黄巾の乱 其の壱
「なあヒメ、起きてるか?」
俺たちの歩むストーリーの全貌を知ったその日の夜、劉家屋敷の一室をもらった俺とヒメは、疲れを取るため早めの就寝を迎えていた。
すぐ隣のベッドに寝転がるヒメに、話しかける。もし寝ているなら邪魔はしたくないが、こうして俺がうまく寝付けないのと同じで、ヒメもまた起きていると思ったのだ。
「......ん、起きてるぞ」
という返事がボソッと返ってきたのは少し経ってから。
......寝てたよな。
きっと、俺のことを気遣い、無駄に気遣われないよう起きていたフリをしてくれたんだろう。
寝ている少女を起こしてしまったことを申し訳ないと思いつつ、ヒメのその思惑に乗っからせてもらうことにした。
「___それはよかった。聞きたいことがあるんだけど、いいか?」
「ん、どんと来いだ」
そこで、背中を向けていたヒメはもぞもぞとこっち向きに寝返りをうつ。
お互いに向き合う姿勢になり、視線が交わり合った。
「ぁ......」
吐息が触れる距離に、顔がある。
夜、隣接する別々のベッドとはいえ、女の子と二人。その状況を思うと胸が変に鼓動する。気まずさに、目線が泳いでしまう。
どうしたもんかな、なんか話題が___
「えっと......近くで見るとあれだな、なんていうか、目が綺麗だな」
「!?......まったく、理解に困るな。キミは人を褒めるのが下手なのか?」
とか言いながら布団に顔を埋めてしまわれると説得力のかけらもないもんだ。
ふふっと、その中からくぐもった笑い声が聞こえる。
ヒメの笑いがやんだ後、しばらく沈黙が続いた。
二人の息遣いだけが、耳に届く。
「聞きたいことって?」
沈んでゆく意識を引き止めながら、待つ。どれくらい時間が経ったか、布団の中から声が聞こえた。
顔を出してくれる気はないらしい。
「ああ、んっと。さっきヒメ、俺が特別な力を持ってるって全く知らないで連れてきたって言ってたよな?」
「うむ」
「じゃあさ、なんで俺を選んだの?この世界を救うために助っ人がいるんなら、本来ならもっと見込みのあるやつを連れてくるのが道理な気がするんだよ」
例えば、めちゃめちゃ頭の良い東大王とか?はたまた、格闘技に長けた凄腕柔道家とか?
違う時代だって良いじゃないか、探せば色々剣豪だって見つかる。
この狂った時代に匹敵するほどの実力者とまでいかないものの、俺より遥かに戦力になるはず。
「んー、まあ確かに、普通に考えたらボクだってキミを選ぶメリットがないんだよ。丸腰の状態じゃあ足手まといだし」
方天画戟がある体じゃなかったしな。
「やっぱ、適当?目についた人を形振り構わず助けますみたいな、超レスキュー主義とか?」
「いいや、そんな余裕は無かったはずなんだ。答えるならば、『ボクにもわからない』かな。なにか、理由があるんだけれど、それがどうも表現できないんだよ......明確な意志があって連れてきたはずなのに、それが急に思い出せなくなった。どこかに”しまわれている”感覚というかなんというか」
しまわれている......
本来ならば茶化して終わる発言のようだけれど、”隠される”という表現に、妙に思い当たる節があった。
共感できると言うか、身を持ってわからされたことがある気がする、というか。
それもどこか輪郭がぼやけて___もしかしたら、眠気が邪魔して思い出させてくれないのかも。
はっきりしないながらも、聞きたいことの答えが聞けたことで、睡魔が思い出したように襲いかかってきていた。
「気になってたこと聞けてよかった。あんまぱっとしない感じだけど、なにか深い理由がありそうだな」
「深い理由......たしかに、不自然だな。さっきキミも急に何かを思い出した様子だったし」
「そうそうそれだ、俺もなんか引っかかってたんだよな。ただこの件が何かに関係してる、って考えるのも早とちりかもしれないし、とりあえず。様子見か」
「___そうだな」
こんなスパンで忘れごとが多発するのも不思議な気がするが___
それはそれで、また明日から考えるとしよう。
「うし。じゃ、寝よか」
俺は言った。もうお互いに、頭に送る栄養分は使い果たしている。
「だな、おやすみなさい」
ヒメが返す。その声は半分現の抜けたもので、ヒメがその意識を懸命に引き寄せていたことが窺えた。
どっと押し寄せる疲れに身を任せ、意識を手放そうとする。
今日の疲れは、俺を落とすのにそう時間をかけなかった。
「____________わたし、覚えてるよ」
薄れていく景色の中、隣で転がるヒメのつぶやきを、しかし聞く余裕は無かった。