#006 仕事を終える
2016年4月13日
2016年10月27日
ゴブリンは『しゅー』と間の抜けた音を立てて陽炎のように消えていった。
後には何も残っていない。
え、棍棒欲しかったのに。
「このレベルの魔物では何も残らんな」
どうやら、強い魔物じゃないとドロップアイテムを残さないということらしかった。
「まぁいい。石取って帰ろう」
鉱石のことらしいけれど、何の鉱石かは知らない。
……あれ。
「討伐の証明はいいんですか?」
証明部位とかないのだろうか?もう消えちゃってるけど。
僕が証人になるとか?いや、この場合は……
「ギルドカードだ」
カードというより首飾り?大きめのドックタグみたいだ。
女の人だったら、胸元チラリのどきどきシチュエーションだが、いかんせん相手はおっさんなのだった。
胸毛のチラリズム。誰得なのだろう。
「……見てもいいんです?」
一応確認をしてから見た。胸毛のことではない。
よくわからない。
ランクは……Bかな?
おっさんは雰囲気があるし、低ランクってことは無さそうだから、上からS、A、B……かな?
SSSとかAAAとかあるかもしれないけれど、それでも、Bランクって結構強いのではないだろうか。
他には……
「よくわかんないですね」
「だろうな!」
がっはっは!じゃねーよ。
なんで見せたんだよ。
「よし、じゃあ手伝ってくれ。今日は坑道で野営して、明日の昼前に出立して街に戻るぞ」
野営か。経験は皆無だが、ここはおっさんの判断に従おう。
昼に出るということは、町までは歩いて四~五時間程度と見るべきだ。
おっさんは、ギルドカード(と胸毛)を仕舞って襟元を閉じると今度は中空でなにやらゴソゴソ始めた。
「アイテムボックスですか?」
「おうよ、この通り、結構な量を持てるんだぜ」
おっさんは腕の筋肉を肥大させて、僕に見せた。
今の行動から察するに、アイテムボックスはもしかして膂力依存なのか?
ネット小説のテンプレから鑑みても、魔力が無関係とはとても思えないんだが……。
それに、おっさんがことあるごとに上腕二頭筋を見せたがる性癖を持っているだけという可能性も捨てきれない。
「僕は、膂力全然ありませんから、アイテムボックスが有っても無くてもあまり変わりませんね」
「まぁ、無理せん程度でいいからよ」
うーん微妙。
反応から、アイテムボックスと膂力には何かしら関係はありそうだ。
おっさんはただの筋肉フェチではない。と、思われる。
おっさんがアイテムボックスから採掘道具を貸してくれたので、僕はそれを持って採掘作業を手伝っていく。
掘り進む場所は、さっきまでゴブリンがたむろしていた場所の、その先だ。
戦闘の跡は残っていない。僕が戦った奴と同じように消えたのだろう。
採掘作業は、ひたすらおっさんの指示通りに行った。
何かのスキルなのか、はたまた経験なのか。僕が見ても、全然他と変わらない岩壁なのだが、おっさんが掘れと言った場所では必ずそれっぽい鉱石が出る。
正直『掘れ』とかあんまり言われたくないのだけれど、(アーッ!)仕方ないので、おとなしく従った。
実際の作業は掘るというか、壁を砕くという感じ。
体力は使うけれど、ストレス発散に良さそうだ。
しばらく作業していくと、ちょっと雰囲気が違う石が出てくる。
色も硬さも様々なそれらを傷つけないように採掘するのが、なかなか難しい。
最初は何個か壊してしまったものの、段々と慣れてくる。
ピッケルを細かく使って掘り出すと、地面に落ちた鉱石を拾って背負子に入れる。
漸く、背負子が半分くらいかなというところでおっさんの様子を窺うと、おっさんの背負子はもういっぱいになっている。
そして、いっぱいになった背負子をアイテムボックスにしまうと、また空の背負子を背負った。
僕の視線に気づいたおっさんは、ニッと笑ってサムズアップ。
あの顔を見ると、不思議なことに僕も頑張ろうという気になる。
僕もサムズアップを返して、次のポイントへ移動。作業を繰り返した。
「ふぃーお疲れお疲れ」
作業を終えるとおっさんは手早く薪を組み上げ、たき火を作った。火種は魔法だった。
たき火を土魔法で囲って、コンロを作り、その上で野兎を焼いた。
野兎は、採掘作業に入る前に血抜きをしておいたらしい。
毛皮を剥いで、丸のまま焼いた。食べた感じは鶏肉っぽくて、臭みは少なく、味は淡泊だ。
今日採掘した鉱石の中に岩塩のようなものがあったらしく、それを削ってかけて食べた。
少し物足りないけれど、予想よりうまかった。
飲み水をおっさんが魔法で出したのを見て、「そんなに魔法使って魔力は大丈夫なんですか?」と尋ねてみる。
「この程度、屁でもねーさ。こちとら鍛冶屋だぜ」とおっさんは笑った。
鍛冶ではもっとたくさんの魔力を消費するということなのだろう。
……魔法かぁ。僕にも使えるのだろうか。
ドワーフと言えば魔法が苦手なイメージがあるが、一見ドワーフに見えるこのおっさんでも、魔法で火種を作り、土を操り、水を出した。
僕に出来てもおかしくないのだろうか。
僅かに残った記憶から、ネット小説のテンプレを思い浮かべる。
一つ、魔法は使えないとおかしい。
魔法が使えないだけで迫害されるくらい、使えて当然な場合。
二つ、魔法は使えたらおかしい。
前世ほどではないにしろ、魔法を使っただけで王と謁見する羽目になったり、魔族の烙印を押されたりする場合。
三つ、魔法の使い方がおかしい。
これが一番起こりうると思うんだけど、闇属性は魔族の固有魔法だとか、光属性を使ったから勇者だとか、獣人なのに魔法を使った、とか。
特に気になるのは『属性数』だ。
おっさんは何気なく三属性使ったわけだが、これは普通のことなのか?
それともBランク冒険者たるもの一味違うということなのだろうか。
はっきり言って、僕にとって魔法を覚えるのはとても簡単なことだ。
ポイントを支払えばすぐにでも使える。
それどころか、気に入らなければ払い戻しできる。
だから、僕としてはすぐにでも魔法を使ってみたいのだが、この世界の常識に照らし合わせて正しく使わなければならない。
まかり間違って警察沙汰(おそらく警察組織は無いだろうけど)になるのは勘弁願いたい。
特に、僕は『契約魔術』を使うことができる。
これは、使い方によっては人を奴隷にすることもできるような魔法だ。
あれ?契約『魔術』だったよな。契約『魔法』との違いはなんだ?
今は、おっさんの目があるから、不用意にメニューは開けない。
メニューを他の人から見られるということはないと思うが、メニューが見えない人から見ればパントマイムみたいに変な動きをすることになるだろう。
「ドルフさん。魔法と魔術って何が違うんです?」
おっさんは煎り豆茶(コーヒーみたいな飲み物)を僕に手渡しながら唸った。
「俺も魔法はそんなに詳しくないんだが、簡単にいえば火を出す、水を出すってのは魔法だ。そんで、土を盛り上げてコンロにしてる。これは魔術だ」
おっさんが指差したコンロを見て、僕は首を傾げる。
その違いはなんだろう?
おっさんは困った顔をしている。言葉を探しているようだ。
変なことを聞いて申し訳なく思う。
「魔法には顕現って言葉が使われる。なんもないとこから、こうパッと現れる。これが顕現だ」
おっさんはそう言いながら掌に小石を顕現させる。
手品みたいだといったら怒るだろうか。
少なくとも、手品師はこの世界では仕事が出来そうにない。
「じゃあ、土のコンロは元からあるものを使ったから魔術ってことですか?」
「魔術は人が作ったものだ。魔法を使って何かをする。魔法の運用術のことを魔術と呼んでる。便宜上な。でもって、このコンロを作ったのは土魔法ではなく、形状変化の魔術ということになる」
まぁ、そんなこといちいち考えとらんがな。とおっさんは付け足した。
詳しくないと言いながらも、僕の疑問にちゃんと答えてくれている辺り、実力に対して謙遜しているように思う。
僕は「なかなか奥が深いんですね」と、相槌を打った。
「自分がどのくらい魔法や魔術を使えるかわからないんですが、ドルフさんみたいになんでもできるのはやっぱり特別なんですか?」
そう聞くと、おっさんは大げさに手を振った。
「この位は、ちょっと練習すれば誰でもできる。冒険者にとってアイテムボックス、火起こし、飲み水の確保は最低限必要な技術だ。それができなきゃ一生Gランク。子供のおつかいだな」
となると、僕もそれくらいは出来ても問題なさそうだ。
しかし、アイテムボックスは膂力に少なからず依存するみたいだし、膂力にもポイントを割り振っておくべきか。
「だが、お前さんも大変だな。記憶喪失ともなれば、能力ガタ落ちちまうらしいじゃねーか」
……なんですと?
2016年4月13日
2016年10月27日:表現、誤字など修正しました