父親が隠し子を連れてきたので全力で甘やかした。
「隠し子」というキーワードで考えました。あらすじにも書きましたが、戸籍云々の問題はぼかしています。ご都合主義だけどそれでもOK!って方はこのままお進みください。
ヤンデレ予備軍のお話です。
恋愛日間ランキング第1位になりました!本当に本当にありがとうございます!!
初期年齢
一輝 14歳→12歳
(1桁にするか迷いましたがちょっと続編を考えると難しいので変わらないかもですがこれくらいに…)
その日、家に帰ってすぐに異変に気が付いた。
高校2年の秋、世間はハロウィンだスポーツだなんだのと騒いでいるこの時期に、我が家に嵐が訪れた。それはもう、台風のように。
「ただいまー」と部活から帰り、大きめの声を出す。いつもなら母の「おかえり」という柔らかい声がキッチンから聞こえてくるのだが、その声が今日はなかった。こういう日は喧嘩しているときか、怒られる時、もしくは家に何か問題が降ってきた時、だ。
最近母とケンカした覚えも、怒られる原因もないので何かあったのだろうかと心配しながらリビングの扉を開けたその時だった。
「すまなかった…っ!!」
私の家は基本的に夫婦仲が悪い。顔を合わせれば喧嘩…なんてほど仲良くない。2人ともいないものとして扱っている節がある。それは私が小学生のころから存在している習慣で。
だから間違ってもあのプライドの高い父親が、母に土下座をして謝ってるなんて光景をリビングで見れないのである。
「……はい?」
「あら、おかえりなさい。ごめんね気づかなくて」
突然の土下座に驚く娘に、いつも通り優雅な微笑みを添えて「おかえり」と言ううちの母強い。
というか夫の土下座をなんとも思ってないのだろうか。いやその前になんで土下座してるの。
「えと…え?これ何…ってあれ?」
ふと気になったのは、土下座をしている父親の隣でちょこんと正座して座っている、小学生くらいの男の子。やけにやせ細っているから、もしかしたら中学生くらいかもしれない。私より子供とは思えないほど大人しく、床の一点をじっと見つめている。まるで感情が無いような表情だ。
「…渚、あなたに話さなくちゃいけないことがあるの」
「え…え?え?ちょ、ちょっと待って?その子は…?」
「―――この男の子はね、お父さんの隠し子よ」
我が家に衝撃が走った瞬間だった。
私、森下渚に弟ができました。
どうやら父親は私が小さいころからいろいろやらかしていたらしい。隠し子と言われた男の子、一輝くんはやせ細り強張っている表情のまま、私に12歳であることを教えてくれた。
なんでも父親には愛人がいたらしく、その愛人との子供が一輝くんだとか。12年間ずっと私たち母子に隠していたらしいけれど、母はなんとなく察していたらしい。しかしどうして今になって一輝くんの存在がばれてしまったのか。
簡単なことだ。父の愛人さんが一輝くんと父を見捨てて新しい男漁りを始めたようで、一輝くんには何も与えずに家を出て行ったという。母親としてそれでいいのかと激しく問いたいが、彼のやせ細った体を見るに、育児放棄なんてざらだったのだろう。
対して少なからず人命救助という常識を持っていた父親が、お風呂と歯磨きだけでもと一輝くんをうちに入れたのが事の発端だった。ちょうど家にいた母が一輝くんの存在を認識し、「まさか隠し子じゃあるまいな」と久しぶりに声をかけたことにより、父親の土下座が決まった。
まあ、なんとも。クズだクズだと思っていた父親はやっぱりクズだった。もっと言えばクズな父親の愛人はさらにクズだと思う。
「とりあえずこの契約書にサインしてくださいな」
ス、と母が差し出したのは一枚の白い紙。びっしりと先ほど書いたとは思えないような量の文字が記されている。なんの契約書だろうとチラリと一瞥すると、母が説明するべく口を開いた。
「この子を育てる代わりに、以前あなたに来ていた単身赴任の話を受けて、金輪際他の口座にお金を払わないことを誓い、ここにサインしてくださいな」
なるほど、うまく考えたものである。
うちの母はけして残酷な人ではない。きっと変わらない愛を一輝くんに与え、彼の光となるだろう。しかしそのかわり、父親はその債務をまっとうしなくてはいけない。何故なら、そもそも不倫などしてはいけないことを平気でして―――ましてや自分の娘が5歳の時に―――子供まで作っているのだから。
恐らくそのことをちゃんと自覚しているのだろう、父親は低くうなり、小さく頷いてペンを手に取り自分の名前を書いた。
それをしっかり見届けた私に、母はにっこり笑う。
「渚、申し訳ないんだけど、ここから大人の話をするから一輝くんを連れて近くの銭湯へ行ってくれるかしら」
「そうだね、わかった。…一輝くん、行こう」
父親の隣で黙り続ける小さな男の子の手を取り、私は嵐真っただ中の我が家を出た。
一輝くんの体はボロボロだった。それだけでどんな生活をしてきたのかわかる。髪の毛も自分で切ったのだろうか、不揃いでボサボサだ。着ている洋服もシミだらけで自分で手洗いで洗ったのだろう。きちんと落とせていなかった。
彼は手をつなぐことに慣れていないのか、少し歩きにくそうにしていた。彼は、自分がどういう存在で、どういう状況下に置かれているのかを理解しているのだろうか。もし理解しているのだとしたら、私はこれから自分の弟になるこの小さな存在を、どうしたらいいのだろう。
「…一輝くん」
鈴虫がリンリンと鳴く。隣を歩く小さな彼に声をかけた。
「私の名前は、渚。貴方の、たった一人の姉よ」
立ち止まって、屈んで、彼と視線を合わせてそう伝える。彼に私の言葉が伝わったかはわからなかったけれど、少しだけ、気のせいじゃなくて、本当に、少しだけだけど、握った手の力が強くなった。
それから一輝くんと親交を深めるべく、部活を早めに切り上げてはすぐに家に帰り、一緒に散歩へ行ったり、漫画を読んだりゲームをしたり、姉弟らしく遊んだ。その間、彼はけして笑顔を見せることは無かったけれど、今までの生活がトラウマなのだろうか、1人を怖がっていた。
彼に対して同情がないわけではない。むしろ最初は同情が主だった。けれどここ数週間で彼への気持ちは結構変わっている。やせ細った体が肥えていくように、私の姉としての弟への愛情が芽生えている。それを直接言葉で伝えるのは恥ずかしいから、態度で示そうと思う。
そんなふうに(おそらく私だけが)楽しんで姉弟生活を送っていたある休日。
その日は部活もなく、父はもとより母は仕事に出かけていたので姉弟で近くのショッピングモールへ買い物しに行った。買い物は一輝くんの衣服と、それから夕飯の食材。誘った時、彼は少し嬉しそうに頷いた。
「一輝くん顔整ってるからなんでも似合いそうね…何がいいかな」
「…うん…」
「あ、そろそろ冬物買わなきゃだね、寒いから暖かくしなくちゃ」
「…そうだね…」
90%私が話してるのは気にしないで欲しい。まぁでも最初の方は無視がほとんどだったから進展してるといえば進展してるよね。
そう前向きに捉えながらショッピングモールの中に入り、お目当てのものを買うべくいろんなお店を回った。
彼の服はシンプルなものが似合うのでほとんどそういう系統にした。あとは1人っ子時代にはできなかった姉弟お揃いのマフラーを買うという夢を達成し、昼食を食べようとフードコートへ移動した。
ちょうどお昼時だったためか、人が多く、席をとるのに困難だった。とりあえず席を確保しようと2手を繋いで人で人混みをかき分けて席を探す。とそこで団体できたのか、何十人もの人が席を取ろうとしたのか、一気にこちらに来た。けして勢いがあった訳では無いが、繋いでいた手を思わず離すくらいに身の危険を軽く感じたのである。
「う、わ…っ」
思わず唸る。嵐のような団体が過ぎ去った時、私は、自分の顔に血の気が引くのがわかった。
「か、一輝くん…!?」
少し空間の空いたそこに、一輝くんの存在が見受けられなかった。瞬間、迷子という言葉が頭の中に浮かぶ。
いやでもちょっと離れたところにいるかもしれない、とキョロキョロとあたりを見渡すが、彼らしき人は見当たらない。
とりあえず連絡を、とスマホを取り出すが、彼はまだケータイを与えられていなかったのを思い出す。
フードコートから出ていないと思ったが、人混みを避けるためにもしかしたら人気の少ないトイレの方へ行ったかもしれないとパニックになる頭で考え、一旦人ごみから出た。
もちろん、そこに一輝くんがいるはずもなくて。
これはやばい、と思ったその時だった。
「離、せ…っ!」
聞いたことがあるようで、聞いたことのない大きめの声がスタッフオンリーと書かれた扉の奥の方から聞こえてきた。
その声は子供っぽさがあって、そして全力でなにかに抵抗していた。
こんな時にそんな声が気になるなんて、と思うかもしれないが、その時は私にまさか、という気持ちがあったのだ。思わず持っていたカバンの持ち手のところを強く握る。
「一輝…ここに来たって事は私に会いに来たってことじゃないの…?」
そしてそのまさかは疑惑となり、確信に近くなる。ゆっくりトイレの通路奥に設置されているスタッフオンリーの扉に近づく。甲高い女の声が響き始めた。
「最近ストレス溜まってんのよ…良いから、黙って私の言うこと聞いとけばいいのよ…っ」
「や、やめ、やめろっ!」
「ああっうるさい。前まで大人しかったのに、何?抵抗するってわけ?」
「あ、ああ…やめろっ、やめ、」
ライターか何かをつける音が聞こえる。タバコでも吸ってるのだろうか。
タバコ、という存在を私の頭が認識した時、すぐに次の行動が予測できた。
「ああああ、うるさい!!このっ、」
「っ、やめて!!!」
バンッと勢いよく扉を開け、扉近くにいた小さい存在を抱きしめる。それと同時に腕に焼けるような熱い何かを感じた。次いでジンジンと麻痺するように痛みが腕を駆け抜ける。
これを、彼は毎日のように受けていたのかと思うと涙が出てきた。
「なっ!」
「あ…ね、えさ…なん、」
ジュ…と肌が焦げているのがわかった。女は持っていたタバコを私の肌から離し、力尽きたように手からタバコを落とす。私はそれを確認してから、一輝くんを守るに女の前に立ちはだかった。
「今、何しようとしたの」
「な…なな、あんた、なに、」
「何しようとしたの!!」
普段けして怒らない私の大きな声に、後ろに隠れる一輝くんが一瞬ビクッと震え上がった。それに申し訳なさを感じ、後ろ手で彼を自分に引き寄せる。
対して女は私を敵と認識し、自分より年下とわかったのか、キッと目を鋭くさせて私を睨みつけた。
「関係ないやつはどっか行ってよ!!一輝だって私に会いたかったんじゃないの!?」
「本当に会いたかったなら私の後ろに隠れずに大人しくあなたといるに決まってるでしょ!?」
「はぁ!?だいたいあんた一輝の一輝のなんなわけ!?」
ガッと私の胸ぐらを掴み、攻撃体制に入った彼女の腕を慌てて握る。女はどうやっても私を排除し、一輝くんを自分の元に戻したいように思えた。
先程からの会話と、タバコの件から察するに、恐らく女ーーーーつまり一輝くんの実の母親は、もう1度ストレス発散のために一輝くんを戻し、サンドバッグのように彼で発散させようとしている。
きっと一輝くんは生まれた時からそういう扱いを受けていたのだろう。
後ろで一輝くんが止めようとしたのか、私の服を強くつかむ。と同時に、目の前の厚化粧の女が不敵に笑い、私ではなく一輝くんのほうへ視線を向けた。
「あ、わかったぁ。一輝、あんた私に似てるから異性を落とす才能あったんでしょ?だからこの女味方につけたのね?」
それは限りなく一輝くんへの侮辱だった。ねっとりとした視線は、確実に一輝くんをロックオンしていて。
「さすが私の息子。そう、息子、息子でしょ?あんたの家族はこのアタシ、ほら!嬉しいでしょ!」
ーーーー歪んだその瞳で、彼を写すな。
強くそう思った瞬間、私は目をカッと見開いた。
彼女の腕を掴んでいた手を振り払い、その勢いのまま、女の胸倉を強くつかみ、締め付ける。グ、と低く唸ると、一輝くんは心配そうに私の服を更に強く握った。
「馬鹿にしないで」
自分でも低く冷たい声だと自覚した。目の前で女の眼が大きく開かれ、人口まつ毛が揺れる。化粧をしなければきっと美人の枠に入るのかもしれない。でも、私はこの日を美しいとは思えなかった。どこまでも汚く、どこまでもクズで、どこまでも自分勝手な女。
「一輝くんは私のたった一人の弟で、私とお母さんの大事な大事な家族よ!!」
確かにこうやって甘やかすことのスタート地点は、彼への同情と哀れみがあった。かといって嫌うこともなかったし、その感情のおかげで目いっぱい甘やかしたかったし、愛したかった。彼から愛の返事があったとは言えないけれど、絶対に離さない手から、傍にいてほしいという願望が強く伝わってきた。だから私は全力で答えて、彼を笑わしたかった。彼のたった一人の、姉として。
だから間違ってもこんな女に大切な弟を渡すつもりも、触らせるつもりもない。
大声でそれを言ったのがよかったのか否か、他の関係者の方がこの部屋に入ってきた。言い争いの声が外まで漏れていたのだろう、扉の外が少し騒がしい。
女はこのショッピングモールの関係者なのか、やたら派手な服装をしている。父親から聞いた愛人の事情によれば、風俗店含む高額なバイトを掛け持ちして生活していたとか。恐らくここもバイトか何かで働いていたのだろうが、このままだと確実にクビだな、としたり顔になる。
「一輝っ!あんた実の母親を見捨てるわけ!?この親不孝者!!!」
ヒステリックに叫び続ける彼女の声が耳に痛い。こんな声聞かせたくないと一輝くんの腕を引いてこの部屋から出ようとする。が、彼は一向に足を床から離さない。
まさか、あの女のもとに行こうとするのではないか、と不安がよぎった時だった。
「――――さきに俺を見捨てたのは母親だったあんただろ」
最初にこの言葉を聞いたとき、一輝くんて喋れるんだ、という正直は感想を私は抱いた。失礼な話だが、一輝くんが喋るという主語述語の関係が成り立たないと思っていたのだが、そうでもなかった。
それから一瞬呆けた彼女は再び叫び、暴れる女を他のスタッフの方々が取り押さえてくれた。少し事情を聴かれたが、いろんなところを端折って「弟に暴行しようとした」といえば誰もが納得してくれた。どう見ても子供の私たちの言い分は強く、いまだギャンギャン喚く彼女の味方はいないだろう。
それから一度落ち着こうとコンビニによってお昼ご飯を買った。2人でお弁当の入った袋を持ちながら黙って家路を歩く。
すると、「ねぇ」という声が隣から聞こえてきた。
「ねぇ、ずっと俺の姉さんでいてくれる?」
もしかしたらさっきあったことが影響してるのかもしれない。彼が文で私に話しかけてくれた、と軽く感動していた。
「も、もちろんっ!っていうか当り前でしょ!あなたの名前は、森下一輝で、私の名前は森下渚なんだから!」
しっかり話そうと、コンビニの袋を地面に置いて、彼と目線を合わせるためが屈んでそれを言う。彼とは対等でいたいし、彼と本当の姉弟でいたい。例え血は繋がってなくても、心は誰よりも姉弟でいたい。
それを伝えれば、彼は初めて、嬉しそうに頬を上げ、笑ってくれた。
その顔は本当に綺麗で、美しくて、そして何より子供っぽかった。まだ細いその体を強く強く抱きしめる。
「俺、きっと幸せなんだと思う」
その言葉で、彼の肩を濡らしてしまったのは仕方ないと思う。
それから数年、私は社会人4年目になり、一輝くんは大学3年生になった。
いろいろ戸籍関係で問題も起きたが、なんだかんだ彼も普通に森下家の一員として、森下一輝と名乗っている。彼の母親に関する情報も、恐らく一輝くんのことを案じてか母は話してくれない。ただ、結構社会的にやられてるとかなんとかで、あれ以来あの女とは顔を合わせていない。
彼が高校生になると部活にも入ってめきめきと筋肉と体力をつけ、今じゃ私より何十センチと高い場所に頭がある。さらにもともと整っていた顔が成長し、王子様風のイケメンへと変わっていった。どうしよう、うちの弟がかっこいい。
しかし、私が社会人になると大学生でも忙しかった日常がさらに忙しくなる。そのため、ほぼ家にいないことの多い私と一輝くんが会える時間なんてごくごく限られていた。
したがって、会える日は全力で甘やかす。……誰がって?そりゃ私が、といいたいが、現実はそうじゃない。
「渚、ここにいて」
「え?あ、うん」
「はい渚、これ食べるでしょ」
「え、え?うん、ありがと」
「あ、渚がこの前見たいって言ってたテレビ見よう」
「え、え、え?うん、見よう」
私を膝の上に乗せてソファーに座り、私の好きなお菓子を片手に持ってリモコンを弄るこの図を想像してみてほしい。まるで恋人同士ではないか。いや別に現在彼氏もいないので萌えるシチュエーションなわけですが。
最初に会ったころから大分…いやかなり成長した彼は、私が彼を甘やかしていた以上に、私を全力で甘やかすようになった。いやもちろん甘やかすだけじゃなくて怒ったこともあったけど、基本いい子だったから仲の良い姉弟ってご近所さんによく言われたよ?
いつの間にか「姉さん」呼びから「渚」呼びに変わってしまったけれど。
彼が後ろから私の腕を優しくとり、いつぞやの根性焼きの黒くなった跡に口づける。その行為は、あの事件の日から続いていることで。
「ねぇ一輝くん?」
「ん?なぁに渚」
「彼女いないの?」
「渚がいるからいい」
「私は君の彼女ではないよ」
「知ってる、たった一人の姉さんでしょ?」
だから俺から離れないでね、俺も離れないから。
その言葉を聞いてどこか安心してしまった私は、きっと異常なんだろう。
ゆっくりと背中を彼に預け、彼の温かさをかみしめた。
お姉ちゃんもヤンデレ予備軍になってます。一応。
物語も単調で二番煎じなものですが、それでもここまで読んでくださり、本当に嬉しいです。
ありがとうございました!!