第27話
「そっち行ったぞ、ツバキ君!」
「よっしゃあ!」
アレイの言葉に短剣を引き抜きながらこちらへと向かってくる小さな影を目で追う。
オレは影をギリギリまで引き付け、直前で身をかわした。
そしてオレの後ろにはダンジョンの壁があった。
オレを捉える為に空中へと跳んでいた小さな影は、オレが居なくなった事に気付き身を強張らせるものの時既に遅し。ダンジョンの壁へと思い切り激突し、頭に映えている自慢の角が鈍い音を立てて割れた。
その隙を突いて、オレは小さな影――ランナーラビットに向かって短剣を振り下ろす。
仰向けに倒れていたランナーラビットは腹から血を噴いて、直に動かなくなった。
ランナーラビットは走る事に関しては他の追随を許さないモンスターだ。
また魔力文字『速』にて目で捉える事が出来ない程に強化された脚力を用いて獲物へと突進する事により頭に生えている角が獲物を串刺しにする、何とも凶悪なモンスターだ。
しかしながらダンジョンは障害物が多い。その脚力を逆に利用する事も出来る。
こいつらの脅威は出会い頭の奇襲だ。準備を整えた段階での戦闘はさほど怖くない。
「大丈夫かい、ツバキ君」
「ああ、目も大分慣れてきた。問題ない」
塔型ダンジョン第一〇二三号、五階層。
五階にて生息するランナーラビットに当初、苦戦を強いられたが連戦する事によって慣れてきた目は徐々に彼らを捉え始め、現在では安定して倒せるようになってきた。
恐らくは慣れだけでなくオレの魔力が増す事による動体視力の強化も要因の一つだろう。
ダンジョン攻略の課題から六日目。
時刻は夜の帳も大分下りてきた頃だろうか。
「これでオレの討伐数は百八十か」
ランナーラビットを始め、ウォールゴーレムの討伐数も既に二十匹に達している。
残りはパワーインセクト二十匹だ。
「お前の話じゃパワーインセクトは六階層から出てくるんだったよな?」
「その通りだが。ツバキ君、そろそろ限界ではないのかい? さっきより疲れの色が濃いように見えるし、息も荒い。一度休んでからでも……」
「大丈夫だ。それに今休んだら多分、ぶっ続けで寝てしまって明日を過ぎちまう。これなら寝ないで最後まで行った方が楽だ」
「でも……」
「終わりも見えているし、ここで返ってもゆっくり休めねぇよ。それよりも一気に終わらせちまおう」
「……そうか、分かった。でも無理はしないでくれ。そうでなくともパワーインセクトは強敵だ。一歩間違えたら今の君でも」
心配そうな表情をみせるアレイにオレは笑顔を向けた。
……上手く笑えているだろうか。
「大丈夫なら良いが……。行こうか」
どうやら問題なく伝わったようで何よりだ。
オレは揺らぐ視界とふらつく足取りに活を入れながら、アレイの後ろへと続いた。
六階層。
今までの五階層とは違い、窓が開いている事で光が差すようになっている。
現在は夜中なので、月の光がダンジョンを幻想的に照らしていた。
ダンジョンの中は陽光が差す所為か、緑のツタが至るところに絡まっている。
これまでと違った景色にオレは少しばかり面食らってしまった。
「驚いたかい、ツバキ君。綺麗な景色だろう」
「ああ。これは凄い」
「これで魔物さえ出なければ恋人達の逢瀬に使われただろうにね。残念な事だよ」
「いや……どうやらダンスパーティのお誘いが来ているぜ」
奥からわらわらとやって来たのは大きな蟻の群れだった。
鋭い顎を持ち獲物をねめつけるように、その真っ黒な瞳がオレ達を覗いている。
「ツバキ君!」
「分かっている」
「さっきの『ダンスパーティのお誘いが来ているぜ』って台詞、格好良いと思って言ったの? ねぇねぇ、どんな気持ちで言ったの? ボク、かなり気になってんだけど」
「後にしろ、このボンクラ!」
この女は何故こうも雰囲気をぶち壊せるのだろうか。
ああ言うのはフィーリングで理解するのは常識だろうが。
「ッ、来るよ! パワーインセクトだ!」
パワーインセクトは見た目大きな蟻の姿をしたモンスターである。
カチカチと顎を鳴らし、こちらを威嚇している。
「ツバキ君、おさらいするよ! パワーインセクトはその強靭な顎で獲物を噛み砕くのを得意としているけれど、注意するのは魔法文字『力』を使ったそのパワーだ。組み伏されたら終わりだと思ってよ!」
「それも分かっているさ!」
ここに来るまでに散々アレイより説明された事をオレは思い返す。
問題ない、やれる筈だ。
パワーインセクトはその強靭な顎で噛み砕いたダンジョンの壁の破片を器用にも前足で持ち上げ、こちらへと投げてきた。
一メートルはありそうなその破片を避けながら、オレは接近してくるパワーインセクトに触れないよう短剣を突き立てる。
――――が。
「……ぬ、抜けない」
予想外に硬かった外殻は短剣を途中で止め、更に抜けなくなる。
ぞくり、と背筋に悪寒が走る。視界の端からパワーインセクトの足が伸びていたのだ。
――――組み伏されたら終わり。
その言葉を思い出し殆ど反射的に短剣から手を放した。
そして腰から新たな短剣を取り出しながらパワーインセクトの額に向かって投げつける。
見事に命中した短剣によって額を貫かれたパワーインセクトはオレのすぐ隣へと倒れ伏した。
ぴくりぴくりと動くパワーインセクトから額を貫いた短剣を抜き取りつつ、オレはアレイの様子を確認するが――――
「お、お前! なにやってんだ!」
アレイの姿を確認すると、あれ程気をつけろと言っていたパワーインセクトに組み伏せられているところだった。
「――――うわ、うわわわわ、ばッ、『爆』破!」
オレが短剣を投げるのとアレイが『爆』の魔力文字を唱えるのは殆ど同時だった。
当然ながらアレイの放った『爆』破は見当違いの方向――――もう一体のパワーインセクトを容易に爆殺していた――――へと飛び、オレの短剣は吸い込まれるようにしてパワーインククトの額へと突き刺さる。
爆破の煙に紛れてもう一体のパワーインセクトの側面へと回り込むと、ベリーロールの要領で空中に身を投げ出し、パワーインクセクトの外殻が薄そうな背中の接合部分を短剣で斬りつける。
パワーインセクトが悲鳴を上げる中、オレは即座に正面へと回りこみ額に短剣を突き立てた。
占めて四匹のパワーインセクトが絶命した事を確認し、オレはほっと一息吐いた。
「うむ、見事だな、ツバキ君。だが、ボクの『爆』破が効いていたね。ナイス連携だ」
「なにがナイス連携だ。お前、パワーインセクトに組み伏された恐怖で放った『爆』破がたまたま他の奴に当たっただけだろうが」
「いやいや、その煙に紛れて君が奇襲をかけたんじゃないか」
「それはオレの好判断だと褒めて貰いたいくらいだが……、……いや、もう良い。これ以上、体力を消費したくない」
こちとら殆ど寝ないでダンジョン探索に勤しんでいるんだ。
下手な会話でこれ以上の体力消費は出来れば避けたいところ。
「どうやら疲れが溜まっているようじゃないか。そろそろ引き上げるべきなんじゃないか」
だが、オレのその言葉は悪い方に取られてしまったようである。
……どうも、こいつはオレを気遣い過ぎじゃないだろうか。
「大丈夫だ。それよりこの様子だと六階層もどうにかなりそうだな。懸念だったパワーインセクトも一応は問題無さそうだし」
話を変えるオレに頬を膨らますアレイだったが、肩を竦めて言葉を返す。
「油断は禁物だよ、ツバキ君。大体、一度組み伏されたら終わりなんだから」
「誰かさんはその終わりを一度体験している訳だが……」
「性格が悪いね、君は。はいはい、助かったよあの時は。ありがとうございました」
「どうもありがたさを感じないが……。そういやこのダンジョンって何階層まであるんだ? お前の話じゃそう高くはないって聞いたけど」
「八階層だよ」
「何だよ、もうすぐじゃねぇか。そういやレインハルトはダンジョンは攻略しても構わないって言っていたよな? これ、レインハルトと戦うまでもなくダンジョン攻略出来ちまうんじゃねぇか?」
オレの発言にアレイは「何言っているんだこいつ」と言わんばかりの視線をオレへと向けた。
「ツバキ君、それは無理だよ。パワーインセクトを倒したと言っても七階層からはもっと強いモンスターだって出るんだ。そんなのに出会ったらボクら二人共瞬殺されちゃうよ」
……瞬殺、かあ。
どうも勢いに乗っているように思えたオレ達だったが、やはりそう上手くはいかないらしい。
「それよりも師匠の課題をクリアする事の方が先決だよ。そっちだってまだ達成出来てないんだから――――む、あれは……うん、来るよ、ツバキ君」
「へいへい……っと」
オレは短剣を構え、奥から姿を見せるパワーインセクトを迎え撃つ為に身構えた。




