない!
「ウチ、……ウチ、もう我慢出来へん! ここで誓いのちゅーを――――」
「駄目だ! こいつも敵だった!」
オレは彼女を掴んでいた手を放しつつ、その場を後にした。
魔力により強化された脚力はユリアさんと追っ手をぐんぐんと引き離す。
「ウチ、絶対に諦めへんからねぇ!」という恐ろしげな言葉を背に受けつつ、どうにか追っ手を撒いたかと息を吐くのも束の間、
「不肖、我が弟子にして背信者よ。よもやこのオレから逃げられると思ったのか!?」
「うわ、面倒くせぇ。なにその執念!」
目の前に現れたのは他でもない師匠だった。
周りにはテロ組織の連中も連れている。
「さあて……、お仕置きの時間だ……」
包囲網を狭めながらオレへと近づいてくる師匠以下童貞共。
中には「でも、こいつ可愛くね?」「背信者で可愛いとか、それもうエッチなお仕置きするしかないでしょ」「いや、むしろ俺はこいつで童貞を捨てられるね」などと呟いている馬鹿共もいて、オレの貞操が危険で危ない状態となっていた。
そんな貞操への辞世の句でも捧げようかと考えていた――――そんな時。
オレと童貞共の間に投げ込まれた一つの球体。
なにか、と疑問を抱く間もなく球体は強烈な光りを発し、その場にいる全員の目を眩ませた。
「ツバキ君、こっちだ!」
状況が掴めず意味もなく両手を伸ばす中、右手を掴まれて引かれるままに走り出す。
何処を走っているかも分からないままに右往左往と連れて行かれ、眩んだ目が治った頃には自分が何処に居るのか分からなかった。
だが、それだけ走ったお陰で師匠と童貞どもの姿も見えない。
どうやら助かったらしい。
「あの、ありがとう。助けられたみたいだな」
オレは先を行くフード姿の少年に礼を言う。
それを聞いてくるり、と振り返るとフード姿の少年――もとい少女は微笑みかけた。
どうやらオレはまたも彼女の性別を間違ってしまったらしい。
「危ないところだったね、ツバキ君。だからボクは危ないと言ったんだよ」
「お前は……」
眼前に居たのはオレのギルドメンバー且つパーティメンバーのアレイだった。




