黄巾の乱 其の捌
「何か含んだような物言いだな」
シリューくんはそれを補うように続けた。
「今回の戦、少し上手く進みすぎたのです」
「上手く進みすぎた?実際俺たち奇襲に遭ってるし、ヒメだってギリギリ勝てたようなもんじゃないですか」
「でも、全部勝ってるでしょー?」
「あっ」
言われてみれば、そう捉えることもできる。こちらの損害もほぼ無い。死者はゼロだ。
ヒメは、奴を凌駕していた。それ以上でもない。
「考えすぎ、ってことはないの?単なる“偶然だった“っていう可能性だってあるでしょ?」
そう、ヒメの考えは愚直だが、あながち間違えでは無い。
俺らの考えすぎかもしれないし、何より根拠が薄い。
あくまで『客観的に見ると』の話であって、現実は意外と単純だったりもする。
三国志演義で諸葛亮などが用いた空城計も、それを駆け引きへと応用した戦術だ。(空城計とは、わざと城を開け放ち、いかにも何か罠があると、敵に警戒させる策のこと。)
「じゃぁなんで、黄巾党はわざわざ全軍を引き上げる必要があったんだろ〜?」
あ!そうゆうことか!確かに、そこだけは不可解だった。一連を偶然と考えると辻褄が合わなくなる。
いくら幹部を失ったとはいえ、それだけで全てを引き上げる?
俺だったら、そんなことはしない。新しく隊長を立てるなどして、体制を立て直すことに力を注ぐだろう。
「各国には、張曼成と並ぶような実力者が散らばっていると聞きます。一部を崩されたのなら、そこを修復するために力を注げばいい。増援部隊の一つや二つ、送るのが理でしょう。”善く兵を用うる者は、譬えば卒然のごとし”です。張角は少なくとも、その器を持ち合わせているはず」
「その張角が、兵を引かざる負えない状況になった、ってことか」
何かしらの理由で。
ん?なんかみんなの視線が俺に集まっている気が......
当然だよね?みたいなやつ。
「てゆーことはー?」にこにこ
「やっぱりなっ!」
回ってくると思ったぜ。
くそう、こうなったら、意地でも答えてやる。
整理しよう。全ての発言を反芻する。
____表向きはね。
____今回の戦、少し上手く進みすぎたのです。
____単なる”偶然だった”っていう可能性だってあるでしょ?
普通に見れば、シリューくんの駐屯している部隊に奇襲があり鎮圧。党の指先までも討伐に成功。その結果、混乱した軍は、その全てを撤退。
こういう筋書きをしてみると、やっぱり”ラッキー”だったんじゃないかと思うのが自然な気がしてしまうけど......
もしそれが、ラッキーじゃないのなら。”偶然”じゃないのなら。
故意に起こされた、必然なら、どうか。
「こんなん、常人には考えもできねえよ…」
至った答えは、常軌を逸するもので。スケールが大きすぎて、にわかには信じられないが、たどり着いてしまうと、何よりもすとんと腑に落ちる。
ロケットの速さを計算し終えたけど、数値が大きすぎて結局速さを掴めない、みたいな。
わかりにくい?これ。
俺はおずおずと答える。
「誰かしらの介入があった、ってことだな。裏で糸を引く、誰かしらの」
するとリュウビはパチンと指を鳴ら(そうとして失敗)し、
「その通りだよ!さっすがぁ!」
とはしゃいだ。あのう、指パッチン失敗は恥ずかしくないんですか?
ともあれ、どうやら正解だったらしい。
肩から息を吐き、とりあえず一安心。
一方話の展開に、胸の鼓動は速くなるばかりだ。
「なー、ゲントク。偉そーに『正解』とか言ってるけど、別にそうと決まったわけじゃないんだろう?ボクも、既にほぼ確信に近いそれは感じているが」
ヒメの的確な一問に、リュウビは「待ってました!」と手を叩き、一答する。
「もう宛があるのさ♪あした、さっそく行ってみようと思ってるよ〜」
………………………俺らいらなかったんじゃねーの?
………………………そうみたいね。
アイコンタクトでヒメと会話し、思うだけ無駄と判断して、背中を丸めてその場を去る。
◇◇◇◇
時は日暮れ、場所は風呂。
「んー、なんて言うか、ご立派なもんだな。そこらの銭湯じゃ足元にも及ばねえ」
1人男風呂に体を沈める俺は、ちゃぽんと水面を叩いてみたり、暇を持て遊ぶ。
ゆっくりできる時間というのも、そういえば久しぶりだ。
今はただ何も考えず、湯に体を溶かす。
それにしても、すげー気持ちいい………
本当に溶けてしまいそうだ。凝り固まった体のあちこちが、湯の熱に解凍されていく。
じゃぶんと立ち上がって、探検がてら、露天風呂も堪能することにした。
「えっとー、外は…こっちか」
ガラ、と扉を開けたその先には……なぜか、湯を愉しむ“美少女2人”の姿があった。
言わずもがな、リュウビとヒメである。
「「なななっ…!」」
口を揃え慄く俺とヒメ。前と同じように、膠着状態に入ってしまい、その場から動けずにいる。
一方、リュウビは、ザブンと勢いよく立ち上がり、
「あ、りょふくん!いらっしゃーい♪どーお?お風呂、おっきいでしょ!楽しんでる?」
と楽しそうに腕を広げる。
「ばばばばか!座れ!立ち上がるんじゃない!てかなんでここにいんだよ!ここ男湯だよなっ!?」
声は醜く裏返った。
「キ、キキキミだってにゃんでここにっ!ここおんなゆだよっ。えっち、へんたいっっ」
興奮気味に顔を真っ赤に染め上げたヒメは、ぷんぷんと怒る。
すこーんと風呂桶を食らってしまったよ。
幸い(?)、俺からは湯気でほぼ見えていないが、俺だって男湯に一人でいてタオルなんて巻いているはずないので、真っ裸だ。
…………ごくり。
俺は無言のまま、すかさず華麗な「ビーナスの誕生ポーズ」を作る。
そのポーズのままカサカサと後退し、扉に手をかけるや否や、ばたんと勢いよく閉めた。
「ふぅ………」
ガラッ!
「りょふくーん!」
「イヤァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」←俺の声
閉めた扉は今度は勢いよく開かれ、美少女(真っ裸)が可愛く首を捻る。
「なんで行っちゃうの〜。あたしだって逃げられたらかなしくもなるよぉ?」
あざといんじゃない、素なんだ……!耐えろ、頑張れ、平常心平常心……
心の中で『人』を3回書き、飲み込む。
「へぇ、りょふくん、体しっかりしてるねー。ちょーうんと良い勝負できそうじゃない?」
「殺す気か!前はラッキーで死ななかったけど、今度こそ死ぬぞ!胴貫かれて死ぬぞ!」
視線は虚空を彷徨う。
リュウビはというと、新緑の瞳で、しっかり俺の顔を見て話している。
こいつ、恥じらいはねえのか!見習いてえぜ。
ぺた。腹部に、冷たい感覚。リュウビの小さい手だ。
「うぉぉ、すごいなぁ!鍛えてるの?」
しばらくお湯に浸かっていたからか、頭がくらくらする。
立ちくらみになんとか耐え、
「まあね、中学ん時の部活、強くて。それで、結構鍛えられたんだよ。いや、鍛えられたっつっても、別に普通の人並みで……」
あれ?と違和感を覚える。明らかに、前より自分の体が筋肉質になっているのだ。
胸板も少しばかりしっかりしてきたような…
まさか……はっと、リュウビを見やる。
「ここに来てから、外部の勾がいっぱい働きかけてるんだよ。頑張ってりょふくんに干渉しようとしてる。でも、りょふくん自体に勾を受け止める器がないから、それは叶わないんだけどね。外部との交渉で、少しずつ力が付いてきてた!それをあたしが、解放してあげたの、今」
リュウビは小さく何かを唱え、その手をそっと離した。
「あたしは、皆が最大限の力で戦えるように、色々な加護を授けることしかできないの。だから、あたしは、頼むしかできない。他人の力を頼るしかできない」
ぽたん、とどこかで水が床を叩く。
「りょふくん、この乱世を終え、安寧の世を築こう!!」
目の前の少女には幼さの影は一切なく、自我を、大志を遂げんとす群雄の面影を映していた。
俺は恥ずかしくなって、頭をかきながら、
「ああ。なんだ、せっかくの温泉なんだ。湯に浸かって戦に備えるとしようぜ!」
と、懸命に誤魔化した。
うん!と頷くリュウビは、俺の手を引き、おすすめだと言うお風呂に連れて行った。
「なあ、そういえばなんでお前らが男湯にいんの?」
当然のように振る舞われて、男湯にリュウビといるのにも慣れてしまいそうだ。
「露天風呂は、混浴なんだよ〜!」
「知らねえよ!先言えよ!」
そんな会話をしているうちに、その湯へ到着した。
「これこれ。あたしのおすすめー。あったまるよ〜」
「そうなの?ほんじゃ、浸かってみるか_________」
じゅっ。
「あっつぅぅぅぅ!?!?熱すぎだよ!じゅっていったよ!?何度!?ねえこれ何度!?」
「100度」
聞こえてきたのはヒメの声。
燃えるような足を押さえながら振り返ると、いつのまにかタオルを巻いている。
「はははー、大成功だね、ヒミコちゃん♪」
「うん、お返しだよ、キミ。ボクのは、裸を見たお返し。え、えっちなキミには、これくらいしなきゃっ」
照れてしまって、声が尻すぼみに小さくなる。
胸を押さえるような形で、でもドッキリの仕掛け人として、虚勢を張ってたたずまう。
その顔は紅く染まったままだ。
「死ぬかと思った………もうしません、ヒメの裸を見たりしません」
「っ、ゆわなくていい!」
やがて、あっはっは、という笑い声が、温泉特有の反響をする。
「そういえば入浴剤、ゲントクから貰ったよ!頑張った甲斐があったよ!素晴らしい物だね、あれは!毎日使いたいくらいだ」
「満足してくれて良かったよ。二人からアロマの良い匂いがするなぁと思ったら、そうゆうことか」
「なっ……すけべっ!やっぱゆるさないぃっ」
ぽかぽかと殴りかかってくるヒメ。
楽しいお風呂だった。めちゃくちゃ気持ちいいお湯に浸かれて、こうやって笑い合える仲間(少女)がいて。
少女……?
思い出したくない事があったような………
「りょふくん、そういえばあたしたち、一応同い年なんだよねぇ?」
リュウビはいたずらに笑い、
「これで、『裸の付き合い』だねっ」
んん??何のことかなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
恥ずかしさのあまり、脱衣所にダッシュして、案の定コケた。




