第26話
「ッ、ツバキ君! その怪我は!」
ダンジョンから戻ったオレを迎えたアレイは開口一番にそう言った。
「これか? 掠り傷だ。何でもない」
肩口から流れる血を心配そうに見つめるアレイへとオレは言葉を返す。
ダンジョンに居て気付かなかったが、夜はすっかり明けていて朝日の眩しさに目が眩む。
「はあッ!? 単身でウォールゴーレムと戦ったァ!?」
オレの傷を魔法で癒しながら話を聞いていたアレイは驚きの声を上げる。
現在はオレ達が寝泊りしている宿舎の中だ。
「ああ。だがちゃんと倒した」
「……あのねぇ、ツバキ君。ボクはそんな事を言っているんじゃないんだよ」
「分かっているさ。少し無茶をしたと自分でも思う」
「少し!? ボクが寝ている間にダンジョンへと潜るなんて事をしただけでも、どうかと思うのに……それがウォールゴーレムと戦ったなんて……。ボクは君の正気を疑っているんだよ!」
手当てをしている間中、アレイの表情は険しいままだった。
オレの行いを咎める気持ちもまた分かるのだが……。
しかしながらオレは引く気など毛頭無かった。
「正気さ。正気じゃない奴にライトノベルは読めないからな」
「……ッ、それだよ。良いかい? 君はもしかしたら命を落としたかも知れないんだよ?」
「最初から言ってるだろう?」
同じようにしてオレは断じてみせた。
「オレはライトノベルに命を懸けている、と」
「そんな事を言えば格好良いつもりかい!? そんな訳ない! 君がやったのは蛮勇に過ぎなくて、言って見ればただの無謀だ! 恥ずかしいよ、ボクは!」
「こうして生きて還ったんだから良いじゃないか」
「良くないよ!」
アレイは更に語気を強めると、ふっと息を吐く。
「ねぇ、ボクはそんなに信用ならないかい?」
彼女の表情は寂しそうで、今に泣き出してしまいそうだった。
そんな彼女にオレは言った。
「ああ。驚く程、頼りないね。正直、居ても居なくても変わらないんじゃないかと思ったくらいだ」
「……そうだったね。君はこういう雰囲気の時でも平気でボクを馬鹿にするような、そういう奴だったよ」
アレイは諦観の面持ちでオレを見ると、溜息を吐いてみせた。
「君はこの五日で驚く程、強くなったと思うよ。正直、驚異的だと言っても良い。けれどね、その命はライトノベルよりも重い事を忘れないでくれ」
「そんなこと――――」
彼女の言葉を否定しようとしたオレだったが、二の句を告げる事が出来なかった。
何故なら彼女の表情はこちらが意表を突かれる程、悲しそうなものだったから。
その時、オレの脳裏にある疑問が浮かんだ。
この少女は本当にライトノベルが好きなのだろうか――――と。
「――――じゃあそろそろ行くか」
どれぐらいの時が流れただろうか。
長い沈黙の後にいつの間にか怪我の痛みが無くなっている事に気付き、立ち上がる。
だが、アレイはそんなオレを呼び止めた。
「はあ!? 君、全然休んでいないじゃないか! 顔色も悪いし……、少しは休みたまえよ。次こそは死んでしまうぞ!」
「大丈夫だ、心配ない」
「何が大丈夫だ! 待ちたまえ、行かせる訳には――――」
「アレイ」
立ち塞がろうとするアレイの肩を叩く。
「オレはライトノベルを読むまでは死なない。だから心配ない」
「……なんだい、それは」
「なあ。ライトノベルの主人公はどうして格好良いか分かるか?」
そのオレの突然の質問に顔を顰めるアレイ。
返って来ない返事を前にオレは代わりに口を開いた。
「ライトノベルの主人公が何で格好良いのか。それは負けないからだ。死なないからだ」
「いや、そんな事ないだろう。主人公でも負ける展開はあるんじゃないか」
「…………、例え負けたとしても、何度でも立ち上がるからだ」
「なに、罰が悪そうにして意見を少し変えてるんだよ」
「うるさいな。いま、良いとこなんだからそっとしてろ」
「格好悪いね、君は」
呆れるような目線を送るアレイにオレは再度言った。
「何度か負けるかも知れない。失敗もするかも知れない。けれど決して死なない。死なないから幾ら負けても何度でも立ち上がって、最後には絶対に勝つ。だから主人公は格好良いんだ」
「なんだ。君は自分の事を主人公だとでも思っているのかい?」
「んな訳ねぇだろ。そんな恥ずかしい事は言ってない」
「今の君は十分恥ずかしいと思うけれども……」
ホントうるせぇな、こいつ。
良いじゃないか、ちょっとくらい感慨に浸ったって。
男なら一度はこんな雰囲気出して格好良い事言いたいんだよ。分かるだろ?
「でもさ、アレイ」
「なんだい?」
既に出鼻を挫かれたようにして変なモノでも見るかのような目つきに移項しつつあるアレイへとオレは言ってみせた。
「男は誰でも主人公になりたいと思ってるんだよ。当然、オレもな」
そう言ってオレは彼女の後ろを颯爽と歩き去ろうとする――――
「いや、君。何を言ってやったぜ、みたいな雰囲気出して立ち去ろうとしているんだい。ボクは君がダンジョンに行くこと、全く許してないよ」
「は!? お前、ふざけんなよ! 今、完全に決まってただろ! ライトノベルで言えば台詞の間が空いていて、目立つ台詞が決まったみたいなそんな感じだったろ! それでお前は『……ツバキ君』みたいな、それっぽい台詞を吐きながら見送るみたいな、そんな空気だったろ! それをお前、普通に呼び止めてんじゃねぇよ! オレの一世一代の名シーンを返せ!」
「何を馬鹿な事を言っているんだい。ほら、ちょっとくらい休みなって」
「やだやだやだぁ! オレはライトノベル読む為に強くならなきゃ駄目なんだい! その為には今、休む時間なんて無いの! やだやだ! 行く、ダンジョン行くの!」
「駄々を捏ねるんじゃない、子供か! この男、正攻法で落とせないと分かるや否や、泣き落としとはそれでも男なのかい!?」
「馬鹿め、男なら目標の為ならプライドすらも捨てるんだよォ!」
「そんな奴は君くらいだよ」
……むぅ。オレの最後の砦である「みっともなく駄々を捏ねる」ですら落ちないとは。
この女、なんて鬱陶しいんだ。
こうなったら休む振りをして一服盛ってやろうか。
「……分かったよ」
どうすればアレイを無力化出来るかどうかについて真剣に悩んでいる最中、アレイは諦めたかのようにそう口にした。
「止めても全然聞かないし。止めるのもそろそろ飽きたよ」
「まったく、最初からそう言えば良いんだよ。ダンジョンでは役立たずの癖に、こんな所でまで足を引っ張るんじゃねぇよ。これだから頭爆裂娘はよお」
「ホントに爆殺してやろうか、君。そうじゃなくて、ボクが寝ている間に無茶されるよりはボクが付いてった方がまだしもマシだろうって事だよ」
アレイは深い溜息を吐いた。
まあこのままだったら彼女の言う通り休む振りして抜け出してやろうか、とか考えていたのである意味では考えを読まれていたという事だろう。
全く以って生意気な女である。
「けれどこれだけは約束したまえよ。もう立てないって程に疲れたら素直に言うこと。ボクがおぶってでも君を持ち帰ってやるからね。そうでなくても君はこの五日間は殆ど寝てないんだから」
「大丈夫。オレの国では一生死ぬまで働きますって言う奴も実際は殆ど死なないから」
「それって死なないだけで大丈夫とは言わないよね!?」
ブラック企業に勤めている日本の社畜達は文句一つ言わずに殆ど寝ずに働いていると言うのに……。
日本の幸せの為に身を捧げる彼ら労働者に敬礼。
「じゃあそろそろ大詰めだ! この二日間、死ぬ気でモンスターを狩るぞ」
「し、死んじゃ駄目だからね! 分かっているよね!?」
オレの言葉に焦った表情を浮かべるアレイと共にオレは装備、道具などを整えダンジョンへと再び足を踏み入れた。




