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第30話


「話が長くなったね。さて、急がなければ」


 アレイはオレを背負う力を一層強くすると、帰る為に足を進める。



 そんな最中の事だった。


「くッ、パワーインセクトか。こんな時に……」


 ダンジョンから戻ろうと来た道を戻る最中、出遭ったのは横道より現れたパワーインセクトだった。



 顎をカチカチと鳴らしながら威嚇の姿勢を示し今にも飛びかからんと足に力を込める。

 そして次の瞬間――――



「!? 避けろ、アレイ!」

 オレは残った力を振り絞ってアレイを強く押した。



 彼女の身体は思わぬところから力が加わった所為か、思った以上に強く弾き飛ばされる。


 そして、残されたオレはと言えば、



「つ、ツバキ君! 体液を――――」

 浴びてしまったのか、と続けようとしたアレイだったが、そのショックに言葉が続かなかったのだろう。口をぱくぱくとしたまま顔を青ざめた。


 パワーインセクトの真の脅威は強靭な顎と魔力文字を利用した強い『力』でもない。


 真の脅威は群れを作る力である。



 パワーインセクトの吐く体液には集合フェロモンの効果があり、この体液を浴びた餌に向かって群がる習性を持っている。


 丁度、雑魚モンスターであるビッグワームの発射する粘液と同じような効果だが、ビッグワームの群れとパワーインセクトの群れとではその脅威度に天と地ほどの差がある。



 そんな魔物の体液をオレは頭から浴びてしまったのだ。


「……くそッ」

 オレは悪態を吐きながら体液を落とそうとするが、そんな事で落ちるような単純なものではない。


 近くのパワーインセクトに加え、遠くから嫌な音が聞こえてくる。


 わさわさ、とした音が今のオレには死の足音に聞こえてならなかった。



「こ、こうなったらツバキ君、逃げるぞ!」


 アレイは動けないオレを抱えると、すぐさまその場を離れようと五階への階段に向かって走り出す。


 しかし、向かう先には既にパワーインセクトの大群が犇いていて、どう考えても無傷で通り過ぎれるような状態ではなかった。



「じゃあ、こっちだ!」


 アレイは踵を返し、ダンジョンの奥の方へと向かう。


 激しい動悸、荒い呼吸。


 彼女の恐怖が、背中から容易に伝わってくる。


 死の恐怖を前にして、気丈で居られる程、彼女も能天気ではないのだろう。



「アレイ」


 オレはそんな彼女にゆっくりと言った。



「聞かないぞ」


 そんなオレの胸中を察したのか、アレイはすぐさま返す。


 しかし、オレはこれを言わずには居られない。



「アレイ。オレに構わず一人で逃げろ」


「こんな時にそれっぽい台詞を吐くな。緊張感が殺がれるじゃないか」


「別に冗談で言ってない。オレを置いていけば体液をかけられていないお前は助かる。オレを背負った所為で少し付いたかも知れないが、けれどぶっかけられているオレの方を奴らは狙うだろう」


「体液をぶっかけられたのはボクを庇っての事だろう」


「それを言えば、お前はオレを背負っていたから避けられなかった。元を辿ればオレが無茶をし過ぎた所為で動けない事にある。お前は何度も忠告した。オレはそれを無視した。お前がオレをここに置いてきたとしても誰も責めない」


「こんな時にまともな事を言うんじゃない。いつもみたいに馬鹿な事を言って、何なら『お前はここでモンスターを足止めしろ。オレはその間、逃げるから』みたいな鬼畜な事でも口走れば良いんだ」


「分かっているだろ? このままじゃオレ達二人とも間違いなく殺されるぞ。早く――」


「嫌だ!」


 彼女はガンとして聞かなかった。



「ボクはこれ以上、ダンジョンに――ライトノベルに誰かを取られるのは嫌なんだ!」


 叫んだアレイはオレを放さず、尚も走り続ける。



 だが無情にもダンジョンの奥からはパワーインセクトの群れが姿を現した。


 挟まれた――――アレイはオレをダンジョンの地べたに置くと、腰に差した短剣を抜く。



「『爆』破! 『爆』破! 『爆』破! 『爆』破! 『爆』破! 『爆』破ァ!」


 そして彼女は一心不乱に『爆』の文字を唱え続けた。


 彼女の視線から察するに『爆』の魔法は相変わらず見当違いの方向へと展開されているらしいが、しかしその幾つかは近づいてくるパワーインセクトの群れへと放たれる。


 だが、群れの数を考えれば焼け石に水だ。



「そんなポンコツ魔法唱えてないで逃げろ! 本当に死ぬぞ!」


「動けない分際でボクに命令するんじゃない、良いからそっちでおとなしくしてるんだ!」


 オレの忠告など無視して爆破魔法を撃ちまくるアレイ。



 そんな様子にオレは歯を食いしばった。



 ――――動け!



 オレは身体中に命令する。


 鉛のような身体が、少しだけ動く。


 ――――動けよ、男だろ!?



 身体の中を熱い火が駆け抜けるようだった。


 気力が、オレの身体に火をくべていく。



 それに従い、身体は一時の猶予をオレに与えてくれた。



「――つ、ツバキ君!?」


 彼女の驚いた顔を他所にオレは短剣を構えた。




「女を守るのは男の仕事だってライトノベルでは相場が決まってんだよ」




 足が震えているのが自分でも分かった。


 だってそうだろう!? 日本じゃただのラノベ読みだったオレが今や命懸けてそれっぽいモンスターの群れに立ちはだかってんだぞ。


 それもこれも全部オレを置いて逃げないこの馬鹿女の所為だ。


 なんて女だ。くそったれ。



 だから――――だからオレも馬鹿になるしかないだろ。


 馬鹿みたいに大見得切って勝てないと分かっている勝負に挑まなければならない。

 だってそれが男の子って奴なんだろ?



「くそったれがぁあああああああ!!」

 短剣を構え、パワーインセクトに立ち向かうべく全身を奮い立たせた。



 ――――瞬間。



 ダンジョンの奥の方からパワーインセクト達の悲鳴が上がった。



「……え、何だ?」


 オレ達だけじゃない。パワーインセクトもその光景を見て固まった。


 それは理解じゃない。野生生物が持つ本能での直感だろう。


 奥からパワーインセクトを踏み潰しながらやってきたのは一匹の蜘蛛。



 三メートルはあろうかと言う巨大な蜘蛛だった。


「……エクスキューショナル、スパイダー」

 アレイはその蜘蛛を見て、ぽつりと言った。



「エクスキューショナル……あー、なんだって!?」


「『エクスキューショナルスパイダー』だよ! ……これはさすがに終わったかな」


 アレイの頬には冷や汗が伝っていた。


 それだけでも奴がとんでもないモンスターだと言うのが分かった。



「いや、待て。あいつは一体何なんだ!? そんなにヤバい奴なのか!?」


「ヤバいなんてものじゃないよ。エクスキューショナルスパイダー、つまりは処刑蜘蛛だね。持っている魔力文字は二つ、『捕』と『槍』だ」


「二つ!?」


 今まで聞いた中で二つの魔力文字を持った魔物はいなかった。


 それだけでもこの魔物がヤバいモンスターである事が見て取れる。




「ほら、パワーインセクトが怯えている。彼らにとってエクスキューショナルスパイダーは天敵にして捕食者だからね。幾ら群れようが彼らじゃ敵わない」


 そう言って指を差す先でエクスキューショナルスパイダーが「捕食」を開始していた。


 エクスキューショナルスパイダーは口から粘着性の糸を発射してパワーインセクト数匹の動きを止めると、尻の先から槍のようなものを発射、次々と獲物に止めを刺していった。



「『補』の魔力文字を使用した粘着性の糸は捕らえた獲物を放さない。そして『槍』の魔力文字で硬質化した糸を用いて一撃で絶命させる。その独特な捕食方法は処刑のようであって、それが奴らの名前の由来さ」


「……なにその由来」


 ヤバ過ぎるんですけど。



 そんな事を言っている間にも奥からやって来たエクスキューショナルスパイダーは次々とパワーインセクトを蹂躙していき、奥の方で群れていたパワーインセクトはその全てが処刑蜘蛛の餌食となった。


 反対方向で群れていたパワーインセクトもその光景を前にしてオレの事など忘れたようにわらわらと散っていった。



「本来なら七階からしか出て来ないモンスターなんだけれどね……」


 そう呟くアレイとそしてオレにエクスキューショナルスパイダーは八つある目の焦点を合わした。



 パワーインセクトの群れから解放されたオレ達だったが、もっと厄介なモンスターが登場。そして彼はオレ達の事を見逃すつもりはないらしい。



「……今更逃げろ、なんて言わないよね。ツバキ君」


「逃げろっつったってなあ」


 あの巨大蜘蛛はそれを許してはくれないだろう。



 オレ達は意を決してモンスターの前に立つ。


「……来るよ」



 アレイが叫ぶと同時にエクスキューショナルスパイダーの口から糸が発射され――――

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