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あの線路の向こうに・・・  作者: 杠葉 湖
1月 白雪村の記憶
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1月 白雪村の記憶 パート3

「ここだよ……な……」

 真人は我が目を疑いながら、その年賀状に書かれていた地図と店の看板を見比べた。

 周りには木々と水田の他には何もない殺風景な場所にポツンと佇む白い建物……

 どうやらここが叔母の店で間違いないらしい。

 その新築したばかりの建物は、寂しげなところに立っていながらも、どこか暖かみのあるほのぼのした雰囲気が漂っており、見る人を引き寄せる不思議な魅力がある。

 まるで叔母の人柄を表しているようだと真人は思わずにはいられなかった。

「住む人が違うとこうも建物の雰囲気が違ってくるのか……」

 掛けられている看板に「手作りぬいぐるみ工房『スノーフェアリー』」と書かれているのを見て、如何にも叔母らしいネーミングだな、と妙にほっとする。

「しかし……なんでこんな店建てたんだ?しかもこんなところに……」

 真人は苦笑せずにはいられなかった。

 小さくカワイらしくこじんまりとしたお店。

 ショーウィンドウにはかわいらしい人形が綺麗に飾り並べられている。

 都会ならば女の子に人気になること間違いなしだが、こんな過疎地でこんな店を出して繁盛するかと言えば、大いなる疑問が浮かんでくる。

 こんな儲かりそうにもない場所に店をオープンして、果たして採算がとれるのだろうか。

 いくら叔母がやりくり上手とはいえ、他人事ながら真人は心配せずにはいられなかった。

「それにしても……」

 やっぱり変な光景だ――それが真人の率直な感想であった。

 誰も使わなそうなところにこんな立派な道路作り、歩道も綺麗に整備してある。とても正気の沙汰とは思えない。

 「それほどまでして勲章を手にしたいのか?」と問われれば、おそらく「あたりまえだ!」と即答する某政治家の声が聞こえてくるようであった。

「ふぅ……」

 真人は大きく深呼吸をした。胸に手を当てる。

「緊張するな……」

 高鳴る鼓動を覚えつつ、真人はドアハンドルを握り締めた。

「…………」

 期待と不安を滲ませながら、ゆっくりとドアを開ける。

 カランカラン

 ドアを開くと、鐘の音が鳴り響いた。

「いらっしゃいま……あっ……」

 そして目に飛び込んできたもの。

 それは真人の知っている、いつも優しく、いつも暖かく、いつも励ましてくれた叔母の、優しい笑顔であった。

 髪を背中まで伸ばし、スレンダーな体型。

 白のシャツに、青いエプロンを身にまとっている。

 叔母は人形を棚に並べていたようであったが、真人の姿を見るなり驚いたように目を丸くした。

「……叔母さん!」

 真人は一瞬立ち尽くす。

 しかし次の瞬間、持っていたキャリーケースと紙袋から手を離すと、叔母に向かってかけだした。そして、叔母の胸に抱きつく。

「会いたかった……理沙叔母さん……ずっと……ずっと……」

 真人の心の奥底から、様々な感情が一気にわき出てくる。

「……コラ。叔母さんじゃなくって、お姉ちゃん、でしょ?」

 一方理沙は、そんな真人を叱ることなく、優しく語りかけた。

「……ゴメン……理沙、姉さん」

「よしよし」

 理沙は子供をあやすように、真人の頭を優しく撫でる。

 真人の瞳からは知らず知らずのうちに涙が溢れ出ていた。

 何年も溜め込んだ感情が一気に爆発し、流れ出て行く。

「来てくれたんだ……」

「うん……姉さんから年賀状貰ったから……」

「でも、今日来るとは思わなかった……まぁくん、その行動的なところ、ちっとも変わってないね」

「姉さんもね」

「うん……」

 理沙は優しく抱きしめながら真人の頭を撫で続ける。

 真人はしばらくそのままじっとしていた。

 真人の中に巣くっていた負の感情が雪解け水のようになくなっていった。

 心地よい感覚が、真人の中を駆け巡って行く。

 やがて真人は理沙から離れると、気恥ずかしそうに理沙を見た。

「でも驚いたよ。年賀状の宛名に書かれた水原理沙っていう名前を見たときには」

「私も驚いたよ。あんなにちっちゃかったまぁくんがこんなにすっごくおっきくなってるんだもん」

「姉さんが変わらなすぎるんだよ」

「そうかもね」

「えっ?」

「だって……まぁくんをずっと待ってたんだから……」

「ね、姉さん……」

「……なーんてね。そう言ったらどうする?」

「ね、姉さん!!」

「ごめんごめん」

 理沙はクスクスと笑う。

 相変わらずだなぁ……

 真人は一気に脱力感に捕らわれた。

 同時に空白だった時間がいっぺんに埋まっていく。

「ところで姉さん、どうしてこんな所に店を出したのさ。とても繁盛してるようには見えないけど」

「いいのよ。私には都会の喧騒とした生活より田舎ののんびり落ちついた生活の方があってるから」

「姉さんらしいや。でも……」

「でも?」

「『スノーフェアリー』って『雪女』ってことでしょ?姉さん『雪女』って言うイメージじゃないよね。どっちかっていうと『陽だまりの妖精』ってイメージかな」

「あら。お世辞を言ってもなにも出ないわよ?」

「え?そ、そんなつもりじゃ……」

「ふふふ。ありがと。まぁくん優しいもんね」

 理沙は楽しそうに笑う。

 そんな理沙を見て、真人もなんだか嬉しくなった。

「あっ、そう言えばケーキ買ってきたんだけど」

「えっ?ケーキ?」

「うん。姉さんの大好きな神楽亭のケーキ」

「神楽亭って、あの?まぁくん、私の好きな物覚えててくれたんだ?ありがと」

「え、うん、うん……」

 真人が紙袋から取り出したケーキの箱を見せると、理沙は嬉しそうにはしゃぐ。

「じゃあ、今日はちょっと早いけど、もう店じまいしちゃおっか」

「え?いいの?」

「大丈夫よ。自由気ままにやってる店なんだから」

 理沙は微笑みながら店じまいの準備をはじめる。

 いいのかな……こんないい加減で。

 真人は不安を覚えずにはいられなかったが、よくよく考えてみれば今日は正月二日である。

 都会ならいざ知らず昔からの風習が根強く残っている田舎で正月から店を開けるのは、もっと変だ。

 でも……よかった。俺が知ってる、昔のままの姉さんで……

 真人は昔と変わらない理沙の姿を、嬉しさをかみしめながらいつまでも見つめ続けていた。

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