人中の呂布、馬中の赤兎 其の肆
光___
思わず目を塞ぎたくなるようなまばゆい光に襲われ数秒__いや、コンマ数秒。
辺り一面の静寂を瞬間で奪い取る轟音が、轟いた。
「ッ___!」
両手で必死に耳を塞ぎ、衝撃を緩和させようと身体を丸め。
歯ぎしりで身体になんとか力を込めて、飛ばされないようにそこにいるしかなかった。
だが、それだけでは収まらない。
物理法則を無視した魔法の衝撃が瞬間的に絶大な『熱』を生み、辺りの空気が膨張し破裂する。
『空間』という巨大過ぎる風船が、一気に気体を放出する、みたいなイメージ。
これを間近で食らえばただじゃ済まないし、きっと俺なんか跡形も残らない。
木っ端微塵の”微塵”すら残らないのだ。
なんの贔屓もなく、誇張も入れず、俺は消滅する。
そう、食らえばの話。
俺の半径一メートルには、俺にでもわかる”魔法壁”がはられている。
色も形もない”それ”の存在を把握できるのは、吹き飛ばされたれきや砂が俺の前をかき分けていくためだ。
一寸先は闇。砂に覆われ、一メートルより外の世界とのコンタクトを完全に消し去られた孤独感。
暴風が荒れ狂い、地形をことごとく違うモノにしていく。
クレーターが、穿たれた。
しばらくして、超絶破壊魔法の余波が沈み、視界がだんだんと開け始めた。
巻き上げられた粉塵が辺りを漂い、ただならぬ雰囲気が感じさせる。
俺がしなくちゃならないことは___
「.........ヒメ!」
ヒメの所在を確認すること。
衝撃緩和魔法、超絶破壊魔法、魔法壁。
俺という弱者をかばうため、ヒメは無駄な魔力___仕組みがわからないのでなんとも言えないが、何らかの副作用は働いてしまったはずだ。
案の定、というべきか、生憎、というべきか、ヒメは地べたに突っ伏していた。
身体の力が抜け落ちてしまっているようで、視線だけをこちらに送ってくる。
「キミか___無事で何よりだよ......」
「何いってんだよ!お前の方が苦しいはずだろ!今起こしてやるから」
「......ごめんね」
「なんで謝るんだよ......っ」
俺はヒメを背に負ぶい、立ち上がる。が、
......痛ったぁ......
先程の傷の痛みが燻る。
体勢を崩した俺は、倒れる前にとっさヒメをかばう姿勢になった。
「......っハァ......」
倒れた俺は大の字になり、天を仰ぐ。
完全に脱力したヒメが俺に覆いかぶさり、小柄なこの身体からは考えられないほどの重荷となる。
「ちょっと待ってろ......もうすぐで___」
だが、その先は言えなかった。
ヒメが俺の唇に人差し指を当てたから。
「そうは、いかないみたいだ」
ヒメが尽きたはずの気力を振り絞り立ち上がった。
「おい、無理すんな___」
「死にたいのか!!」
そこで俺はハッとした。ヒメがこうもムキになる理由がわかった。
愚かな俺は、周りを見ることを怠っていた。
戦場で少しでも気を緩めたのだ。
今になって自己嫌悪でいっぱいになるが、もう遅い。
目の前、ほんの数メートル先に、”それ”がいた。
「殲滅したはずじゃ___っ!」
「残党だよ......うんざりだ」
ヒメの魔法が炸裂した場所は、完全に”モノノ怪”の墓場と化したが。
そこにいなかったものが被害を受けるはずがないのだ。
場所ではなく、次元の違い。
つまり、まだいなかった、ということ。
爆裂魔法が発動した後発現したそれは、無論、無傷なのである。
「く......クソったれ、がァァ!」
怒りに再び瞳を蒼く染めたヒメが、軋む足を、腕を、首を振るい全速力でそれに向かう。
立っているだけで辛いはずなのに、しゃべることもままならないはずなのに。
身体が訴える限界を無視していた。
俺にでもわかる。
危なすぎる。危険だ。
負荷に耐えられなくなった身体が弾けるまで戦い続けることも、きっとヒメはためらわない。
「ヒメぇぇぇぇぇ!!」
俺は呼ぶことしかできなかった。
俺がいなければ、きっとヒメは無傷で、百でも二百でも平らげただろう。
でも、俺がいたから。
俺をかばう無駄過ぎる動作がスキを生んで、厳しい姿勢からの攻撃がひどく体力を喰った。
俺の重さで跳躍の最高到達点が大幅に下がり、さらには敵地に降下しなくてはならなくなった。
俺の生んだ不利過ぎる状況のせいで、不覚にも体力消耗の激しい魔法を使わなくちゃならなくなった。
その際作った魔法壁が、同時展開となって余計なエネルギーを使った。
俺以外誰が悪いのか。
俺以外___”モノノ怪”が悪い。
全てアイツらのせいだ。
そう。アイツらさえいなければ、こんな目には遭わなかったんだ。
全ては、全ては___
「馬鹿なこと考えてんじゃねぇ!!」
俺にだってできることはある。
否、できるかどうかじゃない。
しなければならないことがあるんだ。
「ぅオッラァァァ!!」
ヒメが三つのそれと戦闘に入った。
重い体を必死に操り、でもそれを見せない。
軽やかな、しなやかな動きで敵を翻弄する。
四つめが乱入しようとする。
これが最後だ。もうこれ以上湧いてこない。
ならば。
「俺は、ここだぁぁぁ!!」
その一つの首元に腕を回し、自分もろとも後ろに倒す。
「___ゔぁゔぁぅぉ___」
凄まじい力で抵抗するそれ___だが、俺はその手を緩めない。
人一倍筋トレをしていたころの自分を、崇め奉りたい気分だった。
力を受け流すためそのまま横に二、三回転。
やがて、捕縛から解放されたそれは一瞬苦しそうな様子を___見せなかった。
すぐさま俺に向き直り、次の攻撃に。
実体のない大鎌から繰り出されるその容赦のない斬撃により、俺の上半身は軽やかに宙を舞い___
「......っとぉ!」
先程の傷の場所から、再び繰り出される攻撃の焦点を予測___
それが功を奏し、刃が触れる寸でのところで腸の突出を免れた。
信憑性がある予測でもなんでもないが、それでもそれに頼るしか無いほどのスピードなのだ。
遅れて、着ているパーカーが横一文字に裂ける。
次の斬撃が襲ってくるまで時間がない。
後ろに跳躍した身体を、着地した左足で支え、その足に全霊を込めてバネとする。
左足に創造されたバネを推進力に、敵を射程圏内に捉えた。
実体がないとはいえ、半端じゃない重量を予想させる大鎌を右上から左下に大きく振り下ろした形のそれには、さすがに次の攻撃に瞬時に移る時間は与えられなかった。
「くったばれぇぇぇ!!」
まだ地面につけていなかった右足を瞬時に持ち上げ、今度は空中に弧を描くように大回りに打ち込む。
つまり、俺は完全に宙に浮いた形となった。
だが、俺の相手をするそれは、顔面に渾身の蹴りを食らいよろよろと一歩二歩、後ろに下がった。
そう、下がっただけ。
「おいおいウソつけぇ......」
この瞬間俺は、非力とはいえここまで通用しない世界なのか、ということを実感した。
俺の存在意義の無さに嘆息し、生きる意味を失った。
俺の中で、何かが崩れ去る。
自信、情熱、意志、希望、勇気_______
俺を構成する数え切れないほどの要素が、音をたてて瓦解した。
___失ってないものを、俺は見た。
ヒメが苦戦し、今にも力尽きそうになっている。
それだけが、俺の背中を押した。
今度はアッパーの要領で薙ぎ払われたその攻撃に、俺は躊躇なく突っ込んだ。
そこは、大鎌の射程外だから。どうやら具現化しているのは先端のみのようで、柄の部分は存在しない。
足元に忍び込み、跳躍。
顔と顔が触れ合う寸前まで近寄り、腕を首に回した。
「ハァっ!!」
さっきと違うのは、力の方向を斜線上にしたこと。
ごり、という鈍い音がそれの中で反響し俺の耳に入る。
その瞬間、それは脱皮した殻のようにがっくりと項垂れた。
「..................やったんだよ、な......」
人間でないとはいえ、生きているものの頸を折ったのは初めて___
もちろん、抵抗があった。
あの感触を、鮮明に身体が覚えている。
きっと染み付いて離れないであろう感覚に、苛まれる。
だが、今はそれどころじゃない。
のに___
身体が、言うことを聞かなかった。
疲労困憊、満身創痍な俺が無茶するということを、身体が許してくれなかった。
「......ひ、め............」
意識が、微睡む。
俺はその時、倒れる女の子と、駆け寄る女の子を見た。