黄巾の乱 其の漆
みたいなことがあったから、まともに会議を開けたのも、戦の3日後になった。
一昨日はヒメが一日中ぐっすりであったので、そもそも執り行えず......
「一昨日なんかは大変だったよね〜!りょふくんてば、『ヒメを救わなければっ』なんて言ってどっか走ってっちゃって。あわわわってしてた!」
「そ、そうなの......!?」
やっ、おい!く、台詞までしっかり再現してくれてどうもありがとうちくしょう!柱になってしまいたい気分だ。
ヒメには内緒って言ったじゃん!
「走っていったはいいものの、行く宛もなく途方に暮れていたところを怪しまれて役所の者に連行されてしま
って。大変でしたね、ご苦労さまです」
「そ、そうなの......」
いじってんじゃん!絶対いじってんじゃん!
いっそのこと笑ってくれよ......『はい乙〜(^^)』くらいのノリのほうが素直に恥ずかしがれるってもんだ。
「ま、まあ、キミらしい優しさだな......ありがとう。ただ、キミの力なんて必要なかった____じゃなくて、キミの力がなくても立ち直れた_____これもちがう!えっと......うぅ」
うわ、俺気遣われてる......中学生くらいの少女に気遣われてる......
やがてヒメは「あ!」と開眼し、
「安心しろっ!キミがいなくてもボクは平気だ!」
どどーん!
「うわぁヒミコちゃん、しんらつだー」←とどめ
..................泣いていいですか?
「ふぇ?な、なんで泣いてるっ!?」
「ほっとけ!みんなしていじめやがって。まったく、俺可哀想だろ!」
「「「......................................」」」
「可哀想だろ?」
「「「......................................」」」
あっ、そうすか。
くそっ、話し損もいいとこだ。早くこの地獄を脱しなければ。
俺は話の転換を催促した。
「なあ、早く本題行きません?」
「そうですね。りょふくんをこれ以上凌辱するのはやめてあげましょう」
「別にそんなんじゃないけどね!?」
その言葉の使い方知ってるのかな!
さすがに言い過ぎである。
もしこれが小説で、『齋藤りょふ、凌辱される』なんてサブタイトルをつけてしまった暁には、並大抵の耐性じゃあ手に取れないだろう。相手が男となればなおさらだ。
下手したら、年齢規制すらかかりかねない。
「って、なんてこと想像させてんだ!自分のストリップショーほど需要のないものなんてあってたまるか!」
「キミの頭がトリップしてるぞ」
「うまい!!よっ!ヒミコちゃん!」
「始まったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
女子の結託はかなりめんどくさい。好きな子誰なのやらなにやら、男子なら普通に生きてりゃ一度は思ったことがあるやつだ。
おそろしやおそろしや......
「じゃあそろそろ、余談をはじめよぉっ!」
「余談ですらなかった!ああ神よ俺の悲しきHPはどこへ」
「ゲントク(ヒメはリュウビをそう呼ぶことにしたらしい)、”余談”じゃなくて、”本題”じゃないのか?」
「あ、そうともゆう」
ツッコミは疲れました。
するとシリューくんが「まず初めに」と切り出す。
「ヒミコ様が知り得ていない、戦況の全体像から。改めて確認していきますね」
はぁ、やっと始まったよ。
シリューくんが話した内容というのは、すでにヒメを除く俺たちは把握済みのものだ。
1つ目は、ヒメがいなくなった陣営に、黄巾賊の夜襲があったこと。シリューくんがほぼ片付けちゃったから、あまり詳しくは話さないけれど。
(俺が夜ふらついてたら突如奴らに囲まれて死にそうになってたところを、ヒーローのように現れたシリューくんが一刀両断してくれたとは言えない。)
なんで、あのときたまたまシリューくんが通りかかったんだろう?とは思ったが、自分の運の良さを実感するくらいにしておいた。
2つ目は、ヒメが張曼成という男を撃破したことで、敵が潮の引くように引き上げてしまったということ。
これは、俺たちだけでなく、他国の諸将までも驚かせた。各地にはびこっていた黄巾賊が、まるでもとよりいなかったかのように、忽然とその姿を消したのだ。その戦果は、言うまでもない。
あのとき、ヒメのもとへ到着すると、そこはひどく惨たらしい有様となっていた。
円状に穿たれた大規模なクレーターから、どこまで続いているのか、一直線に地面が彫られている。なにかが、常軌を逸した力でぶっ飛ばされたような、跡。
ただ、その森が、全体として大きく損傷を受けているということだけはなかった。
これはあとから聞いた話だが、あのときヒメはテラの力を借りて、ある一定の範囲より外には炎の影響が及ばないようにしていたらしい。
そういえば、倭で暮らしてたときは、自然の中に身を投じることが好きだとか言ってたっけ。
日本の自然愛というのも、ヒメから来てるんじゃないか、なんて思ってみた。
ちなみに、そこにはすでにヒメ以外に人型をなしているものはなかった。
兎にも角にも、敵を失った俺たちは、別に目標地に向かう理由もなくなったということで、こうして屋敷に戻ってきているというわけだ。
「ボクが?え、ボクが?......ふふーん、まああんな相手、ボクにかかっちゃ朝飯前だよね!なんならこのままボクが全滅させてきてしまおうか?このボクが」
シュンシュンと、絶対痛くない右ストレートと左ストレートを交互に放つ。
余裕ぶってるヒメだけど、心のうちでは、自分のしたことの功績の大きさに、めっちゃ驚いてるだろうな。
根拠は、「右、左」といいながら繰り出すパンチが、左、右の順番であることだ。
「うん、そうだよう!だから昨日あんなに褒めてたのに、ヒミコちゃんすぐいやがるんだもーん」
「やめてあげろ、ヒメ、恥ずかしさで飛んできそうだ」
「飛んでくもんか!べべつに昨日だって、ただ眠かったから寝ただけだ」
そうですか。
「ヒミコ様の成されたことの価値は計り知れません。この”蜀”の義が大きく馳せることになった挙げ句、こちらはほぼ無傷です」
そういうことか。散歩がてら街に出てみると、市街地は商人で溢れてたっけ。
蜀はさらに戦争に向けて軍備強化を図るだろうと見越した彼らは、ここぞとばかりに流れ込んできたのだろう。
「それでねそれでね!本題はべつにあるんだよー」
何がそんなに楽しいのか、るんるんと話し始めた。もちろんこれはリュウビの素なので、あえて突っ込むことはしない。
「今回の戦についてなんだけどね。あたしたちが軍を動かして黄巾賊とたたかって、それで見事討伐成功!ハッピーエンド!って感じだよね?」
「えっと、ボクはあまり状況を理解できてないんだけど、そうゆうことらしいな」
実際、筋書き通りにことが進んだのだ。
「そうそう」
そして含み笑いとともに、こう続けた。
「表向きはね」




