黄巾の乱 其の拾
「コウメイ、この人とは知り合い?」
シバイはおずおずと問うた。
「ん......おさななじみ......」
「ふーん、そうなんだ。あなた本当にあのリュウビみたいね。その、さっきのは、謝るわ」
「いーのいーの!コウメイちゃんのお友達は、あたしのお友達ってことだし!ね?ね?」
「友達?ハッ、気安く友達なんて言わないで頂戴。私はまだ、あなたのことを完全に信用したわけじゃないの。コウメイがこう言うから、仕方なく付き合ってるだけ」
「別になにもゆってない......」
「い、いいのよっ!コウメイが信用を置ける人なら、悪い人じゃないってことなんでしょ?それで十分」
シバイは、頬を高揚させながら、しかし態度は凛として言う。
「それで、要件はなんなの?さっさと、帰ってもらいたいんだけど」
「オイ、そんな怒らなくてよくない?」
「なに?この小娘」
「こっ、こむすめじゃにゃいし!ボクは、倭の女王、ヒミコなり。こうして、この三国時代にて、モノノ怪を退治せんとする者だ」
薄い胸をぽんと叩き、豪華な自己紹介をする。
嘘偽りは、一切ないんだけどね、これでも。
「ふーん。そうなんだ。まああんたはいいのよ、小娘」
「聞いといてなんだっ!」
「まあまあ、落ち着けって、ヒメ」
俺はきぃと喚くヒメを羽交い締めにし、自分も名乗ろうとし、
「俺は、さいと____」
しかしそこで、ハッと思う。
齋藤、という名字は、確かに俺のものだ。でも俺、苗字に甘えてんじゃねえのか?
この時代に来て、自分の正体を断片的に知って、そして、この時代においての俺の立ち位置も把握したつもりでいた。
だが、ここに来て、まだ齋藤かよ。
もう俺は、ただの高校生、齋藤りょふでは無い。
そんなやつは、今は存在しない。
いつまで経っても、平凡な、平和な頃の面影に縋って、逃げ道を探り続けるのはもうやめよ
う。自分が自分であれる未来を、掴み取るために。
「呂布だ」
その言葉に、シバイは驚きを隠し切れない。
コウメイは、やはり表には出にくい感情が、手の動きに出ていた。
「今はリュウビと行動を共にしている。だから、付き人って感じかな。よろしく」
シバイは平静を保つことを少しばかり忘れかけ、声を震わせる。
「は、はぁ?あんたが?あの、伝説にあった、呂布.........?ば、馬鹿にしないでよ」
「いや、馬鹿になんて___」
「ほんと、みたい.........勾が、ながれてない........」
「なっ___」
勾。やっぱ、それなんだな。
よくわかんないけど、俺にはそれがない。
それが、崩れない物証となったわけだ。
「うん、そうなの。今はまだ、彼自身気づいていないみたいなんだけどね〜」
「仕方ないだろ!知らんとこに飛ばされていきなり『君は呂布なんだ』なんて言われたって、そんなの簡単に受け入れられるわけねえって!」
「うんうん、わかったわかった!てことでコウメイちゃん。おはなし」
何がわかったんですか?
もういいけどね。慣れたし。
「ん.........黄巾族......でしょ?」
コウメイが初めて話に食いついた。
それだけで、場面が移り変わったように雰囲気が変わる。
シバイもヒメも、俺だって、この二人には干渉してはいけないような気がして、じっと見守ることしかできない。
「そうそう。なんだ、わかってんじゃん!それでー?」
それでってなんだ?何を聞いている?
そもそも、リュウビは何をしに来たんだ?
「それでって.........なに?」
「わかってるくせにー!あたしたちの部隊が駐留する場所を計算して、その場所を伝える使者をわざと族に捕まらせる。集まった敵があんだけ弱兵だったってことはおそらく、食料輸送部隊だとかなんとか書いたんでしょ?そして敵は、行軍先の森で、逃げた兵団を挟み撃ちにする。結局、相手の思惑とは別に、なぜかそれぞれに強敵が配置されていた。が!コウメイちゃんが書いた物語でしょ!そんだけ大胆なことを影でやってのけながら、しらばっくれるんだもん!ほんと、尊敬しちゃう〜!」
「そんなの、かんたん.........ちょっとだませば、あとは単調......」
ん?ちょっと照れてないですかね?コウメイさん。
「んー、しかし、それがうまく行って、なぜ族は全軍を引き上げた?」
ヒメが、問うた。
「それは、実は偶然だったみたいなんだー!」
「はっ!?なんだよ、じゃあ......」
「うん、これがコウメイちゃんがやったって考えたのも、ただの勘だよ。べつに、あの出来事全てが偶然って考えても良かったんだけど、あたしはちょっと違うと思ったの」
「でも、撤退はやはり偶然だったと......なんだ、超角が風邪でも引いたんかな」
冗談のつもりだった。
「ん.........はんぶん、せいかい」
「まじで!?」
「うん!超角自身、謎の病気にかかったってオチらしいんだ!」
「え、それって、かなりの幸運ではないのか?」
ヒメの言う通りだ。チャンス、とも言い換えれるか。
それを聞いたリュウビは、可愛らしくも不敵な笑みを浮かべ、
「そう、そう!これは、千載一遇の機会、なんだよ♪」
◇◇◇◇
コウメイの元へ赴いた理由の一つは、超角の居場所を聞くことだったらしい。
彼女は、黄巾族の構成員、滞在場所、それから戦い方までお見通しだった。
それなら最初っから、協力してくれてもいいんじゃないのかと思うが.........
『............戦いは嫌い』
その一言に尽きた。
リュウビは幼き頃___親友のコウメイが突然姿を消したときから、その理由にうすうす気づいていた。
乱世を嫌うという点で合致していた二人の意志は、その”解決方法”で分岐してしまったのだ。
乱世を”終わらせたい”リュウビ。乱世から”退きたい”コウメイ。
その差異は少なくとも、二人を別の道に歩ませるだけの力を持っていた。
そんななかで今、リュウビとコウメイは再会することになったわけだけれども、それはある種、リュウビの一方的な期待に過ぎず、コウメイはやはり依然としてその姿勢を貫くのだろうと思った。
だが思い返してみれば、コウメイが我らリュウビ軍を裏からサポートし、先の戦果につながったことは言うまでもなく、それはコウメイがどういった形であれ”参戦”したことに違いないだろう。
何かしらのきっかけで、何かしらの心境の変化があったのかもしれない___という考えが、リュウビがこうしてコウメイを訪れるに至らしめた原因の一つであり、否、それが最重要任務とも言えた。
そして、リュウビのその期待は、思わぬ形で現実となっていた。
「......北のソウソウ、東の孫権......うごいた」
曹操と孫権。三国志演義において、劉備と並び三国分立を組み立てた英雄の二人だ。
この”ニセ”三国志の世界においても例外でなく、彼らは国を左右する力を持っていたわけだ。
コウメイはその動き___すなわち対黄巾族を掲げ兵を挙げたその二人の挙動を見て、自らその知恵を使ったわけだが___
「なるほどね~。あたしが感じてた期待感みたいなものは、そういうことだったのか~」
「でもソウソウと孫権が動くことは、そこまで大きいことなのか?実際、手柄を上げようと兵を挙げる者は増えてきているらしいし、今回はリュウビ軍が大きな戦果を手に入れたわけだし......」
ソウソウと孫権の動きは、正直普通に生きていたころの知識として知っていた。その点において三国志演義と”ニセ”三国志に差は無いようだった。
でももちろん、コウメイはその二人がのちに国を挙げるほどの人物になることは知らないわけで___
いやいや、もし知っていたら?いや、予想できていたら?
コウメイは確かに動く必要がある。
なぜなら_____
「もし、二人がおおものになったら.........乱世がおわるかもしれない.........」
なるほどコウメイは、幼き頃から、すでに乱世を”終わらせる”ための唯一のビジョンを頭に浮かべていたのだ。
それは、リュウビと自分だけでは果たせないこと。だから諦めて身を引く決断をするしかなかったこと。
世の中を三つに分ける。すなわち、天下三分の計だ。




