#038 死地、女子寮
2016年5月31日
エナさんの居場所についてはヒーリカさんが教えてくれた。
彼女のもとに他の職員からのタレこみがあったようだ。
探す手間が省けた点は幸いだが、もたらされた情報によれば、エナさんの潜伏先はかなりの難所だった。
「僕は今、ギルドの女子寮に潜入しようとしています」
寝起きドッキリ風に言ってみる。
声を潜めて、周囲の気配に気を配る。
最初は、堂々と面会を頼むつもりだったのだ。
けれど、寮長らしきおばちゃんにひと睨みされてすごすご引き下がった。
こえー。
魔物よりこえーよ。
僕は裏口に回り、様子を窺う。
時間が昼時なこともあってか、出入りは頻繁だ。
目撃されないように気を付けないと。
エナさんの部屋は一階らしいので、外から、部屋の窓をノックする。
「そっちじゃありませんよ」
ノックしようとした隣の部屋からエナさんが顔を覗かせる。
危うく関係ない人の所を訪問するところだった。
「気配でわかります」
エナさんはそう言って、僕を部屋に招き入れた。
僕は間男よろしく窓から侵入する。
怒っているのかは、表情からはよくわからないけれど、言葉の端々にわずかな刺々しさが滲む。
「何かご用ですか?」
「今回の依頼のこと、ちゃんと話しをしようと思って」
「あなたは勝負に勝ったんですから、それでいいです」
エナさんは少し口を尖らせる。
「だから、勝負じゃないんですって」
僕は、そんなエナさんを微笑ましく思いながらも、どう切り出すべきか困る。
「でしたら、どうしてあんな方法を使ってまで勝ちに来たのですか」
「負けたら、エナさんが余計心配するでしょう?」
「あんな勝ち方しても変わりません」
「でも、近接戦闘はまぁまぁだったでしょ」
僕は、エナさんの攻撃をしっかり捌いて、懐に入って見せた。
確かにそこに至るまでの方法は、きれいだったとは言わないが。
「……あなたが強いのはわかってますよ。
「それでも、心配は心配なんです」
「なんでもいうことを一つ聞くって言ったでしょ。
「なんか言っていいですよ」
「勝負じゃないって言ったじゃないですか」
僕は座っている椅子をベッドに座るエナさんの近くまで持っていく。
膝を突き合わせてお話しだ。
「勝負じゃなくたって、僕はエナさんの言うことなら何でも聞きますから」
「……行くのやめてって言ってもですか?」
エナさんは上目づかいに僕を窺い見る。
「それが、本当にお願いなら」
エナさんは少し考えると、不機嫌な顔をする。
「受付の先輩が言っていました。
「どんなに行かないでほしいと言ったところで、冒険者の人は行ってしまうと。
「危険であればあるほど、そこに身を投じてしまうと」
「僕も、そう見えます?」
エナさんはフッと頬を緩め、顔を綻ばせる。
「見えません。
「でも、行くんでしょう?」
「今回は」
「今回だけ?」
「場合によりますかね」
僕は笑う。
「だったら、私のお願いは、必ず無事に帰ってきてほしい。です。
できますか?」
「やりますよ」
僕はエナさんの手を取る。
「ところで、この部屋って暗いですね」
「ええ、まぁ一階ですからカーテンを開けておくのはちょっと……」
「引っ越します?」
「はい?」
「明後日くらいには帰ってくるんで、そしたら新居を探しに行きましょう」
「……あなたも一緒ですか?」
「どんな依頼からでも、無事に帰ってきたら、一番にエナさんの顔を見に家に帰りますよ」
夕方。
エナさんに手伝ってもらって準備を終える。
今回は弓にも出番がありそうなので、ちょっとエナさんにご指導を賜った。
エナさんは「あなた、たぶんもう《弓術》取れると思います」と、どこか悔しげだった。
僕には《動作最適化》があるので、すでに弓の扱いは一定の水準に達している。
それに加えて、《アイテムボックス》をうまく使いこなして早く弓を番える方法を教えてもらった。
「これ、お貸しします」
エナさんは愛用の弓を僕に渡す。
少し使ってみると、ギルドの貸与品とは雲泥の使いやすさだった。
「ありがとうございます」
僕は素直にお礼を言う。
「早く返してくださいね」
「あ。はい」
エナさんはくすくすと笑った。
名残惜しいけれど、エナさんとはここでお別れだ。
一度家に戻ると、おっちゃんが戻っていた。
「おう。準備は出来てるか」
「はい」
「別に、お前さんは無理せんでもいいんだぞ」
「大丈夫ですよ」
おっちゃんは仕方ないと言わんばかりの表情を浮かべて、僕に何かを投げてよこした。
「ドルクからだ」
胸当てと籠手だった。
よくキャッチできたなと、自分でも思ったが、それらは見た目よりかなり軽かった。
「店売りの金属防具よりかなり丈夫なはずだが、無理しねーようにな」
おっちゃんとはチームが別れる。
だからか、いつもよりも三割増しで心配そうだ。
それでも、僕が防具を身に着けると、不安も少し緩和されたようで、「まぁまぁ似合ってんな」と嬉しそうにしていた。
その後、エルダさんがやってきて三人で食事となった。
言うまでも無く、エルダさんの手料理も絶品だった。
最初は、僕はここに居ていいのかと所在なかったが、すぐに気にならなくなった。
食卓では、一人娘のエリーゼさんの話しが出て、とても興味深かった。
どうやら、そうとうなお転婆らしい。
誰に似たのやらって、二人ともによく似てるんだろうと思う。
「エナとはちゃんと話せたの?」
「大丈夫です」
エルダさんがどこまで知っているのかわからないので、僕は冷や汗ものだった。
昨日の夜はエナさんここに泊ったんですが。
「ギルドの女子寮ではずいぶんな騒ぎだったみたいよ。
「ヒーリカが言ってた」
ヒーリカさん、何か僕に恨みでも?
どうやら、僕とエナさんのプライバシーのためにも新居は必須の選択のようだった。
この分だと、昨日ここに泊まったことはばっちり知られてそうだ。
仕方ないから、話しを逸らす。
「エナさんに弓を借りました」
「あぁ!あれね。いい弓でしょ」
「とっても」
以前、エナさんがこの弓はおっちゃんとエルダさんの共同制作の一品だと言っていた。
「あの子ついて行きたいって言ったんじゃない?」
「言ってましたよ。
「でも、ちゃんと待っててくれるそうです」
「そう」
エルダさんは嬉しそうに笑った。
それは、エナさんのことをエリーゼさんと同じくらい大切に思っていることがわかる、慈愛に満ちた笑みだった。
準備をすべて終えて、一行は南門へ集結する。
ヒースさんとは、森の入口で落ち合う予定だ。
いざ、オーク討伐へ。
2016年5月31日




