其の参 お風呂の至福は万‘時‘共通
「おーい、どうだー?」
「なんだよコレ、ボク、こんなに幸せな時間は初めてだよ!」
たちこもる湯気の中、ヒメはなんと、初めてのお風呂タイムを迎えていた。
薄い仕切りを挟んだ此方側では、美少女の入浴音にひたすら耳を傾ける変態___もとい俺、齋藤りょふ。
「おぉ!?コレはなんだ!この白くて四角いのは!」
ヒメの甲高い声が、浴場にこだまする。
「それは石鹸っていって、体の隅々までをしっかりと滑らせ、きれいにする道具だ」
「言い方がすっごくえっちだね!?」
「お前、その『えっち』っていう言葉、マイブーム?」
「ち、ちがう!」
どうしてこのような状況が生まれたのか、それは一つ前の会話へ遡る。
◇◇◇◇
「ふっふーん♪」
スマホを手に入れとても上機嫌なヒメは、それをさぞ大事そうに胸に抱え鼻歌交じりに俺の隣を歩いている。
「じゃあ、一回うちに帰ろっか」というヒメの提案を、飲み込んだ形だ。
ホントは、女の子のうちに『帰る』という行為に少し動揺したのだが、ヒメにそれは伝わっていない。
「他にもまだわからないことが色々あるんだけれど」
と言っても、彼女は、
「それはまたそれだよ〜。とりあえず、お家に着いてから」
の一点張りなので、仕方なく後に続くことにしたのだ。
道中、俺はたわいもない話を振る。
と言っても、これはだいぶ気になっていたことだ。
「邪馬台国ってさ、実際はどこなの?」
古代史最大の謎とも謳われるその質問にきょとんとしたあと、「ああ」と言って、彼女はあっさりと答える。
それもそのはず、彼女は本人なんだから。
「確か、キミの時代的に言うと、”ならけん”辺りかな?」
「へぇ、ってことは、大和説があたってたんだ。北九州説とか、その他諸々あったらしいんだけれど、これもこうやって聞かないとわからないよな」
これは普通に勉強になった。
有力であった大和説を唱えた人とかは、どうゆうところから情報を得ているんだろうな。
「きたきゅーしゅーというところを、ボクは知らない」
それもそのはず、だって、現代の知識なのだから___いや、その理由は通用しないか。だって、ヒメは『奈良県』を知っているんだから。その他にも、スマートフォンについても、微微なりとも知識を持ち合わせていた。
つまり、
「お前、もしかしたらちょくちょく未来に顔だしたりしてたのか?」
二〇〇年の住人であるヒメが、二十一世紀の俺にコンタクトを取りに来たのだ。少なくとも一回は二十一世紀に来ているということで___
よく考えてみれば、たまたま未来旅行一回目であの事件に出くわし、俺を助けたという方が都合の良すぎる気もする。
もちろん何の根拠もない、突飛過ぎる質問に、彼女はなんの屈託もなく、
「もちろんだともさ。あそこは知識の塊だからな。ただ、具現できるのが非常に短い時間である故、にっぽんの文化は、ほんとにかじった程度だよ」
と答えた。
こいつ、時間の概念吹き飛ばせるんだ。彼女の言う【天羅・天照大御神】っていうのと、なにか関係してるのかな。
でも、それは確かに拝まれるわけだよ、『占い師』って。卑弥呼神様説まで浮上してたぞ。
ひとつ、いい考えが浮かんだ。
「ってことは、俺のモバイルバッテリーを充電しにいったりするのも、可能なんだな?」
「その、もばいるばってりーというのをボクに教えてくれるなら、可能だぞ!」
犬みたいに舌を出してハァハァしている。
このままだとこの変態知識欲に顔を舐められそうなので、少し距離を取る。
まあ要するに、必要なものを現代からこしらえてくることが可能だ、ということだな。
これは他の転生とは違って、有利に事を進められそうだ。
多分、破壊の限りを尽くされた日本は、今もこの時間の先に健在なのだろうけれど。
「それなら、ひとついい案があるぞ!」
距離を置かれ、少し不機嫌気味に口を尖らせていた彼女が、ぴくん、と反応する。
「お、それはまた気になるな。ボクが喜ぶかどうかはわからないがな!」
目が☆になっている彼女に、もう喜んでるよ!とは言わず、
「そういうなって。まあ、そのためには色々持ってきてもらいたいものがあるんだけど」
わざとらしく、ぽりぽりと頭を掻く。
「未来から?」
「そう、未来から」
「えー疲れるー。もうあそこ危ないし」
もう俺も時系列というものを正常に捉えられなくなっている辺り、転生恐ろしい!と思うけれど、それとは裏腹に、いや、それとともに、転生楽しい!っていう気持ちがある。
これから可愛い女の子がたくさん出てきて......そう考えると、わくわくがとまらない。
「いや、疲れていたほうが効果てきめんなんだよ、むしろ」
どうしても『それ』をしてもらわなくちゃならないので、後押しをする。
彼女は「う〜ん」と吟味したあと、
「............そんなものがあるのか。いやはや、生きててよかった!」
おっさんかな!
ともかく、乗ってくれたらしい。
じゃああとは、スマホの電源を入れておくだけだ。
◇◇◇◇
ここで、冒頭へ戻る。
「うわっ!なにこれっ!ぬるぬるしてて滑るんだけどっ」
もう一度書こう。この仕切の一枚向こうで、女の子が一人、お風呂タイムを迎えているのだ。
どうやらその女の子は、『石鹸』と格闘しているらしかった。
ときおり、ドシーンという音が聞こえる。転んだその無防備な裸体を肉眼で目視することはかなわないけれど、ただ僕には、『相棒』がいた。
耐水性抜群のそのスマホは、今どこにあるかと言うと、
「ヒメー、俺たちのスマホ、ちゃんと近くに置いてあるー?」
「あ、ああ、これか?今ボクの足元に置いてあるぞ」
足元。つまり、カラダを見上げるスタンスで撮影されているということか。
ただ、さすがは卑弥呼、高い察知能力を持ち合わせている。
「むむむ、この丸いところが、ボクを見ている気がするんだよね、気のせい?」
「あーそうさ気のせいさー。そのような心配はいらないから、もっとありのままで楽しんでねー」
まさにそのとおりであるのだけれど、あからさまな棒読みで仕切りのむこうの彼女にそう返す。
何も知らないヒメは、きっと今頃、むむむ、とか言いながらレンズに顔を近づけ観察中だろう。
なに?俺が変態だって?
何を言っているのだ。なにも不純ではない。なにせ、天然で修正がはいるんだから、湯気サマのおかげでな!
完璧な計画。このために、スマホは『二人の物』になっているのだ。
ふっははははははははは!..............................
___動画は後で、消しておこう。
やがて、身体を洗い終えたらしいヒメが、お湯に浸かり始める。
ちゃぽん。という音が、静かな浴場に反響した。
「ふおおおおお!これが、『ふろ』というやつか!温かい水が、ボクの体を包むっ!」
「そうかいそうかい。ていうか、今までお風呂どうしてたんだよ」
「川だよ?」
「んなっ」
首を横に倒し、「ソレ以外なくね?」みたいな顔が想像できてむかつく。
といえども、こんなに可愛いちびっ子が、夜の川にひとり、野獣に裸体を晒しているというのかっ!
すると、妄想にふける僕に気づいたのか、
「いま、ぜ、ぜっったいえっちなこと考えた!」
「考えてません!」
理解した。今までの反応を見るにおそらくこの子は、『えっちなこと』が弱点だ。
つまり、『男子っぽい年頃中学生女子>ヒメ>小学校低学年女子』という不等式が___
とまあそんなことはどうでも良くて。
「一悶着ついたことだし。そろそろ本題を聞いてくれますかね」
しばらくお湯に浸かったヒメが、「ふぅ」と一息ついて、話を切り出す。
さっきとは打って変わって真面目な雰囲気を醸すヒメに、相手からは見えないけれども俺も自然と居住まいを正し、短く「ああ」と答える。
俺がここに連れてこられた意義。俺の果たすべき仕事。
それが今から明らかになると思うと、少し、いやかなり、緊張する。
「どこから話したもんかなー」としばらく考え込んだ様子のヒメは、ちゃぽんと水を打って、「じゃあ」と始める。
「まずは、キミも見たであろう、あの”怪物”について、話させてもらおうかな」