其の弐 いざ出陣!
鳥のさえずりで目を覚ます。
木でできた簡素な作りのこの家は、不思議な自然の暖かさで包まれていた。
木材の隙間すきまから漏れ込む光が、決意の朝の到来を教えてくれる。
「よし」
と、俺はその決意を胸に、起き上が___れなかった。
胸のあたりになにやら重いものが。
顔は天井を向いたまま、恐る恐る手探りで正体を確認する。
むにゅ、っという擬音が付きそうなまでの柔らかなそれ。
さらに思考を加速させる。
そわそわと忙しく動く俺の手が、それを襲う。
視線をそれに向け、最終確認。
「んん......」とか、「むぎゅっ」とかいう音を発するそれは、俺の身体を覆うようにして腰に腕を回す美少女___もとい、ヒミコだ。
俺は『決意を胸に』ではなく『美少女を胸に』起き上がれなかったのか。
離れようとしてもうざったくまとわりつくヒメを、引き剥がさんともがく。
___諦めて起こそう。
「おい、起き___」
だが、「すぴぃ」と寝息を立てるヒメの寝顔を見ていると、どうしても起こす原動力がわかなかった。
「ちゃんと布団かぶれよな」
仕方ないので、頑張って腕をほどき、そろりそろりと逃れる。
そこにそっと布団をかけてやった。
『毛布はキミがかけろ』
『いや、女の子を素肌で寝かすわけにはいかない』
『寝間着は着てるんだけどね!?___まぁ、仕方ないな。じゃあ、キミが寒くならないよう、ボクが温めよう』
『何をするんだ!?』
『心配ないさ、ほら、安心して寝たまえ。美少女のベッドだぞ』
そうゆうことだったのか。
ヒメは俺を温めてくれていたんだ。
ささやかな優しさに(もうちょっと他にも方法はあっただろうが)、胸がほっこりする。
それがこんな顔で眠るんだもんな。そんなヒメが、今は少し可愛らしく見えた。
それをほっこりで終わらせてくれないのがヒメだった。
「んん............むにゃむにゃ......おらりょふ、せっかくのお風呂だ......背中ながせぇ............」
「起きろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
◇◇◇◇
「まったく。髪の毛を引っ張った挙句、スカートまで脱がす必要ないじゃないか」
「後者に見に覚えがない。てかお前そもそも、スカートなんか履いてなかっただろ!」
「はぁ。それは美少女のスカートをおろした犯罪者が言う台詞第一位だ」
「そんなテンプレート、取り調べをする警官が気の毒だよ!笑っちゃうだろ!」
髪の毛を引っ張ってまでヒメを起こさんとしたため、濡れ衣まで着せられてしまった。
昨日とは打って変わってボッサボサの黒髮が、稚らしさを強調している。
さらけ出された胸元が、俺の視線を迷子にする。
「荷物、まとめたりするんだろ?早く準備に取り掛かろうぜ」
存在感の薄いその胸元から頑張って視線を引き剥がしつつ、話を別の方向へと運ぶ。
「ボクは何も持っていかないよ?」
「え?」
突拍子もない宣言に、間抜けな声が漏れた。
「荷物なんて重いだろう、必要なものは現地で集める!狩りや採集には慣れっこなんだ」
自給自足生活が約束されてしまった。
電気もガスも無いこの時代で、俺は果たして生きながらえることができるだろうか。
とりあえず、食べ物に関してはヒメに任せておこう。
「そうか、わかった。んじゃ、顔洗ってくるわ」
もはや諦めた俺は、そそくさと洗面所___例のお風呂場へと向かう。
「おう!ボクは着替えを済ませておくよ」
いつもの卑弥呼スタイルになるのだろう。
そう思いながら、顔に冷水を叩きつける。
ぼんやりとしていた意識が、だんだんと覚醒していく。
用意しておいた布で顔の水分を乱暴に拭き取り、「ぷはぁ」と息を吐いた。
いつもの習慣の改修には時間がかかりそうだ。
そんなことを考えながら部屋へ戻ると、驚きべき光景を目にすることになった。
新味覚、というか、斬新、というか......
が、破壊力は鬼に金棒だった。
「どうだ?似合ってるかな?」
ぴしっと襟元を正しながらそう聞いてくるヒメが着ているのは、なんとボクが通っていた中学校の学生服だ。
黒のセーラー服。
それをしっかりと着こなしていて、周りの女子中学生よりも女子中学生っぽかった。
変な表現だけれど、それくらい違和感を感じさせないのだ。
可愛い子はコスプレをしても可愛い理論は反対するけれど、絶世の美少女なら話は違うらしい。
紅い双眸が俺の顔を覗く。
「ん、ああ。えっと、可愛いよ、すごく」
俺は思ったことを口にした。
すると、ヒメはかぁぁと顔を赤くし、
「かか、かわいいとかゆっちゃだめ!」
と言った。
可愛い子が可愛い服装をして、可愛く『似合ってる?』と聞いてきて、『可愛いよ』がだめなら、なんて言えば良いのだろう。
聞いてきたのはそっちなのに、と思うと少しむっとする。
正直に答えてはいけない質問はしないでほしい。
「こほん。キミの時代に行ったんだよ、”モノノ怪”が出現する前のね。正確には、『”モノノ怪”が出現する前の時間にに、つまり一昨日くらいに戻った後、キミの時代に行ったんだよ』だ。そこらへん複雑だから、あんまり考えなくて良い」
「そこで俺の通っていた中学校を見つけたんだな」
「いや、たまたまとおりかかった女の子がこれを着ていたんだ」
「その子はきっと今頃、人目のつかない所で泣いてるよ!可哀想に!」
本当なら今すぐ返して来てほしいところなのだが、『もう終わった世界』のはずなので、よしとしよう。
この姿でいてほしいってのも、すくなからずあるしね。
もちろん、出発前にちゃんと着替え直したよ。
「兎にも角にも、ここからが本番だよ。ボクらの冒険は、始まってもないんだから」
「王道RPGのオープニング辺りで、ヒロインが言いそうな台詞をここで使ってくれるのが嬉しい限りなのだが、そうだな、俺も気を引き締め直さなきゃ」
今まで大した事件にも巻き込まれずのうのうと暮らしてきた俺は、きっと平和ボケしてしまっている。
この世界で生きていくためには、そんなぬるい覚悟じゃだめなのだ。
死に瀕することもきっとあるけれど、弱腰になっていてはだめなのだ。
「そうと決まれば出発だ」
「もうですか___いや、どんと来いだ」
「そうこなくっちゃ!」
ヒメが俺に向かって拳を差し出す。
意志に満ちた目で、こちらを見ながら。
俺も負けずに、拳を突き出した。
こつん、とグーをぶつけ、
「よっしゃ出発だ、相棒」
その瞬間、周りの景色が移り変わる。