黄巾の乱 其の肆
俺、ヒメ、リュウビの三人がシリューくんに静謐なお叱りを受けた後、行軍は再開された。
とほほと肩を落とす俺に反し、リュウビとヒメは気にも留めていない様子。
くっそ、誰のせいでこんなことに......!
ヒメのリュウビへの敵対視、いい加減やめてもらっていいすかね。
当の相手が全く気にしてないから、なんか一層惨めなんだよね。
「ところでさ、テラは今何してんの?」
俺は、昨日会った龍を頭から放せないでいた。
あんな奴だけれどそれでもおそらく、立派な一翼であることに変わりないのだ(と信じたい自分がいる)。
ギャップ萌えとか、そうゆう範疇にいないんだよね。
できればずっと神龍の形でいてほしい。
「ああ、陽龍のことな。キミは”テラ”と呼ぶのか」
思えばこいつら、互いに名前で呼ばないよな___。
テラも確か、『巫女ちゃん』とか呼んでたし。
それについて、言及するようなことはしないけど。
「”龍”は伝説だ。語り継がれてきた抽象だ。故に、普段形を持つようなことはない。概念の存在というか、存在の概念というか___」
「そんなもんは言葉の綾だ」
「その通りだよ。まったくもってその通りだ」
ヒメはどこか開き直ったように言い捨てた。
一瞬、沈黙が訪れる。
「ただ、その力だけは確実に存在するんだ」
伝説を現実に引き寄せる力___ってか。
「それが、その首飾りってわけか」
以前テラが俺の前に現れたとき、ヒメの首飾りと何らかの関係があることは窺い知れた。
そう言えばヒメは、あの首飾りだけは絶対に外さない。それだけ大事なものなんだろう。
もちろん、これも深追いしない。
話したければ、勝手に話してくるだろうよ。
「ま、そんなとこだ」
話すことはこれくらいという意思を込めた肯定。
でもまあ収穫はあったような気がする。
......テラ、あいつパートみたいな働き方するんだな。
うん、とりあえずテラについてこれ以上聞かないようにしよう。
俺の中の龍のイメージって、もっとこう、かっこいいもんだったんだけどな。
_____巫女と太陽。
すっげー気になることは残ったまんまなんですけど。
と、なんだかもやもやが取れず損した気分になっていると、
「今日はここらにしときますかぁー!」
リュウビが号令をかける。
別に特別大きな声を発したわけでもないのに、軍はぴたりと進行をやめた。
......なんだか飼い主と犬みたいだな。
その精鋭っぷりは恐ろしいくらいだった。
日は落ちきり、暗闇の中からシリューくんがやってくる。
「この地域、見通しが良すぎるような気がします。他へ場所を移しては」
「んー......あたしもそう思うんだけどねぇ。もうみんな疲れてるし、次の宿場まではまだあと半日分くらいあるらしくって」
へー、そんな風には見えないけどな。
でも、誰もがもうへとへとなんじゃないかとも思う。
あんだけ武器とか食料とか運んでるんだから、バテてないだけ逆に不思議だ。
「なあ、ボクの転移じゃいけないのか?」
ヒメが唐突に言う。
一瞬、確かに!とか思ってしまったがいかん、色々リスクがありすぎる。
「こんだけの大人数だぞ?お前一人の力で、どうにかなるもんなのか?」
「うむ、流石にいっぺんには無理だが、複数回に分ければ問題はない」
「ちなみに、何回くらい......?」
「五〇〇回」
「却下だわ!却下すぎるだろ!時間も力も浪費するわ!なんだっけ?勾?いざ戦闘になったときにお前いなくってどうするつもりだ!」
一度の転移にご本人抜いて二人までかよ。そりゃかかるわ。
ただでさえ足りない戦力なのかもしれないんだ。魔力が底をついたなんて洒落にならん。少なくとも今はまだ、俺を一人にしないでくれ。
「かるま......?なんのことかわからないが、無論その通りだな。ボクにだって限界はある」
おっと?カルマって共通語じゃないの?
なんか方言みたいなもんなんかな。前のシリューくんの言い方的に、こっちの世界の人はみんな持ってるものには変わりないだろうけど。
「ヒミコちゃん、ちょっとお願いがあるんだけど!」
すると、この話を一通り聞いた後のこれ。
リュウビのするお願いが、だいたいなんだか分かった。
「ちょっと先回りして、偵察してきてくれるかなぁ〜?」
リュウビはただヒメを頼りたいだけであった。あるのに___
もちろんヒメは、表情を濁す。
知ってたけどね。早く友達同士になってくれよ。
「お言葉だがな、ボクはあんたなんかの言いなりにはならないぞ」
「んん、少しでいいんだよぅ。明日進む経路の確認をしてきてほしいの!」
「まあ確かに、リュウビの言うことは一理ある___ほんの少しでいいから、協力してくれないか?」
兵隊たちには頼めない、ヒメだけが使える裏技だ。
本当は明日でも良いのだが、念には念を入れてということで、早めに計画の確認をしたい。
「むぅ......」
ヒメはまだ渋っている様子なので、少しばかり意地悪にわざとらしい誘惑をする。
「あー、戦った後はやっぱ風呂だよなぁ。あの体が休まる感じ。あしかも、いい仕事をした人なんかには、『入浴剤』なんかも必要だよなぁ!いい香りの漂う浴槽は、いつもより落ち着く空間になって___チラチラッ」
すると、ビクッと耳を跳ねさせたヒメは、問う。
「にゅ、にゅうよくざい?ででも、そんなものキミは持ってるのか......?」
確かに言われてみれば......中国まで来ちまったから、時を遡ったところで手に入るかどうか。そもそも、取りに行くのがヒメでは、報酬として元も子もない。
どうしたものかと考えを巡らせていると、
「作ってもらおうよ〜!ノウハウだけ、りょふくんが教えてくれればね♪」
と、リュウビが助け舟。
ヒメは、むむ......と考え込んだあと、
「よし、わかった。しかたない、ボクは、りょふからの要請を受けることにするぞ」
ふてくされ言葉の割に、その目はキラキラしていた。それもそのはず、ヒメはヒメ曰く”未来のものに興味津々のシングルマザー”なのだ。いつか言ってたやつ。
ほんとに母親やってるわけじゃないけどね。
「ありがとな、疲れとか、大丈夫か?」
「うむ、そこまで時間がかかるものでもないしな。ちょいと見て、ささっと帰ってくるさ」
リュウビはヒメが了承してくれたことにニコニコしながら、地図を見せる。この後どこを通りどこに向かうのかを念入りに説明した。
一方のヒメはリュウビの破壊力満点の笑顔をむしろ鬱陶しいとばかりに貶みながらも、一応しっかりと話を聞いているようだった。
......一応ね。そもそもしっかり聞いたとして、ヒメがちゃんと覚えていられるかは五分五分だよ。
「あ、ボクのこと信用してないね、キミ」
「いや、信用してないのはお前の記憶力だ」
「おんなじだよっ!?......そ、そんなにはっきり肯定されるとは思わなかった......______こほん、大丈夫だよ。ボクはこれでも一国をまとめる女王なんだからね」
おっと、そうだった。
この美少女ボクっ娘は我らが卑弥呼様なのだ。
忘れかけていたぜ。そのロリロリな見た目のせいで。
「じゃあちょっとばかし行ってくる。ボクがいない間になにかあったら、すぐ呼んでくれ」
「呼び方わかんねえな......んでもきっと、大丈夫だ。俺だって、お前がいなくたって立てるんだぜ。いつまでもおんぶにだっこじゃいられねえ!」
シリューくんがあるものを持ってきた。
「万が一のことがあれば、これを使ってください」
んんと......玉?あぁわかった、きっと連絡鏡みたいな役割をするんだろう。
「それに呼びかければ、私達に報が届きます。どうぞご無事で」
「は、ははぁ......」
ヒメもやはり、シリューくんには難しい感情を抱いているっぽい。
なんというか、わかりやすく言うなら、どのような表情をしたら良いかわからないお人なのだ。シリューくんは。
「じゃあよろしくねー♪報酬のことは、任せておいてっ」
リュウビは、とん、と薄い胸と叩く。
「気をつけてな。無茶しないで、すぐ帰って来い」
「___まったく。皆がみんな心配し過ぎなんだよ。見回るだけの簡単な仕事だぞ?ボクにとっちゃ朝飯前だ」
「じゃあ、また」と俺。グータッチを交わした。
俺らは小さい背中を見送る___ことはなく、一瞬前までヒメがいた場所をただ眺めていた。
後から思えば、この判断は完全に俺らの過ちだった。
敵のことを、少し侮りすぎていたのかもしれない。
すでに駒は、動かされていたのだから。