其の壱 始まりはヒミコ
波乱万丈なストーリーのその先が、ハッピーエンドでありますように___
◇◇◇◇
俺がこれから語る物語を、ここでおおかた説明しておいてしまいたいと思う。
この物語の主軸、つまり”意義”というものはそれと言って無いけれど、否しかし、語らぬべきところというのもまた、存在しないのである。
出逢いが有り別れも有り、涙も有り笑いも有り___それもそうなのだが、俺がここで語らいたいと思うのはつまりだ。
世界は時に狂う。狂うこともまた世界であり、それを是としようとも否としようとも、否応なしに不条理に襲われる、ということ。
簡潔に言うなれば、人から聞けば全く信じられない話が、他でもない自分を襲うことがある。
話が横道にそれたが、ここでざっと背景を書こう。
というのも、話すのは俺ではなく、”俺ら”なのだが。
◇◇◇◇
目を覚ましたその場所は、美少女の眠れるベッド___ではなく、生い茂る草木の中。
特有の匂いを発する雑草の冷たさが、今は気持ちがいい。
異世界やらに転移したラノベ主人公が言ってそうな台詞第一位が、口を衝いて出た。
「ここ、どこだ」
だが、ひとつ違うのが、幸にも応答があったこと。
「”にっぽん”だぞ」
随分と”にっぽん”が新鮮味を帯びた言い方だった。
声の方を振り返ると、自信満々に薄い胸を張り、ふんぞり返るほどの仁王立ちで見下ろす女の子___もとい、美少女。
ってか、可愛いぞ。
俺は別に俗に言うロリコンというやつじゃないのだけれど、これは可愛い。
十代前半くらいで、身長もまだ僕より二十センチくらい小さい。
美しいというより、可愛らしいが似合うタイプの女の子だ。
無作為に下ろされた髪の毛は、風に吹かれるたび、さらさらとたなびく。
そんな俺の思考を読み取ってか___否、これは多分自負だ___その風格が台無しになるセリフを吐く。
「オイオイ、ちょっとまってよ。いくらボクが可愛いからって、可愛すぎるからって、可愛くて可愛くて仕方ないからって、ジロジロ見過ぎだよ、てれるわ」
俺は体を起こしながら言い返す。
「確かにお前は可愛いし、可愛すぎるし、可愛くて可愛くて仕方ないかもしれないけれど、でも痴女、俺はそんな邪な理由でお前を見つめていたわけではないんだぜ」
「ち、ちじょ!?聞いたことはないけど、いやな言葉ってゆうのが伝わってくるんだけどっ!」
「素が出てない!?」
どうやら自覚がないらしい......
でも、この見た目で、ボクっ娘で(素かどうかは置いておいて)、たしかに美少女と名乗るだけのビジュアルを持っている。
にしても、あの声の主は、この子で間違いないだろう。
蝶々を見つけたらどこまででも追いかけていってしまいそうなあの子が、俺の命を助けてくれたってんだから、この世の中ほんと見かけ当てにならないよな......
ともあれ、今はこの状況を知る必要がある。
「んなあ、ちなみに、自己紹介とかしてくれたりするの?」
今更、個人情報流出防止!とか言う子じゃないと思うけれど、へりくだった言い方になってしまった。
だって女の子だもん。少女誘拐罪とか、高校生のうちに持っとくべき役歴じゃないことは誰にでもわかる。
そんな心配虚しく、彼女の返答はこうだ。
「美少女」
ぷりっ、とお尻を振る。か、かわいぃっ。
おっと、冷静に。
「ボクっ娘」ぷりぷりっ。
「......んまあ、そうだね」
「ちびっこ?」ぷりぷりぷりっ。
「うん......たぶんね」
「ロリっ子!」
ぷりぷりぷりぷりっ。
「そうに違いないねっ」
ぴょん。「ヒミコ!」
「うんうんそうだね!__________なんだって?」
「ヒミコ?」
なんだって!卑弥呼ってあのっ!?倭の国の女王であったっていう、あのっ!?
ははは、まさかな。冷静に考えてみろ。この子があの伝説の?無い無い。
_____俺は確認の意味を込めて、恐る恐る尋ねた。
「............邪馬?」
「台国!___ん?」
おう、そこそこの教養はあるみたいだな。
「魏志?」
「倭人伝」
信じるよ。この子がかの女王様なのかもしれないよ。大体、あの転移も、この子が起こしたみたいにも取れるしな。今更現実的な価値観の需要は地の底だよ…
今度は卑弥呼と名乗る少女がふんぞりかえり、
「なななんで!?わた___ボクのこと知ってるの!?」
「なんか聞こえたよ!本物の一人称が俺の耳に入ったよ!___とはいえ、あれだよ、お前、俺の読んでる『教科』書に乗ってるぞ」
「ふむふむ、『強化』書か。となると、未来ではボクの【天羅・天照大御神】の模倣がなされてたりするってことか?」
「”きょうかしょ”のニュアンス、多分俺とお前で入れ違っているけれどヒミコ、その、テラアマテラスっていうのは俺の厨二心をそそる単語なんだが、一体全体、何だ?」
「教えなーい。そもそもボク、だいぶ偉い御身分のはずなのだけれど、そのへんどうなんだ」
卑弥呼___または日巫女。日の巫女で日巫女。太陽に仕えるとされる日御子。
火目の巫女、ヒメノミコ。天照大御神。
思いついた単語どれをとっても、まるで神様みたいな人物だ。
きっと、本人と会わなかったなら俺はヒミコのことを一生”ブラコンの陰キャ”イメージで過ごしていたよ。
もちろん、会ってしまったことで神様イメージもだいぶ削がれたけどね......
熟慮の末、こう呼ぶことにした。
「ヒメ、俺の名前はりょふだ。”りょふ”と書いて”りょう”と読む。歴男歴女の両親だったからこんなわかりにく___」
「ひひひひひヒメ!?そそれは私のことゆってるのっ!?」
「二重人格かな!」
俺の自己紹介を聞いていたかはさておき、この子、多分少なくとも二つは顔を持ってるよ。
偉い御身分のはずなのだけれど、性格というか、中身は普通の女の子だね。
”ヒメ”と呼ばれて真っ赤になるなんて、ちょっとしたジェネレーションギャップがあるみたいだけれど。
「じゃあヒメ___」
「きゃっ」
「ヒメ」
「きゃぁっ」
......これ、慣れてくれないのかな。