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あの線路の向こうに・・・  作者: 杠葉 湖
1月 白雪村の記憶
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1月 白雪村の記憶 パート2

 1月2日午後5時。真人は群崎県沢峰郡白雪村にある、白雪駅へとやってきていた。

 この駅は今年の4月1日、すなわち真田新幹線開通と同時に開業予定で、今現在は鋼鉄のシャッターが降りている。そのため中に入ることはできない。

 まだあたりは薄暗く、駅の周りには誰一人としていない。

 真人は白い息を吐き出し、空を見上げた。

 ふわりふわりと灰色の空から静かに雪が舞い落ち続ける。

 白く、淡く、触ると溶けてしまう小さな氷の結晶は、まるで天使の羽のように幻想的で、パウダーシュガーのように甘そうで、触れた途端消えてしまう淡い思い出のようであった。

 時折強い寒風が吹きぬけ、肌を突き刺すような痛みを覚える。

 まるでここだけが俗世から切り離された夢の世界、という感覚から現実に戻ってこられる瞬間で、真人は思わず身構えずにはいられなかった。

 険しい山々に囲まれひっそりと存在する小さな村、白雪村。

 この村に鉄道というものは存在しない。いや、正確には今現在は存在していない。

 この新幹線が開通しなければ、白雪村に来る方法といえば、時間をかけての峠越えしかないのである。

 現に真人も、十勇駅から特急あさみねに乗車して臼田峠を越え、群崎県山中市にある山中駅で下車し、タクシーに乗って、およそ1時間ほどかけて白雪駅にやってきたのである。

 その点で言えば、鉄道開通はこの村にとって、限りない恩恵を与えることになる。

 だが真人は、それでもこの計画に対して不快を覚えずにはいられなかった。

 文明と言うものはまことにもって便利なものであると時折痛感するが、しかし反面、それが時として諸刃の剣として人間に刃を向ける。

 大体、何故この村に鉄道が通ることになったのか――おそらく地元の高名な代議士の力があったものと思われるが、それにしてもこの村にそのようなものを通す必要があったかと言われれば、甚だ疑問を感じずにはいられない。確かに白雪村に対して恩恵を与えるが、同時に山中市に対しては多大な代償を支払うことになる。過疎化が進んでいる白雪村と工業地帯の山中市、どちらの人口が多いか、利便性があるかということなどを総合的に考えれば、一目瞭然であろう。おまけに迂回路があるため、白雪村には新幹線は1日に1本しか止まらない。これが一体誰のための駅なのか、ますます不可解に思えてくる。

「税金の無駄遣いもいいところだよな……」

 真人はそんなことを思いながら、辺りを見渡した。

 粉雪に化粧を施された山の木々。綺麗に舗装されたアスファルト。そしてその上には小さな雪だるまがポツンと置かれており、まるで自然を守るかのように抵抗しているようだ。

 雪はなおも降りやむことがなく、真新しいガラス貼りの駅舎、まだほとんど痛んでいない道路、そして茶色の土の上に積もっていき、新しい世界を演出しようとしている。

 それはまるで、昔見た夜の自販機の灯かりに照らされた桜の花弁の如く、とてもミスマッチな光景であった。人工が上手く自然に溶けこんでいなければ、ここまでの雰囲気を演出することはできない。

 流石、全国変な駅ベスト10にランクインするだけのことはある、と真人は妙な感心をせずにはいられなかった。

「それにしても……」

 真人は家に送られてきた年賀状をキャリーケースの中から取り出し、まじまじと見つめた。

 もうどれくらい時が経つのだろう。叔母と音信不通になってから。

 その叔母から突然の便りが届いたのには真人も驚きを禁じえなかったのだが、同時に嬉しさと腹立たしさが複雑に入り混じった感情もこみ上げていた。

 何故今頃このようなものを叔母は自分に送ってきたのだろう。

 真人はその真意を確かめるべく、こうしてやってきたのだ。

 幾つかの疑問が頭の中をよぎったが、それ以上に興味を引かれるものがあったのも事実である。

 真人の記憶の中には、5年前の叔母の記憶しかない。

 5年前、父と母の葬儀に来て、入院中の真人を慰め励まし続けてくれた、いつも笑顔で優しい顔の叔母の記憶しか。

 真人はあの時のことは忘れない。いや、忘れたくても忘れられないのだ。

 一番信頼していた叔母に裏切られたあの日のことを。

 後になって思えば、あの時叔母はまだ女子中学生だったので、ああするしかなかったんだと、真人は現実というものに照らし合わせて頭の中で理解しようと努めている。

 だから当時は叔母のことを恨んでいたが、今では叔母の事を心底懐かしく思っていた。

 だからこそ、真人はこんな電光石火の行動に出たのである。

 叔母も後ろめたさがあったからこそ、今まで手紙の1つもよこさなかったのだろう。

 その和解のチャンスかもしれない。

「叔母さん、いきなり行ったらビックリするだろうなぁ……」

 真人は年賀状をキャリーケースの中にしまいこんだ。

 叔母の好物である、神楽亭の苺ショートケーキも買ってきたので、準備にぬかりはない。

「さて、行くか……」

 真人は駅舎を背に歩き始めた。

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