黄巾の乱 其の参
人が、死んだんだよな。
この世界に___いや、俺らが住んでいた”現在”が崩壊したあの日から、間接的にであるが、死ぬということが一気に身近になった。
が。
身近になったといえ、人が死ぬということは、こう単純な言葉として表されるべきものでない。
一つの兵団が蹴散らされ、そのことごとくはおそらく、
「死んだ、んだよな......」
彼らにも家族だっていたし、死ぬその瞬間まで普通に生きていたんだ。
面識のあるなしに関わらず、人が死んだということは、俺の心を深く落ち込ませた。
「なあキミ。ボクらにとって初仕事となるわけなんだけど、どう?」
「どう?ってなんだ」
「初任給では誰に何を買うって意味だよー」
「わかるか!お前に空気の読み方を教える、家庭教師ト○イさんでもつけたろか!」
てくてく、と目的地まで歩きながら、俺たちはそんな会話をする。
ヒメは無神経な所あるし、無頓着なところあるけど、なんていうか、メンタルヘルス面でだいぶ助かっている。無意識だろうけどね。
そもそも今この状況で、初任給の話するかボケ。
あぁ、お母さんにネックレスあげるって決めてたのに!
随分と物騒な仕事で稼いだのね、と心配されること間違いなしだが。
「ヒメ、本当に”モノノ怪”だと思うか?」
黄巾賊というのは、首領頂角を筆頭に各地で反乱を起こしたとされる輩のことだ。
『三国志演義』で、後の英雄の、いわゆる出発点として描かれる”黄巾の乱”は、こやつらの仕業である。
賊が頭にかぶる黄色い頭巾がその名前の由来だ。
「ほぼ間違いない」
すると、意外にも、明瞭な肯定が返ってきたことに、少しびっくりする。
「ってことは、黄巾賊ではない、ってことだよな」
「そうゆうことでもないっぽいな」
「え?」
「”モノノ怪”の仕業ではある。第一に、タイミングがおかしいんだ。今年が何年か知ってるか?」
二○二○年と言いたい気持ちを、ぐっと抑える。
「二一○だっけか?」
「そ、そうだ。でも、黄巾の乱は一八四から始まるのが正史なんだ」
「お前西暦くらい覚えとけな。んで、お前が言う正史っていうのは、”俺が生きてた時代での三国志”ということだよな?」
「覚えてたさ!覚えていたとも。勘違いしないでほしい。___こほん。そう、その通り。つまり、書き換えられた歴史にあてがって、この”今”は進んでいる。当然、”モノノ怪”が絡んでくるわけさ」
なるほどな。
つまり自分たちは、再びあの訳のわからない連中と剣を交えるというわけだ。
手に入れたはずのあの力は、今の俺にはまるで嘘のよう。
それでも、歴史には抗えないから。
「ねえねえ、もしかしてキミ、トイレ?」
「俺はトイレじゃない。別に行きたくもないぞ。小学生教師みたいなツッコミをさせるな」
「へへ、いつもの調子で安心したよ。そんなに思い詰めることない。___キミにはボクがいるだろう?危なくなったらまた守ってやる」
「あぁ、俺のプライドがぁ!......まあでも、ヒメの思うより俺はやわじゃないぞ。前のようにはいかないさ。もしいざとなったら、遠慮なく背中に張り付かせてもらう。その時はよろしくな」
「ああ」
自分よりはるかに小さいその背丈に、とても大きな信頼を感じた。
「キミも、変わったな」
「ん?」
「なんでもないっ!ほら......キミも筋肉ついてきたねって。鍛えてるの?」
「痴女」
「ぎゃふっ」
日常が日常を思い出させてくれる。
自分だけじゃなにも変われなかった。
ありがとうなんて、恥ずかしくて言えないけれど。
◇◇◇◇
黄巾賊討伐を名目として派遣された、通称(?)玄武隊と俺らの総勢は千人程度。
というのも、相手が異能使う可能性を考えて、無駄な犠牲を作らないために精鋭の集う少数の玄武隊を動かしたらしい。
ま、妥当な判断か。
後ろを見るとその兵たちがぞろぞろと行列を作っている。
たったの千人?と思うと肝を抜かすぞ。
その列はまるで草原を横断する大蛇を為していた。
なんというか......すごい。この人数が一列になるとこうゆうふうになるんだっていう......
俺の高校の体育祭では、全学年による綱引きという馬鹿みたいな競技があるけど、それでもせいぜいこの四分の一くらいだしな。
「りょふくんりょふくん、そんなに珍しいものかねそうかね!」
そう俺の感慨に首を突っ込んだのは言うまでもなくヒメ___でなく......
「リュウビ?おま、いつからここに」
「りょふくんが気づく前だよー?」
そうですね。
「りょふくんが、あたしのことジロジロ見てるなぁって思って、もしかして脈アリかなぁと思ってね、来ちゃった」
「ツッコミどころが多すぎる!」
「冗談だよー!そうねー、りょふくんは初めてだよねー、こんな大勢の人を連れて歩くなんて」
俺が連れてるわけじゃあないけどね。
勝手にそうゆう絵面になってますけど。
「見たいでしょー?」
そこでリュウビは何を思ったのか突如、そんなことを言い始めた。
「見る?別に、普通に見えるけど......まさか、これでもまだ全部じゃないとか言うのか!?」
「いやいや、そんな大それた話じゃないよぉ!空から見たい?ってこと!」
「「ん?空から?」」
そこで反応したのは俺含め二人だ。
そう、今までなぜかむすっと頬を膨らめていたヒメが、久しぶりに口を開いたのだ。
「ちょっとキミ!こんな女とお空デート?まさか、そんなわけないだろうな。うん、キミにはボクがいるんだから」
お空デートとかそんなんじゃねえよ。
なに躍起になってるんだ、一回落ち着け!そんな顔で見るな!
「あららー?ヒミコちゃんもしかして嫉妬ー?」
すると、リュウビは何を思ったのか、するりと腕を絡めてくる。
そんなことしたら......
「___なっ!」
「りょふくん!ささ、あたしと『おそらでーと』しよーっ!」
「......おま、お空デートの意味わかってないだろっ!ちょ......放せ!いいから......」
顔を真赤に染めたヒメが俺の腕を引っ張る。
「やめろ!このロリ!りょふはボクのものだ!」
「お前も当てはまるんだよその属性!そして俺は俺のものだ!......ええい、放せ!」
べりべり。
無理やり二人を引き剥がすと、俺はシリューくんの元へ全力疾走。
恐る恐る後ろを振り向くと......
「このロリめ!」
「ヒミコちゃん、ずいぶんお胸が無いんだねー」
「______そそそ、そうゆうこと、言っちゃだめでしょっ!学校で習わなかったのっ!?......あんただって、ぺたんこだしっ」
「あたしは、このくらいがいいのーー♪ヒミコちゃんもいい加減認めなよー、愛されないよ?」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」
「......」
「.............」
誰だ、女の子をこんな風にしたやつ。
___なんだか恥ずかしくなってきたよ。
「平和で、いいですね」
ねえシリューくん?にこってしないで?
そんな目で見ないで!?
「............ううお前らぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!いい加減にしろぉぉぉ!!」
無秩序な乱が起こっている最中。
もちろんその間、進軍は止まっていた。