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あの線路の向こうに・・・  作者: 杠葉 湖
4月 十勇市の騒乱
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4月 十勇市の騒乱 パート2

 家を出た真人は十数歩歩き、隣家の門の前に立った。門柱に埋め込まれた門札には『霧里』と書かれている。

 真人は霧里家の住人に懇意にしてもらっている。それは両親が生きていたころからもそうであったが、高校に入学し、再び自分の家に住むようになってからも、ますます親切にしてもらった。もちろん叔父から話がいってることもあるだろうが、それ以上に霧里家の夫婦が、真人のことを実の息子のように思っていてくれるからに違いない。また、不慮の事故で両親を亡くした真人を不憫に思っていることもあるのだろう。だから真人も、霧里家の好意は喜んで受け入れていた。

 ちなみに、古閑家と霧里家はどれくらい近いところに建っているのかというと、霧里家の住人が2階の部屋の東の窓から古閑家の2階の部屋の西の窓を開けて、またいで不法侵入してこれるくらい近い。もっとも、そんなことをやる人間は一人しかいなかったが。

 真人は門を開け、敷地の中へと入る。そして門を閉め、玄関へ行くと、ドアのチャイムを鳴らした。


 ピンポーン


「はーい」

 やや間を置いて中から声が聞こえると、ガチャリとドアが開いた。

 中からやや細身の柔和な笑顔を浮かべた女性が現れる。

「あ、真人君。おはよ」

「おばさん、おはようございます」

 真人はペコリと頭を下げる。

「梢、起きてますか?」

「うーん……まだ寝てるみたい」

 真人の言葉に、その女性は苦笑した。

「悪いけど、起こしてきてくれる?」

「わかりました。それじゃあ、お邪魔します」

 真人は一礼すると、霧里家の中へと入る。

「ホント、真人君がいてくれて助かるわ」

「いえ、そんなことありませんよ」

 だって梢のマイペースぶりは、おばさんの遺伝ですから……と言う言葉を、真人は飲み込む。

 そしてそのまま階段をあがっていった。

 霧里家の家族構成は世帯主の浩に妻の春香、そして一人娘の梢の三人家族である。

 この一人娘の梢が、真人の幼馴染で、小さい頃から真人といつも一緒であった。

 事故にあい、地元の病院に転院してきた時も毎日欠かさずお見舞いに来てくれたし、独り暮らしを始めてからも時々食事を作りにきてくれる。

 ただ、マイペースで少々強引なところがあり、時々自分の部屋から隣の古閑家の空き部屋に不法侵入をすることもある。そのため古閑家の空き部屋になっていた部屋は半ば梢の部屋と化してしまっていた。

 これは窓の鍵を開けておく真人にも責任があるのだが、過去に一度防犯上の理由で鍵を閉めたところ、家の前で抗議の座り込みをされてしまい、それ以来真人は鍵を閉めないようにしている。梢は叔父の計らいで古閑家のスペアキーも持っているのだが、それでも窓からの侵入をやめることはなかった。

 そんなマイペースな幼馴染が今日日直だと言う理由で、真人もいつもより早く起きる羽目になっていたりする。

 真人は梢の部屋の前に立つと、ドアをノックした。

「梢、起きてるか?」

 コンコン、と、二度三度叩くが、中から返事はない。

「開けるぞー」

 真人は部屋を開け中に入った。

 部屋の中はカーテンが閉められており、薄暗い中に外の明かりがうっすら差し込んでいる。

 部屋に立ち込めた女の子特有の匂いが鼻をつき、それがなんとも心地いい。

 小学生時分から使用している勉強机はきちんと整頓されており、その横には真っ白なカンバスが置かれている。

 梢は美術部所属のため、絵を描くことを得意としており、以前真人は寝顔をスケッチされたことがあった。

 その時にもこの部屋の東側の窓が不法侵入の侵入経路として浮上していたりするが、真相は未だに迷宮入りしたままである。

 タンスの上にはかわいらしいぬいぐるみが数点置かれており、その視線の先にはベッドでスヤスヤと気持ちよさそうに眠る少女の寝顔があった。

 幸せそうな寝顔を見て、真人はためらいつつも、少女に声をかける。

「おーい、起きろ。遅刻するぞー」

「うにゅう……後5分だけぇ……」

「何が後5分だ。お前そうやっていつも10分は寝てるじゃないか」

「……それじゃあ……あと30分だけぇ……」

「時間増えてるぞ」

「増えてなんか……ないもん……」

「そんなに寝てたら遅刻しちまうぞ」

「大丈夫……ちゃんと起きてるから……」

「嘘つけ。目を瞑ってるじゃないか」

「目を瞑ってても起きてるもん……」

「だったらなんでそんなに眠そうな声なんだ?お前、寝ぼけてるだろ?」

「寝ぼけてなんか……ないもん……」

「それじゃあ、3サイズ言ってみろ」

「88・75・83……」

「嘘つけ。お前がそんなにスタイルいいわけないだろ?」

「88・75・83……」

「お前、それこの前の期末テストの点数じゃないのか?」

「そうだよぉ……」

「あのなぁ……いい加減、起きろって」

 真人は部屋のカーテンを開け、南側の窓を開ける。

 早朝の冷たく心地いい空気が部屋の中に流れ込んできた。

 真人はジッと幼馴染の様子を観察する。

 しばらくすると、少女の目がうっすらと開いた。

 そして、自分のことを見ている真人の存在に気がつく。

「あー……マーちゃんおはよぉー……」

「『おはよぉー』じゃない。一体いつまで寝てるつもりだ?」

「わたし、そんなに寝てた……?」

「寝てた。ぐっすり」

「……ずーっと見てたの?」

「ああ」

「うー……マーちゃんの意地悪……」

 少女は恨めしそうに真人の顔を見ながら、布団を鼻の上あたりまでかぶる。

「早く着替えろよ、梢」

 真人はそれだけ言うと部屋を出て1階へと降りて行った。

 1階では春香がキッチンで朝食の準備をしていたが、真人の降りてくる姿に気がついたのか、ひょっこり顔を覗かせた。

「ごめんねー真人君。いっつもいっつも梢が迷惑かけちゃって。ご飯まだだったら、朝ごはん一緒に食べてく?」

「あ、いえ。もう食べてきましたんで」

「そう。遠慮しないでお腹が空いたら、いつでも食べにいらっしゃいね」

「はい。そうさせてもらいます」

「でも、ホント真人君がいてくれて助かるわ」

 春香は2階を見上げながら、軽く溜息をつく。

「あの子って、とってもドン臭いでしょ?親としてもちょっと心配なのよね」

「は、はぁ……」

「これからも梢のこと、よろしくね」

 春香はそう言って、にっこり微笑む。

「は、はぁ……」

 これには真人も愛想笑いを浮かべるしかなかった。

 実際、マイペースな梢をまかされたりしたら、かなり大変なことは目に見えている。

 今日だって、梢が日直だから、真人は早起きさせられたのだ。

 真人にとっては迷惑以外何者でもない。

 それでも梢には迷惑をかけることもあるし、付き合いも長いので、真人は渋々と言えど断わることはあまりなかったが。

「ふわぁ~……」

 制服に着替えた梢が、大きく口を開けて欠伸をしながら部屋から出てきた。

 ショートヘアに小柄な体格。甘えるような、のぼーっとした表情が、柔和で温和な性格をよく表している。

「マーちゃん、お待たせー」

「お待たせーって……お前、朝食は?」

「うーん……今日は……」

「食べて行きなさい」

 間髪要れず、春香が口を挟む。

「ダメよ。朝ご飯食べないなんてそんなことしちゃ。不健康は病気のもとよ?」

「だってぇ……」

「だってじゃありません。朝ご飯くらい、ちゃんと食べてく」

「はぁい……」

 梢は渋々頷くと、キッチンへと消えていく。

「真人君も、コーヒーでも飲んでったら?外で待ってても退屈なだけでしょ?」

「それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます」

 真人も春香に促されキッチンへと入っていく。

 こうして梢の朝食にまで付き合わされて、時間をさらに消費することになった。

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