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あの線路の向こうに・・・  作者: 杠葉 湖
4月 十勇市の騒乱
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4月 十勇市の騒乱 パート1

 朝峰山の頂から陽が顔を覗かせるころ、東西に伸びる国道18号線の交通量も次第に活発になっていき、街全体が目を覚ましていく。

 ここ十勇市は人口12万人が暮らす真田県第三の都市で、古くから産業の街として、また戦国時代から続く城下町として繁栄をみせてきた。

 かの関ヶ峰の戦いにおいて、東軍徳川秀正率いる6万の大群を、真田昌道、幸道親子の率いるわずか5000の真田軍が真田城に立てこもり、徳川秀正軍をこの地に足止めをして戦場へ駆けつけさせなかった史実はあまりにも有名で、真田城がなくなった今でも観光客が絶えることはない。また、大須賀夏の陣において雪道は討ち死にしたが、真田城攻防戦でも無比の活躍を見せ、その時彼に最後まで付き添ったとされる真田十勇士をたたえて、市名に『十勇』とつけるなど、現在においても真田伝説は市民の誇りとなっている。

 十勇市民の気質は、一般的にのんびり屋と言われている。何事にも焦らず騒がずで、事態が切迫してもマイペースなその性格は、かの真田雪道に通じるところがあると言われているが、雪道が言われているようなのんびり屋だったかは定かではない。

 しかし、そのためなのか、この地においては目覚し時計の売れ行きが、他の地に比べて2~3割多い傾向にある。朝になると目覚し時計の大合唱で、多いところでは一軒に4,5個を鳴らすなんてところもあったりする。こんな状態を他の土地の人間が見たら『目覚し時計依存症』というに違いない。それほど、十勇市においての目覚し時計の使用頻度は高かったりする。

 さて、そんな騒がしい十勇市の朝を迎える中で、目覚し時計依存症なこの家でも、やはり目覚し時計のアラーム音が鳴り響いていた。


 ピピピッ、ピピピッ、ピピピッ


「う、うーん……」

 少年は布団の中から手を伸ばし、アラームのスイッチを切る。

「…………」

 やや間を置いて目覚し時計を掴むと、布団の中からもそもそと顔を覗かせる。それから目覚し時計を目の前に持ってきて、時刻を確認した。

 午前6時10分。

 いつもよりは少し早い感じではあるが、今日は約束をしているためちょうどいい。

「……起きるか」

 目覚し時計を元の場所に戻し、布団の中から抜け出ると、カーテンを開ける。空一面には青空が広がっていた。

「今日もいい天気だなぁ~」

 少年は窓を開けると、大きく外の空気を吸い込んだ。

「さて……と」

 少年は部屋を出て、階段を降りる。

 そして居間へと行き、カーテンを開けて部屋の中を明るくしてから仏壇の遺影に向かって手を合わせた。

 あの事故から奇跡的に生還を果たした少年、古閑真人は高校2年生になっていた。

 早いもので、もう5年の歳月が流れようとしている。

 仏壇に置かれた両親の遺影は微笑んではいるものの、もう真人に何も語りかけてくることはない。

 それでも真人は、毎日欠かさず両親の遺影を拝むようにしていた。

 それは、高校に入ってからすぐ独り暮らしを始める時にした叔父との約束でもあったし、何より真人自身がそうしたかったからである。死人はもう生き返らないとはわかっていても、その行為が真人のある種の精神的支柱になっていた。

 真人は中学生活を終えると、今まで住んでいた叔父の家を出て、家族三人で暮らしていた自分の家へと戻ってきたのである。

 当然、高校生が独り暮らしなど言語道断と叔父一家からは相当反対されたが、最終的には真人が自分の意見を押し切った形になった。

 その時に出された叔父からの約束が、遺影を拝むことと、自炊することだったのである。

 もっとも遺影は叔父から約束されなくても、叔父の家にいた時から拝めるときは欠かさず毎日拝んでいるようにしていたので問題はなかったが、自炊に関してはかなり怪しくなってきている。だがそれは、叔父夫婦も最初からこうなることはわかっていたようで、その点は見て見ぬフリをしているようであり、最近は真人もあまり気にしないようになってきている。

 遺影を拝み終えた真人は、居間にあるテレビのスイッチを入れた。

 ちょうど占いのコーナーがやっており、各星座の運勢が紹介されている。

「えーっと……何々……乙女座は……げっ!?最悪かよ……」

 真人はため息をついた。確かに悪い予感は昨日の時点からしていたが、まさか最悪だとは思っても見なかった。

 占いはあまり気休め程度にしか信じない真人ではあるが、流石に悪いといわれるよりはいいといわれるほうがいい。

「まぁ、所詮占いだしな」

 ナレーションの『トラブル多発。おとなしくしていたほうがいいでしょう』という言葉を心の片隅に置きつつ、テレビのチャンネルを変える。

「さて、次のニュースは来年4月に開業する、真田新幹線の話題です。いよいよ……」

 真人は最後まで聞くことなく、テレビを消した。

 彼と両親の思い出が詰まった、特急あさみねが消えるまで後1年。

 真人にとって、そんな不吉なニュースは耳にしたくもない。

「いきなり当たってるじゃないか……」

 真人はぶっきらぼうに呟くと、台所へ行って朝食の準備をする。

 今日のメニューは炊いたご飯にタラコにインスタントの味噌汁。簡単なものではあるが、食べないよりはいい。

 真人は朝食を済ませると、食器を洗ったり洗面などを済ませたりし、制服に着替えてカバンを持って家を出た。

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