第29話
「ボクの父さんね、『作家』なんだよ」
「作家?」
「ああ、ライトノベルに影響されて作家になった。ライトノベル作家さ」
おもむろにアレイはそんな事を言ってみせた。
その事実にオレは興奮を覚える。
「え、は、え!? す、すげぇじゃねぇか! ラノベ作家の父親? そして作家の子供!? そんな希少種にお目に掛かれるなんて、凄いな! お前の親父に伝えてくれよ。『ホント、マジで頑張って下さい。応援しています』って」
「――――やめてくれ!」
アレイは叫んだ。
彼女に背負われている為、その表情をオレは伺い知る事が出来なかったが、多分、悲痛な面持ちなんだと思う。
「君は、君は一体どういうつもりで――――いや、君はこの国の『ライトノベル』について詳しく知らなかったね。なら『作家』がどういう奴らか分かっていないのか。なら無理もない。叫んだりして悪かったよ」
「いや」
彼女の様子にたじろぐ。
「君はこの国でライトノベルというものがどういうものなのか、知っている筈さ。なら作家なんて連中がどれだけ下らないものなのかも…………、分かる筈だよ」
「ライトノベルがどういうものかなんて、そんな事、ライトノベルは最高のエンターテインメントで、この国で流行っていて、それでいて……」
オレはその先に、アレイの言いたい事に気付いた。
この世界の文字は魔力を持ち、魔力を持った文字は意志を持つ。
意志を持ったライトノベルはダンジョンを形成し、読者を選定する。
なら――――もしもこの世界に作家が居たらどうなる?
作家はライトノベルを書き上げた時、一体どうなるんだ?
「気付いたようだね、察しの通りさ。この世界に作家は生まれない。何故なら作家が本を書けば、その本は文字の集合体として意思を持ち、自分を作り上げた作家でさえも形成するダンジョンに飲み込もうとする。だから本来、作家なんて存在する訳がないんだよ」
でも、とアレイは続ける。
「ボクの父は名のある冒険者だった。そしてライトノベルにとことん魅せられた一人でもあった。そこまでは良い。そこまでは――――」
その先をオレは想像する間もなく分かってしまった。
ライトノベル読みとして一度は考える事だ。
――――自分でライトノベルを書いてみたい。
その欲求は大あれ小あれ、読者の皆が多分、一度くらい考えた事があるだろうから。
「父はライトノベルを書きたがった。そして恐らくは書き上げたのだろう。事の顛末はボクも知らない。『迷惑はかけられない』と言って出て行ってしまったからね。本を街中で書き上げたとすれば即座にライトノベルはダンジョンを形成し、多くの人を巻き込む事になる。だから父は何処かへと行ってしまったのだろう。ライトノベルを書き上げる為に」
「ならお前は――――」
「そうだよ、ツバキ君。ボクはライトノベルなんて好きじゃない。ダンジョンへと潜るのは父を探す為だ。父は死んでしまっただろう。父が例え冒険者としての実力があったところでダンジョンの奥地で生き残れる程に甘くはない。けれど、それでもボクは父の亡骸を探してやりたくて……弔ってやりたくて、ボクはダンジョンへと潜り続けている」
ライトノベルを書きたくなる強烈な欲求。
アレイの父はそれに抗えなかったのだろう。
命を懸けたとしても。
命をライトノベルへの供物として捧げたとしても。
例え自分の書き上げたものが想像を遥かに下回る出来であっても、自分の理想には似ても似つかないお粗末な出来栄えのものが出来上がっても。
それでも彼は書き上げたかったのだ。
オレはライトノベル読みとしてその欲求に敬意を表したかった。
形は違えど、その欲求のお陰でオレは読者で居られるんだから。
しかし――――
しかし、アレイにとっては。
娘にとってはそんな事はどうでも良い事だろう。
「ボクは父を――お父さんを恨んでいる。そして好きだった父を奪ったライトノベルもね。だからボクはライトノベルが嫌いなんだ」
ごめんね、とアレイは言った。
「君の好きなものにこんな事を言って。けれど」
「ああ、分かっている。無理はしないでも良いさ」
この理由と、そしてその理由を抱いたアレイの気持ちをオレは伺い知る事が出来ない。
ライトノベルでも人の死は重いテーマとして捉えられる。
それは当然、現実でも同じ事だ。
人の死は痛く、そして――――――――重い。




