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異世界の半分はお約束でできている  作者: 倉内義人
第二章
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#042 ミア

第二章です。


2016年6月27日



 ミアは魔術の才能あふれる少女だった。


 特に結界魔法の技術においては、同年代神官見習いの中で、他の追随を許さないほどの実力者だった。


 加えて、ミアは修行に熱心な努力家でもあった。


 当時、ミアが習得に励んでいたのは、術者本人の周囲をシャボン玉のように囲い、受けた攻撃をそのまま相手に跳ね返す結界魔術。《リフレクト》だった。


 《リフレクト》はその難易度の高さから、障壁魔術を習得した人間の中でも一握りしか扱えないという特別な魔術だ。


 そんな魔術を幼くして習得しようと言うのだから、その才能と努力は一級品と言えるだろう。



 しかし、ミアは自分の夢の為に努力を怠ることは無かった。


「こんなことじゃ立派な神官にはなれないわ……」


 ミアの夢は町の人に慕われる立派な神官になること。


 そして、自分と同じような両親のいない子供たちの助けになることだった。


 その夢に向かって、歩みを緩めるつもりは無かった。



 §§§



 ミアが事件に出くわしたのは魔法の修行の帰りだった。


「今日のご飯はなにかなー」


 ミアが暮らす神殿宿舎は孤児院を兼ねており、家事は神官見習いや施設の子供たちみんなで分担して行う。


「今日のお当番はケミーだったわよね」


 ケミーは幼いながらも料理上手の少女なので、今日の夕食にはかなり期待が持てた。


「昨日の夕飯はちょっと大味だったからなぁ」


 ミアはそんな風に独り言を言いながら、裏から神殿の敷地に入りさらに宿舎へと歩みを進めた。



『きゃあああああ!』



 突如として響いた悲鳴に、ミアは即座に走りだした。


 その悲鳴は間違いなく神殿宿舎から聞こえていた。


 聞き違いでなければ、それはケミーの声だった。



 ミアはすぐには突入せず密かに中の様子を窺う。


 目に入って来たのは、ケミーと彼女の義理の父親の姿だった。


 義理の父親は興奮した様子でケミーに調理用ナイフを突きつけている。



 ミアはその男がケミーを引き取りたいと言って神殿に来たのを何度か見たことがあったので、顔を知っていた。


 それは一目で、ろくでなしだとわかるような風貌だった。


 男は来るたびにいざこざを起こした。


 強引にケミーを連れて行こうとしたのも一度や二度ではなかった。


 先日の訪問を最後に「ケミーを引き取らせる気は無い」とはっきり断られていたはずだったが、どうやら逆上したらしい。


 何やら叫んでいるが、舌がもつれているようで何を言っているかよくわからない。


 ほとんど獣の咆哮のようだ。


 男がいつ、ケミーにナイフを突き立てるかと思うとミアは気が気ではなかった。


 ミアはすぐにでも攻撃しようと思ったが、その瞬間、部屋の中で大きな発光があった。


 目くらましの魔術と、同時にいくつかの攻撃魔法が放たれたようだ。


 光と衝撃音が収まったその場には、ミアが攻撃するまでも無く男が倒れ伏したていた。



 ミアはその様子を見て、緊張を緩めた。


 しかし、それは大きな過ちだった。


 ミアからは見えなかったが、男の手はいまだにケミーから離れてはいなかったのだ。


 取り囲んでいた神官たちは素早くケミーの保護に動いたが、朦朧とした意識の中で男が振り回すナイフの方が、一瞬早くケミーに襲い掛かった。



 ミアは、自分の油断を後悔した。


 念の為に、昏倒させられるような魔術を用意しておくべきだった。


 後悔はすでに遅い。


 ミアは少しでも時間を稼ぐべく、刺される覚悟をして男とケミーの間に割って入った。



 ミアはケミーをしっかりと抱きしめ、同時に固く目を閉じた。


 しかし、いつまで経ってもその体にナイフが刺さった感覚は訪れない。


「ミアお姉ちゃん……」


 腕の中でケミーが声を上げる。


 ミアが周囲を窺うと、男は取り押さえられているようだった。



「ケミー、よく頑張ったね」


「うわぁぁぁん。お姉ちゃーん」


 ミアはケミーの頭と背中をしきりに撫でた。



 ケミーが奥に連れて行かれ、今度こそミアは一息ついた。


 そして、漸く周りを見渡す余裕ができた時だった。



「ミア、君を連れて行かなければならない」



 神官の声は固かった。


 ミアは始め意味がわからずにいたが、次第に頭がクリアになった。



 男はナイフが胸に刺さって死んでいたのだ。


 そしてそれは、ミアが無意識に放った《リフレクト》の効果によるものだった。


 《リフレクト》は悪意や害意をそのまま跳ね返す。


 その魔術は、ミアが意図しないままで暴発した。



 結果として、ミアはケミーの義父を殺したのだ。



 法律としてはともかく、教義の上では殺人は完全なタブーだった。


 それが、正当防衛であったとしてもだ。



 ミアはその日のうちに罪を認め、奴隷になった。


 沢山の人が助けてくれようとしたけれど、ミアはそれをすべて断った。


「なんでこう、融通が利かないんだろうなぁ」


 ミアは人知れず涙を流した。


 もしかしたらもっとうまくやる方法があったかもしれない。


 言い逃れができたかもしれない。


 しかし、ミアは人を殺した事実を自分の罪として認めた。


 それが神殿に所属している人間の務めだと思った。


 務めを果たさなければ、立派な神官にはなれない。


 しかし、同時にこの選択はミアの神官になる道を完全に絶つものでもあった。



 それからミアは、少しずつ自暴自棄になっていった。


 夢を絶たれ、自分の無力さに打ちひしがれる毎日だった。


 それでも罪を償うまで死ぬことは許されない。


 その一心で、水だけは口にした。


 食事はほとんど取らなかった。


 食欲もすぐに無くなった。



 物心つく前に両親は死に、仲間を守った結果人を殺し、奴隷の身になった自分。


 ミアは洗面台の鏡に映るやつれた自分を見て思った。



 ―私は何のために生まれて来たんだろう。



 ミアは恐ろしかった。


 自分はやがて周りの人間を恨み始めるかもしれないと思った。


 奴隷商人のヒクソンを。


 自分を拘束した神殿の仲間を。


 ケミーを。



 罪を償うことも、夢をあきらめることも自分で選んだはずだ。


 なのに少しずつ心が荒んで行くのを止めることはできなかった。



 ミアは毎日自分の心と戦った。


 心が黒く塗りつぶされないように。


 正しい選択をしてきた自分を誇れるように。


 しかし、その葛藤はミアの体をも蝕み始めた。


 何かを食べる度、嘔吐した。


 食事をほとんどしなくても、胃液だけをゲホゲホと吐き続けた。



 そんなある日、ミアは町で一人の少年を見かけた。


 週に一度の顔見世行列の日だ。


 憐みと品定めの目線を浴びる中、その少年だけはどこか違う目をしていた。


 その目は、奴隷であることを飛び越えて、ただ私自身を見ているものに思えた。


 私は急に恥ずかしくなって、フードをかぶり身を縮めた。


 目が合わないように気を付けて、その場を逃げるように通り過ぎた。



 それからどういう道順で奴隷商館に戻ったのか、ミアは覚えていなかった。


 フードの陰から盗み見た少年の姿だけが思い浮かんだ。


 ミアは自分は奴隷なのだと思い直し、その少年のことを頭の片隅へと追いやった。


 何度も何度も、頭を振った。


 自分をなるべく安く売って、擦り切れるまで働くと決めたはずだ。


 それくらいしないと、罪を償えない。


 ご主人様は下種でいい。


 もし、あの少年が自分の主人になってくれたら。


 そんな風に考えることはさらに罪を重ねることだ。


 ミアは自分にそう言い聞かせた。



 §§§



 ようやく心が落ち着いた頃になって、ミアにお呼びがかかった。


 ミアは何も言わず立ち上がり、言われるままに商人の後について行った。


 前を歩く商人の靴をじっと見つめて、ずっと目を伏せ続けた。


 ドアが開いて、中に入る。


 それでも、床の模様をぼーっと見つめていた。


「ミアです。何でもしますので、お買い求めください」


 挨拶を促されて、それだけ言った。


 声がガサガサだったが、どうでもいいことだった。



 ミアが何も言わず返答を待っていると、さっきまで見ていた床に靴のつま先が現れた。


 それから、心配そうな表情で覗き込む少年の顔。


 ミアはその少年を知っている気がした。



 あの少年だ。



 ミアは目を見開き、同時に赤面した。


 自分の物とは思えないガラガラの声。


 梳かしていない髪。


 やつれた頬に、ささくれた唇。


 臭いは大丈夫だろうか?


 最近体を洗ったのはいつだった?


 ミアは混乱した。


 本来なら、あたふたと取り乱す所だが、それすらできない程だった。



「僕はFランク冒険者で今、十四歳なんだけれど、ミアはいくつですか?」


「じゅ、十三歳……です」


 聞かれたことには何とか答えるものの、声は上手く出ていない。


(一つ年上なんだ……)


「そうか、じゃあ僕より一つ年下だね。

「もし、僕の所に来たら、ミアには僕の妹になってもらうから、覚悟してね」



 ミアはドキッとした。


 自分の心が読まれているようだと思った。



 それから、少し話しをした。


 ミアは、少年が最後に言った「また、必ず来るから、待っていてくれる?」という言葉がうれしかった。


 あまりにうれしくて「はい。待っています」と即答していた。



「ミア、よかったですね」


 ヒクソン元神父はミアに微笑みかけた。


 その目には涙を湛えていた。


 ヒクソンとミアの目がしっかりと合ったのは、奴隷商館に来て以来、この時が初めてだった。



「ありがとうございます」


 恥かしさと申し訳なさから、ミアはそれしか言えなかった。


 その時初めて、ヒクソン元神父が自分をどれだけ心配してくれていたのか理解したのだ。



 それから、ミアは積極的に食事を取るようになり、吐き気を気力で抑え込み、少しずつ元の元気を取り戻して行った。



 数日後、少年がまたやって来たと聞いて、ミアは色めき立った。


「あ、あー。ん、んー」


 応接室のドアの前で喉の調子を整える。


 前回のガラガラとは違う、いつも通りの自分の声だ。


「参りました」


 ドアを開けると、そこには待ち焦がれた少年が笑顔を湛えて座っていた。


2016年6月27日

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