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あの線路の向こうに・・・  作者: 杠葉 湖
4月 十勇市の騒乱
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4月 十勇市の騒乱 パート5

 六文中学の脇にある細い路地を抜け、通りへ。そこを下って国道へと出て、左へと曲がる。さらに5分ほど歩いたところで左へ曲がり、通称「大根坂」と呼ばれる道路勾配18度程度の坂を登ると、丘の中腹に十勇桜ヶ丘高校が見えてくる。

 十勇桜ヶ丘高校は県立の公立校で、1クラス30~40人の10クラス制。それが3学年あるため計1200人程度が通う、十勇市第二の共学校である。

 かつては女子校であったが、今から約20年前に共学へと変更された。しかし、女子校だった名残もあってか、全体生徒数では女子の方が比率としては高い。

 校舎は主に3棟存在し、それぞれが外廊下で繋がれている。

 校門寄りの1棟が3年生のクラス、及び教職員等が入る校舎。

 中央棟が、1年生及び2年生の大部分が入る校舎。

 そして一番奥の棟が、2年生の一部、及び理系の実験室等が入る校舎であった。

 他に、体育館や室外プール、校庭が存在する。

 丘の中腹に校舎が建てられていることもあり、丘のマークの中に「十勇」と書かれた校章を採用している。

 季節は春であり、校門から伸びる通路の両脇に植えられた桜の樹には、ピンク色の桜の花が咲き始めていた。

 折しも通学時間であったため、真人達と同様、制服に身を包んだ生徒達が、校門を通って、校舎へと向かっていく。

 真人と梢も足早に校舎へと向かった。

 昇降口で下履きを上履きへと履き替え、校舎の中へ。

 真人達が所属する2年A組は校舎の3階にあるため、中央棟の階段を3階まで上っていく。そして、大根坂側に面した一番端の、「2-A」と書かれた教室へと入っていった。

「おはよう」

「おはよー」

 クラスメイトと挨拶を交わし、それぞれ自分の席へ。

 真人は窓側の後ろから三番目の席。梢はそのふたつ隣であった。

「それじゃあわたし、日直の仕事があるから」

「おう」

 梢は鞄を机の横にあるフックにかけると、席から離れる。

「ふぅ」

 真人も机の横にあるフックに鞄をかけて、椅子に腰かけた。

 教室の壁掛け時計を見ると、午前8時20分を指している。

 教室内は授業開始時間が近づいていることもあり、徐々に騒がしさを増してきている。

 真人が席に着くのを見計らうかのように、一人の女子生徒が近づいてきた。

「古閑くん、おはよ」

 真人の席の前に来ると、声をかける。

 前髪を切り揃え、左右をおさげにし、おさげの部分をリボンを結んでいる。ややぽっちゃりしたふくよかな体型。

 同じクラスメイトの麻績小雪である。

 図書委員である彼女は小説を書くことが好きな作家志望の少女であり、新聞部員である真人に、ネタの素材としてよく写真の提供を受けていた。

「おはよう、麻績さん」

 真人も挨拶を返す。

「この前貰った写真だけど、すっごくよかったよ。おかげで、すっごく物語が進められたよ」

 小雪は堰を切ったように話し出した。

「やっぱ古閑くんの撮ってくる写真は、ひと味もふた味も違うのよねー。なんていうか、こう、創作意欲をかき立てられるって言うか」

「ははは。ありがとう。でも普通に写真撮ってるだけだから」

 真人は笑いながら答える。

 実際、真人にとっては普通に撮影しているだけであったが、その写真のどこに小雪が興味を引かれるのか、謎であった。

「でね。追加でリクストしたいんだけど、いいかな?」

 小雪はねだるような仕草で真人を見る。

「な、何かな?」

 真人は嫌な予感を覚えながら聞き返す。

 実際、小雪がこのようにねだってくる時は、難しい注文であることが多い。

 数多く積み重ねられた経験から、真人の第六感が警告を発していた。

「難しいことじゃないんだけど」

 小雪はにっこり笑う。

「白蛇神社から眺めた十勇市の写真と、わたしの指定する真田祭の写真が欲しいんだけど。あ、白蛇神社のは、真田祭の様子を撮ったもので」

(やっぱり!)

 真人は予感が的中した。

 両者とも、面倒なことこの上ない。前者も後者も祭りの開催日当日指定で、前者をこなした場合は必然的に後者もこなさなければならなくなる。移動距離を考えても、とても引き受けられないお願いであった。

 真田祭とは、十勇市に古くから伝わるお祭りで、毎年桜の咲き乱れる4月後半に真田公園で開催される祭りである。

 真田公園には千本の桜の樹が植えられており、淡いピンクの花弁が咲き誇る中、甲冑姿の侍に扮した者達が、馬に乗って、あるいは歩きながら公園内を練り歩く。

 これは、真田昌道、幸道親子が徳川秀正軍を退けた史実に端を発しており、100年以上続く伝統的な行事である。

 十勇市としては縁起物のお祭りとして位置づけられており、史実や千本桜の効果も相まって、真田祭の名は全国に知れ渡っていた。

 そのため全国各地から人が見物にやってくるので、祭りはかなりの混雑を極めている。

 ただでさえ、人混みの激しい祭りである。リクエストは聞いていられないのが実情であった。

 真人はやんわり断ろうとしたが、それには及ばなかった。

「ダメよ麻績さん。古閑君には、新聞部の活動して貰うから」

 長い髪をポニーテールにし、頭に大きなリボンを結んだ、眼鏡をかけた少女が横から口を挟んでくる。

「おはよ。二人とも」

「おはよう、八木崎さん」

「おはよー」

 そして続けざまの挨拶に、二人も挨拶を返した。

 口を挟んできた少女、八木崎紗奈枝は真人や小雪のクラスメイトで、真人と同じ新聞部所属の生徒である。

 どちらかというと真人と衝突することが多いが、真人が困っている時にはさりげなく助け船を出してくれる、頼れる存在でもあった。

「麻績さん、あんまり古閑君を甘やかさないでよ。この前だって調子に乗って写真撮り続けてたら、デジカメのバッテリーがなくなって本当にとってほしい写真撮って貰えなかったんだから」

「いや、アレは……」

「本当の事じゃない」

 真人の反論を、紗奈枝は有無を言わさず遮断する。

「八木崎さん、ダメぇ?」

 今度は小雪が甘えた表情で紗奈枝を見る。

「ダーメ」

 紗奈枝はにっこり微笑んで拒絶した。

「ちぇ。ケチなんだから」

 小雪はため息をつくと、自分の席へと戻っていく。

「ありがとう、助かったよ八木崎さん」

 真人は小声で紗奈枝に話しかける。

「まったく、今回だけよ?助けてあげるのは」

 紗奈枝はそう言って、肩をすくめる。

 これは彼女の口癖のような物で、「今回だけ」と言いつつ、実際は何度も助けられていた。

「もちろん、分かってるよ」

 真人も苦笑する。

「じゃあ、また後でね」

 紗奈枝は時計を確認すると、自分の席へと戻っていく。

 時刻は8時40分。

 真人は1限目の授業を確認し、教科書とノートを机の上に出す。

 そして8時45分。チャイムが鳴り、教師が教室へと入ってきた。

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