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第1話

「……好きなんだ。付き合ってくれないかな?」


 今日の放課後の事だ。


 夕刻差し迫る学校の放課後。校舎裏の広場。


 そんなテンプレ染みた場所にてオレは愛の告白を受けていた。



「…………え?」

 そんなとんでもない事実にオレはそっと息を吐いた。



 目の前に居る相手をまじまじと観察する。


 緊張しているのか、浅く呼吸を繰り返し、紅潮した頬を浮かべている。



 強く握り締めた手。その手はオレからの返答を待ちながらカタカタと震えている。


 その青春の二文字を体言したかのような状況にオレは目を背けたくなった。



 ――――違うのだ。こんなのはオレの目指す青春とは違う。



 オレは意を決して真摯な言葉を口にする。



「申し訳ないけれど……お前とは付き合えない」

 その言葉を受けて愕然とする眼前の人物は縋りつくように尚も気持ちを表に出す。



「な、なんで……ッ、せめて、訳を! 訳を言って!」

 その本気の視線にオレはたじろいだ。



 しかし、この気持ちにオレは答える訳にはいかなかった。


 だって何故なら――――何故なら――――


「だってあんたは男で! オレも男で! 更にここは男子校だからだ!」


 眼前に居る彼(高校三年。ラグビー部所属。ムキムキ)は野太い声でオレのその否定を受け取りたくないとばかりに首を振った。



「そんなの関係ない! 性別なんて些細な事じゃないか!」


「それは結構重要だと思いますが!?」


「そんな事はない! 例えそれが高いハードルであったとしても俺はラグビー部だ!」


「今、それが関係あるのか!?」


「壁などオレのスクラムで蹂躙してくれるのだ! 燃え上がれ、俺の闘志と恋心!」


「焼け死ね」

 オレの必死の拒絶を受けて尚、奴は退こうとはしなかった。



 むしろ堰を切ったかのように次々と愛の言葉が溢れ出す。



「だって! お前、背は小っちゃいし、小顔だし、睫毛長いし、頬はピンク色だし! 色白だし、短めの髪はボーイッシュって感じでときめくし、声は男とは思えないくらいハスキーな感じで可愛いし、俺が高三に対し、高一の後輩ってのもそそるし、何故か良い匂いするし!? 何より天道てんどう 椿つばきって名前! 自分でも可愛らしい名前だとは思わないのか! この俺はキュンキュンきちゃってるぞぉ!」


「それ全てオレのコンプレックスに当たるけどね!」

 と言うかガチムチ体型の男が「きゅんきゅん」とか口にするな、きめぇ。



「そんな訳で、俺はお前が好きなんだ! 天道! どうか俺と付き合ってくれぇ!」


「断る」


「何故だ! 男子ってだけでこんなに無碍にしなくても良いじゃないか!」


「これだけで邪険にするには十分だと思いますけど」


「他に訳が! そう、訳があるなら聞かせてくれ!」


「訳、か」


 訳、即ち理由ならあった。



 オレにとって最大且つ絶対の理由ならある。




「付き合ったりなんてしたら――――ラノベ読む時間が無くなるじゃないか!」


「そんな事!?」



 そんな事とはなんだ。


 それはオレにとって最大の理由であり、そして生きがいそのものに違いないのだ。



 ライトノベルをこよなく愛し、オレの全てをライトノベルに注ぎ込むこと。



 それこそがオレの求める人生の全てであり、そしてそこから外れる生き方、青春などあってはならない。



 ファンタジーに溺れ、青春モノに傾倒し、バトルに血を滾らせ、コメディに爆笑し、恋愛モノに心揺さぶられ、ハーレムモノに夢を抱き、セカイ系に手汗握り、ミステリーに息を呑み、ロリ系に心惹かれ、アダルト系に奮起し、日常系を愛し、非日常系も愛するこの俺に置いてライトノベルに死角など存在しない。



 これが理由でなくて一体何が理由だと言うのだ。



「そう言う訳でオレはあんたの気持ちに答えられない。じゃあ帰って積み本一掃作業が残っているんで、これで!」


 オレが踵を返し、先輩の下から去ろうとする中、

「ちょ、ちょっと待ってくれよぉ――――ッ」

「うわあ!」

 後ろから抱き着いてきた先輩に驚き悲鳴を上げるオレは必死にもがきながら先輩から離れようと抵抗する。



「お、おい! 離せ! オレは帰ってラノベを読むんだ! 青春の一分一秒を無駄にする訳にはいかない!」


「青春の一分一秒はラノベの為にないと思うが。……ってこれ、周囲から見たら結構ヤバげな絵面っぽくて背徳的で興奮するな」

 おっと、この先輩、どうやら中々の変態気質であるらしい。



 だが、確かに二回り以上体格の大きな先輩が後ろから抱き着いてくる絵面と言うのは何処か犯罪的である事は間違いないだろう。



「いい加減にしろ!」

 オレは先輩の腕を捻り、怯んだ隙にそこから脱出し、一目散にその場を離れる。



 だが、先輩もラグビーで鍛えた脚力を生かし、またも背後から迫り来る。



「ちょっ! 速ッ! 来るな、変態! これ以上、追いかけるなら国家権力を召喚するぞ」


「そ、それも良いかも知れないな……美少女に変態呼ばわりされながら、警察に捕まる俺……、手錠を掛けられる俺を口汚く罵る美少女……、これは想像以上に良いぞ、良いぞぉ!」



「酷い妄想ですね!」

 つーか、オレは男だっつーの! 酷い勘違いだ!



 全力で逃げるオレに対し、変態先輩は速度を上げながら迫り来る。



「良いじゃねぇかよぉ、男と男のラブゲームに身を焦がそうぜぇ……」


「それはラブゲームじゃなくて、加害者と被害者の事件現場だ!」


「だ、だったらこれならどうだ! 俺がお前に幾らでもライトノベルを買ってやる! その代わりにお前は俺に好きにされる! こう言うのは!」


「…………。はッ、き、汚いぞ! オレはそんな汚い方法には屈しない! この変態め!」


「一瞬でもライトノベルの代わりに身体を差し出そうと考えるお前も大概変態だぞ」


 先輩の訳が分からない妄言には耳を貸さず、オレは必死になって校門まで逃げる。


 しかし、校門で待ち構える集団がオレの行く手を阻んだ。



「天道! 俺だ、何度断られようと俺の気持ちは変わらん! 俺の愛を受け取ってくれ!」


「俺が天道のその柔肌ボディに触れるんだ! 今ならラノベ百冊を代わりに進呈する!」


「こいつ、物で釣ろうなんて卑怯な奴め! なら俺は埋もれる程のラノベを送るぞ!」


「俺ならいつまでもラノベを与えてやるぞ! 俺と一緒に来い、椿! そして俺のいきり立った竹刀(意味深)を受け止めてくれェええええええええええええ!!」


 その人ゴミはその名の通り穢れた欲望に身を焦がす亡者達であり、そしてその亡者達はオレがかつて告白を断った連中に違いなかった。



「全部纏めてお断りだァ!」

 穢れた欲望に身を任せた亡者達は男子校だけあって恋に飢えている。例えオレの性別が正真正銘の男であっても止まる事は無いだろう。



 オレは校門の突破が難しいと考え迂回するべく進路を変える。



 しかし、

「「「ニガサナイヨォオオオオオオオオ」」」

「ひぃいいいイイイイイ!!」

 進路を変えたところで諦めるような者達ではなく、ロックオンしたミサイルの如くオレへと突っ込んでくる。



 最早、正常な判断力のない彼ら一同に捕まればナニをされるか分かったものではない。



 捕まれば(男としての何かが)死ぬ。これは間違いなかった。



 しかも相手は男子校の変態集団だ。日々、厳しい指導に耐え、部活動にて研鑽を積んでいるだけあって、その身体能力は平均的な男子高校生を一DT(男子高校生基本単位)とした場合に置いて、その戦闘力はおよそ十DT、全員集まれば力はインフィニティだ。



 およそ平均以下の身体能力しか持たないオレにとっては逃げ切るのは至難の業だ。



 だが、それでも、それでもオレは――――

「あいつらがオレを待ってる……だから俺は家に帰る、ライトノベルが待っているんだ!」


 ライトノベルがあればオレは――――跳べる!



 そんないつもの光景から無事帰還し貞操を守り抜いたのは毎度の事ながら奇跡であった。

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