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そうしそうあい

作者: まるだまる

 俺には好きな人がいる。


 その人の名は猫島彩香ーー同じクラスだが、未だに話したことはない。

 これで席が近くなら、まだその機会もあっただろう。

 しかし、残念なことに、同じ列でありながら、俺は最前列で彼女は最後尾なのだ。

 偶然見た彼女の笑顔に惹かれた。俺の脳裏にその笑顔が焼き付いた。


 それからというもの、彼女が気になって仕方がなかった。

 きっと好きになってしまったのだろう。

 ばれないように、さりげなく彼女の様子を窺う日々が、俺の日課になった。



 見られてる。


 そう気がついたのは、いつだっただろう。

 その人の名は犬山大悟君。

 犬山君は同じクラスでありながら、未だに一度も話したことがない男子だった。

 私は何か彼にしてしまったのだろうか。それとも、私が気付いていないだけで、何か恥ずかしいことでもしているのだろうか。話をしたことがないだけに、聞くに聞けない。

 本人に聞いて私を見ていたのではなかったら、単なる自惚れかと思われるのも癪だ。

 私は彼に何かしてしまったのだろうか。


 とても気になる。



 おかしい――見られてる。


 ばれないように様子を窺っていたはずだ。

 そのはずなのに、やけに最近彼女と目が合う。

 俺はすぐに視線を逸らし、しばらくしてまた様子を窺っていると、不意に彼女が俺に視線を向ける。


 もしかして、様子を窺っているのがバレたのだろうか。

 なんだ? 彼女が小さく口をパクパクさせている。

 しかも俺を見て。


 もしかして……呪われてる?

 怪しいと思われたんだろうか。



 また見てる。


 犬山くんが机に肘を乗せて、頬杖をつきながら、ぼーっとした感じで見てる。

 いかにも気だるそうに、何かを考えているような。

 けれども、彼の瞳がたまに私を直視する。

 それは一秒にも満たない、しかし私を確実に見ていた。


 気になる。


 もしかして彼は霊感が強くて、私に霊が取り憑いていて、それが見えてたりしてるんだろうか。

 やだ、怖い。そうならそうと早く言って欲しい。


 そんなことを考えていると、犬山くんがまた、ちらっと視線を向けてくる。

 私は声に出さずに、口パクだけで聞いてみることにした。


「何が見えてるの?」


 口パクで伝わるか分からないけれど、伝わったなら教えて欲しい。



 おかしい――最近、立場が逆転している。


 気が付けば、猫島さんに見られている。

 口パクされた時から、警戒されていることに気付いた俺は、さらに慎重にごく自然に視界に入るように振る舞った。なのに、やけに視線を感じて、その気配を探るとそれは猫島さんから放たれていたものだった。

 猫島さんと目が合うと、猫島さんはじっと俺の目を見てくる。


 マジ可愛い。


 そんな当たり前のことはともかく、そう見られると気恥ずかしい。

 そうだ。姉貴から教わったことを実践してみよう。

 俺は猫島さんに軽く笑顔を向けた。



 おかしい。


 この間まであれだけ私をじっと見ていたのに、突然止めた。

 最近の犬山くんは、全体を見渡す素振りが多い。

 なので、私だけを見ている感じはしなくなった。

 私が様子を窺っていると、時折目が合う。

 普段の犬山君なら、すぐに目を逸らすのに。

 今日の犬山君は何故か私に向けて、小さな笑顔を送ってきた。

 あれ、犬山君って実はいい奴?

 いつもなら愛想一つも寄越さないのに。


 さてはツンデレか?


 意外に可愛い顔で笑うじゃない。

 普段からその顔見せてください。



 やべっ、猫島さんから微笑まれた。

 マジ可愛いんだけど。


 どうやら姉貴が教えてくれた事が功をそうしたらしい。

 これを機に話かけたいけれど、どんな話をすればいいのか分からない。

 いいのか? 声をかけちゃってもいいのだろうか?

 休憩時間になって、俺は立ち上がり教室の後ろへと向かう。

 そこには次の授業の用意をしようと、カバンの中をごそごそ漁っている猫島さんの姿。

 そうだ「次なんだっけ?」とか聞いてみるといいんじゃないか?


 勇気出せ俺、たった一言でいいんだ。


 ……そのままスルーして教室を出てしまった。

 何で勇気が出ないかな。ちくしょう。

 教室を出ていく俺の姿を猫島さんがちらりと見てたけれど、変に思われたかな。



 うおっ。


 なんか犬山君がこっちに向かって歩いてきたぞ。

 いや、私に用事ってわけじゃないかもしれない。

 もしも単に教室から出るだけだったらそのままスルーするだろう。


 でも、私の方を見てる気がする。

 何聞かれるんだ? 私なんて答えたらいい?

 やばい、わかんない。とりあえずカバンの中を漁る振りをしよう。


 犬山君はそのまま通り過ぎて行ってしまった。

 教室を出る直前に私と視線が合ったけど、すごく残念そうな顔していた。


 もしかして次の授業は数学なのに国語の教科書出したから?

 あほな子と思われたかな? 



 最近、クラスの中が期待と失望で渦巻いている。

 犬山君と猫島さんのせいだ。

 もうかれこれ二か月は二人で視線を絡めあっている。


 既にクラス中が知っていることだが、いつまでたっても進展がないのでクラス中がやきもきしている。

 クラス委員の私としてだけでなく、個人としても。

「お前ら早くくっつけ」と、言いたくなる。

 

 だが、クラスの男子女子全員で決めた鉄の掟。

「あの二人の行く末を温かく見守るべし」

 律儀に全員が全員守っているものだから困る。

 こういう時にはクラスの団結力は半端ない。

 クラス委員としては喜ぶべきことなんだろうけど。


 犬山君がアクションしようとするが途中でヘタレる。

 猫島さんがそのアクションに対して微妙にずれた行動をとる。

 これがお決まりのパターンでもある。


 我々クラス一同は「今日こそ発展するか?」と期待しつつも、駄目な状況に失望する日々を繰り返している。


 いつか我々の中から裏切り者が出ないことを祈ろう。

 しかし今日の午前中だけで3回か。

 まあ、あと2回は起きるだろう。



 最近クラスの雰囲気がおかしいことに気が付いた。

 俺が立ち上がろうとすると、似たような反応をしている。

 まるで俺の一挙一動を警戒しているような、そんな気さえする。


 俺は何をマークされているんだ?


 ヤバい。こんな状況じゃ猫島さんに近づけない。

 どうすればいいんだ?



 最近、犬山君がとても悩んでいる。

 もう今の私には悩んでいることが分かる。


 私の視界に犬山君が映らない日々がないせいだ。

 犬山君は土日のお休みに家のお手伝いをしている。

 酒屋さんで汗水流して重たい荷物を運んだりしている。


 そんなことも私はもう知っている。


 犬山君が国語が得意で、数学が苦手なのも知ってるよ。

 家で飼っているレトリバーを可愛がっているのも知ってる。


 もっと早くに声をかけてたら、その悩み聞かせてくれたかな。

 行動に移せない自分が悲しい。



「緊急犬猫会議、放課後に実施」


 回されたメモにはそう書かれていた。

 どうやら、わが親友彩香のことらしい。


 その彩香から放課後に呼び止められて相談されている。


「私、犬山君が好きかも」

(知ってる)

「どうしたらいいと思う?」

(告られるの待ってろ)

「最近犬山君が悩んでるみたいなの」

(原因はお前だ)


 彩香に相談される度に私の心中で何かが声を上げる。

(誰か助けろ!)


 一応、今日の会議で報告しておこう。



「猫島さん!」

「はっ、はい。何でしょう犬山君」


 帰る最中の猫島さんに声を掛けた。

 もう出たとこ勝負だ。駄目元で言うだけ言おう。


「話があるんだけど」

「……私も犬山君に話があるんだけど」

 あれ、この展開はもしかして?

「犬山君って彼女いない、よね?」

「いないけど」

 これはもしかして好都合な展開?

「もしかして恋愛相談?」

「えっと、そうと言えばそうなんだけど」


 あれ、何で猫島さん悲しそうな顔するんだ?


「わた、私で、いい、なら、相談、の、るから」

 何で泣きながら答えるんだ?

「何で泣いてるの?」

「え?」


 猫島さんは手で涙をぬぐう。

 自分が泣いていることに気付いて驚く。


「花粉かな。私アレルギーあるし。ごめん、話また聞くから」

 猫島さんはそう言って駆け出してしまった。

 なんで泣いたんだ?



「犬猫会議オンラインに集合」


 そんなラインが届いた。

 よくある学校裏サイトに集合という意味だ。

 誰が作ったか知らないが、犬猫会議用に作った部屋が用意されている。

 スマホで部屋へとインした。

 もういろんな意見がごったがえしていてカオス状態だ。


 とりあえずよく分からないので最初から見てみる。


「猫が失恋したって」

「kwsk」

「チワワから恋愛相談受けた模様」

「相手って猫じゃねえの? 誰よ?」

「これからどうなんの?」

「知るか。チワワに聞け」


 こんな感じで始まり、今では誰が本当のターゲットなのかが話題のようだ。

 だが私は確信している。猫が勝手に誤解したのだと。

 

 どう考えたってチワワが好きなのは猫なのだから。

 チワワを追い続けてる私が言うんだから間違いない。



 あの日から猫島さんが塞ぎ込んでいる。

 友達には空元気で対応しているが俺には分かる。

 本当の君はもっと可愛い笑顔をしているから。


 何があったんだろう。

 

 俺が力になれるならなってあげたい。

 どうか元気になってほしい。


 そういえばあのとき、猫島さんも話があるって言ってたな。

 何の話があったんだろう?



 勇気を出した。

 もうこの状況を黙って見ていられない。


 俺は教室から出ようとする猫島さんを呼び止めた。

 ちょっと虚ろな目をした猫島さんが俺の顔を引き気味に見ている。


 へこたれるな。

 気持ちを伝えるんだ。


「あの猫島さん」

「なに犬山君」


 鼓動が早い。

 手に汗もかいている。

 でも、もう言うと決めたんだ。


「「すへきくだちょっ!」」


 なんという偶然、なんという不幸。

 俺の一世一代の告白がくしゃみに重なるなんて。

 しかもなんて可愛いくしゃみしやがるんだ。


「あ、ごめん。くしゃみ出た。今なんか言った?」


 もう言えねえ。



 犬猫戦争勃発。


 とうとうチワワが勇気を出して動いてしまった。

 そのせいでクラスが分裂した。

 

 表立って応援したい派と影からそっと見守る派の戦争だ。

 前者はいじくり隊、後者は見守り隊と命名された。


 見守り隊はいじくり隊の阻止。

 いじくり隊はその阻止をいかに潜り抜けるかを日々競うようになった。


 何がどうしてこうなった。

 私はクラス委員として失格だ。



 憂鬱だ。学校に来るのが辛い。

 犬山君の顔を見るのが辛い。

 

 犬山君もなんだか沈んでる。

 もしかして悩みが深くなったのかもしれない。

 まだ話をちゃんと聞けてない。


 犬山君から他の子の名前が出たらまた泣いてしまうかもしれない。

 どうしたらいいんだろう



「クラス委員の田中が委員を辞退したいと言い出した。先生としては残念だが、本人の強い意志をくんで交代してもらうことにした。負担が大きいかもしれないので、今度は副委員もつけて二人でやってもらおうと思う。とりあえず用紙を配るからみんな誰がいいか男女一人ずつ記入してくれ」


 この日、クラスの中で見えない絆が生まれた。 

 いじくり隊と見守り隊に分かれたクラスの誰もが思った。


(田中が犠牲になってまで作ったこの機会を絶対に逃すな!)


 

 なんでだか分らないけど、俺はクラス委員に就任した。

 投票結果は教えてくれなかったがどうやら俺が一番だったらしい。


 そして副委員は猫島さんが選出されていた。

 これはもしかして天の采配か。


 このチャンスを活かしたい。


 

 私が副委員で犬山君が委員になった。

 早速先生に呼ばれて二人でお仕事することになった。

 クラスのみんなにアンケート用紙を配って集めるお仕事だ。


 一緒にいれるのは嬉しいけれど、私じゃない方がよかっただろうな。

 


 犬猫会議で元クラス委員の田中が英雄扱いになった。

 自己犠牲で場を作ったことが高評価だった。


 田中本人は言葉少ないが、本人は変な義務感から解放されてほっとしているようだ。

 あれからチワワと猫は二人で一生懸命委員の仕事をこなしている。


 二人で委員の仕事を相談しあうことが多くなった。

 一緒にいる時間が長くなった分だけ、チャンスは生まれるだろう。

 

 がんばれチワワ。


 今のクラスは全員が見守り隊だ。

 もう半年になるからそろそろ結果を出してくれ。



 クラス委員の仕事をなめていた。

 思った以上に雑用が多い。

 割と真面目にやらないと終わるものも終われない。


 でも俺は頑張れる。

 猫島さんと一緒だから頑張れる。


 だって、いいところ見せたいじゃないか。


 今から猫島さんと相談だ。

 このまま時が止まればいいのに。



 一緒にクラス委員を始めてから犬山君がとても頼りになることが分かった。

 ちゃんと私の意見も聞いてくれて、お互いが納得できる状況になるまで話し合ってくれる。

  

 楽しい。すごく楽しい。

 でもその分だけ辛い。

 

 一緒にいる時間が長い分、私は彼のことをもっと好きになっている。

 でも、私じゃないのは分かってるけど今だけは独占できる。


 このまま時が止まればいいのに。



「猫島さん、彼氏いるの?」

(知ってるけど聞こう)

「い、いるわけないじゃん! そ、そういう犬山君は?」

(知ってるけど聞いちゃおう)

「俺にいるわけないじゃん。じゃあ、大丈夫かな。今日、一緒に帰らない?」

「学校の外に用事あるの?」

「いや、ただ一緒に帰りたいだけ」

「えっ!?」


 犬山の言葉に猫島は動きが止まる。


「もしかして嫌?」

「嫌じゃない、全然、嫌じゃない。びっくりしただけ」

「じゃあ、もう下校時間だから帰ろうか」

「う、うん」


 犬山の一歩後ろを付いていくよう歩く猫島。

 猫島は一緒に並ぶのが恥ずかしかった。

  

「猫島さん、ちょっと聞いてくれる。俺この半年すんげえ毎日が楽しいんだ」

「どうして?」

「クラス委員がこんなに楽しいと思わなかった。猫島さんは?」

「わ、私も楽しい。こんだけ真剣にやったの生まれて初めてかもしんない」

「そっか。そう言ってもらえると俺も嬉しいかな。一緒にやれてよかったよ」

「う、うん。私もよかった」


 一歩先を進んでいた犬山が歩みを急に止める。

 猫島は危なく犬山の背中に当たりそうになる。


「犬山君?」

「猫島さん、そのまま聞いて。俺、猫島さんが好きだ。クラス委員をやるもっと前からずっと好きだった」

「えっ!?」

「一緒にクラス委員をやってもっと好きになった。意外と頑固で、思ったとおりちょっとドジで、たまにピントが狂ってたりしてたまに困らせてくれることもあったけど、でもいつも一生懸命で、うまくできたときの笑顔が俺は大好きだ」

「え、え、え、ほんとに? 今私夢見てる?」

「どんな顔してるかもう想像できる。それぐらい猫島さんの顔を見続けてた」

「……私も犬山君が今どんな顔してるか想像できるよ。むっちゃくちゃ恥ずかしくてこっち見れないんだよね。もう分かっちゃう」

「……返事、貰えるかな?」

「私も好き。普段は頼りになるのに、ちょっとしたことで慌ててフリーズしたり、変なところで大胆なのに、ものすごく恥ずかしがり屋で後で落ち込んだりするところも好き」

「よく見てるね」

「いつも見てたもん。今も背中だけどちゃんと見てる。前に行っていい? 顔が見たい」

「言われなくても振り向くよ」


 犬山はくるりと振り返り、猫島は顔がよく見えるように犬山の顔を見上げる。


「猫島さんこれからもよろしく」

「浮気は即死刑にしますので、気を付けてください」

「了解しました」


 犬山は勇気を出して両手を広げた。

 猫島も犬山の気持ちは分かっている。

 だから足を進めた。彼の胸に飛び込むために。

 

 ぐきっ。


 猫島が一歩進んだ先に落ちていた石ころで足を挫く。

 足を挫いた拍子で倒れこみ、犬山の鳩尾みぞおちに猫島の頭が直撃する。

 不意打ちを食らった犬山は猫島とともにもつれあうように倒れた。


 ロマンチックな展開が残念な結果になったのだった。



 犬猫会議緊急通報。


 チワワと猫がゴールインしたと情報が入った。

 我々の苦労が実った瞬間である。

 約9か月クラス全員よく耐えた。

  

 しかしながら諸君、相手はチワワと猫である。

 高校生にもなりながら小学生のような恋愛しかしないようでは我々も頑張った甲斐がない。

 と、いうわけで今後はいかに高校生らしい交際をするか見守っていく所存である。

 

 諸君、今まずい情報が入った。

 チワワを奪い隊が発足されたらしい。

 どうやら奴らはチワワに恋していた者の存在を嗅ぎつけたらしい。


 これは我々の今までの苦労が水泡と帰す由々しき事態である。

 我はここに宣言する。

 見守り隊をさらに強固なものへ、かの相思相愛のカップルを守るのだ! 

 お読みいただきましてありがとうございます。

 

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[良い点] ゴパァッ( ゚Д゚)。;':゚ …甘酸っぺえ 灰色の男子校出身者には身体に悪い成分が濃すぎるざます
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