#037 試合に勝って勝負に負ける
2016年5月29日
「エナさーん!どこにいるんですかー!」
声をかける作戦。
どずっ!
矢でのお返事でした。
しかし、聞こえているらしいことはわかったので、これで一安心。
「そんな、隠れてコソコソして心は痛まないんですかー!?」
返事は無い。
「『矜持』はどこに行ったんですかー!」
どすどすっ!
二連射。狙いは少し荒れている。
「まさか、『ここに住む気』ですかー?
「『トイレ』とかどうするんですか?ここでするんですかー?」
作戦名、昨日の可愛かったエナさんを思いだ出して作戦。
これはセクハラではない。
歴とした精神攻撃だ。
僕は隙をついて、次の障害物へ。
矢は飛んで来なかった。
「らいじょぶれすかー?ちゃんと一人でできるんれすかー!?」
おお。気配察知のスキルが無くても、気配がわかる。
ぺろ。うん、これは怒り。
試しに石ころを放ると、間髪入れず矢が飛んできて粉砕された。
油を注ぎ過ぎたかな……?
けれど、いい加減位置も把握したし、攻め込もうか。
僕は《毒霧》を発動。
《送風》を使って空気を循環させ、煙幕を一気に辺りに行きわたらせる。
次に《創造》でダミーを作り、それを盾にして突進する。
矢が何本かダミーに当たった手ごたえを感じながら、なおも前進すると、少し入り組んだ場所にぶつかった。
ここまで来ると、煙幕も晴れてしまっている。
開けた視界の端に、エナさんを捉えた。
エナさんは、さっきの挑発が腹に据えかねているようで、矢を乱れ打ちする。
多分何かの『武技』だと思うけれど、名前はわからない。
とにかく、ダミーで身を守りながら、何とか間合いに踏み込んで、近接戦闘に発展した。
エナさんは、《アイテムボックス》の使い方がうまい。
すぐに弓を仕舞い、木剣を取り出した。
って、木剣じゃない!
よく見れば、それは真剣だった。
危ない所で回避する。
いくらおっちゃん謹製の木剣でも、本物の剣を受けて平気とは言い切れない。
「エナさん!真剣は!ちょっと!」
エナさんの目には殺意の炎が灯っている。
下手したら、オークの巣に突っ込むより、この競技場の方が危険域なんじゃないだろうか。
「う、うるさい!さっきはよくも!」
しまった、刺激しすぎたらしい。
キャラが崩壊するほどの精神汚染だったとは。
「かわいかったから、ついいじめたくなったんです!悪気は無かったんですよ!」
「なお悪いです!」
エナさんの細剣が、語尾の粗さとは裏腹な的確さでもって、鋭く突きだされる。
《動作最適化》の力を使っても、かなりギリギリでの回避になる。
明らかに、今までで一番の命の危機に晒されている僕だった。
仕方ないので、一度だけ木剣で受けて、弾いた隙に懐に入り込む。
ギャリギャリと嫌な音がするのを無視して、色々考えた結果、エナさんの体を抱きしめる形で拘束する。
「卑怯者!卑怯者です!」
「やめてください!外聞が悪いでしょう!」
まだ、ギャラリーにはギルドの職員さんがいるはずだ。
姿が見えないのに、『卑怯者』なんて声が聞こえたら、心配して踏み込んできてもおかしくない。
エナさんは拘束されながらも、剣をブンブン振り回している。
あぶねー。
僕は、エナさんの半泣き、半狂乱の様に恐れをなして、事実上の敗北宣言をする。
「分かりました!何か一つ言うこと聞きます!だから、もう許してーーー!」
一応、この模擬戦は僕の勝ちだったはずなのに、不平等な約束が締結される運びとなってしまった。
拘束を解くと、エナさんは走ってどっかに行ってしまった。
追いかけるべきか迷ったが、ギャラリーのみなさんがすぐに後を追ったので、僕は時間を置くことにする。
「試合に勝って勝負に負けるとはこのことか……」
僕は、競技場の後始末をしながらつぶやく。
《創造》した障害物は、全部物理的に砕いて、仕舞えるだけ《アイテムボックス》に仕舞いこむ。
それを、街の外に持って行って草原に撒いた。
ほとんど砂粒だし、環境破壊とは言われないだろう。
とはいえ、その砂粒の量はステータスを弄らなければ一度では運べないほどだったが。
ぐったりとしてギルドに戻ると、すぐにヒーリカさんに捕まった。
「あ。お待ちしてましたよー」
彼女は自然に腕をからませて僕を二階まで連行した。
僕は、エナさんに見つかるのが怖すぎたので、がんばって解こうとしたのだが、解けないままだった。
今って、膂力に大分ポイント振ってるはずなんだけど。
幸いにも、エナさんに見つかることなく、応接室へ。
そこには、エナさんを除いた、昨日の面々が揃っていた。
エナさんが強引に参加しているというようなことも無く、ホッと息を吐く。
ヒーリカさんはスルリと僕の腕から離れると、インテリ眼鏡が座るデスクチェアの傍らに立った。
それから、一人知らない男が。
彼が、サフランからの使者だろうか。
海賊と言われても疑えないような、ガサツな印象の男だ。
「なんだ、そのガキは?」
おー。ヒグマさん並みに感じが悪い。
けどまぁ、それが普通のセリフだと思うので、特に反応しない。
「揃った。始めてくれ」
インテリ眼鏡が話すよう促す。
前置きや自己紹介も無く、すぐさま本題に入る。
「オークは四十体前後、オークアーチャーとオークソルジャーが複数体確認されていて、首長はハイオークだ。
「場所は『捨てられた坑道』。
「森の最東端に位置する古い坑道だ。
「立地が悪いんで、最近ではめっきり使われなくなって、警戒も手薄になっていた。
「今回の件は、こちらの管理の不行き届きの結果だと思っている」
海賊オヤジは「申し訳ない」と頭を下げた。
頭を下げれば良いというものでもないと思うが、こんな厳つい男が下手に出ると、逆に責め辛いというのが一般的な感性だと思う。
インテリ眼鏡を除いては。
「そう思うなら、そちらで処理するべきだな」
冷徹な目で言い放つ。
こいつには人の情というものが無いのだろうか。
まぁ無さそうだけど。
「俺たちもそうしたい所だが、面子が出払っちまっている。
「サフランからの依頼という形で、報酬には色を付けるから、何とか頼みたい」
先方から提示された報酬は、インテリ眼鏡の眼鏡に適ったらしい。
それ以上、特に揉めることも無く、話しは進んだ。
「まぁ、こういう時はお互いさまだからな」
海賊オヤジが帰ると、おっちゃんが言った。
「そうは言っても、今回の見落としはあり得ませんよ」
ヒーリカさんが珍しく怒りを露わにしている。
「オークが四十で、上位種が育つのまで許容しているって、どんな管理よ」
エルダさんも同じ意見のようだ。
対してダリアさんは、『難しいことはよくわかんないわ』と言わんばかりにお茶を飲んでいる。
四十の巨体が収まる廃坑ってどんなとこだよ、と思ったが、どうやら坑道の外にもキャンプを張っているらしい。
廃坑を中心とした小さな集落くらいの規模になっているとか。
こちらからすると、まずは集落を攻め落として、それから廃坑の本陣を叩くという二段構えで事に当たらなければならなくなるので、かなり厄介な戦場になりそうだ。
作戦としては、まずキルゾーンの周囲に罠を設置。
ここは、サフランのギルド所属の冒険者が担う。
次に、遠距離から『魔法』や『武技』でなるべく多くの敵にダメージを与える。
……オークだけに。
それから、前衛陣から順に攻め込んでいくという算段だ。
一般的なオークは特に気にすることは無いが、アーチャーやソルジャーという種類の個体は『武技』を使ってくるというので、注意が必要だ。
ハイオークともなると、オークのステータスを大きく上回り、別種の魔物と言っても過言ではないようだ。
『武技』については装備次第だが、魔術を使う個体も居るという。
人間の使う魔術とは違う種類のものらしいが、その分対応が難しい。
魔物たちの住み着いた坑道の地図を見る。
構造はごく単純。
ほとんど一本道で、その先に大きな広場。
フラスコのような構造になっている。
随分昔に廃坑になっているらしいから、地図もずいぶん古いというのが気がかりだが、仕方がない。
地図を見ていたヒースさんはヒムロスさんと何か話すと、席を立ち「先に様子を見てくる」と、部屋を出た。
どうやら、向こうの持ち込んだ情報では不足と考えたらしい。
確かに、正確な数なんかは一切わかっていなかったもんなぁ。
罠の配置についても、こちらの戦術をわかっている人がついていた方が理に適うだろう。
僕たちの出発は今日の夜。
森の近くで夜明けを待ち、日の出と同時に森に入る。
日のあるうちに殲滅は可能だろうが、難しいようなら日没前に一時撤退。
魔物は基本的に森から出ないので、可能なら平原まで脱出。
翌日仕切り直す。
これで、概ね作戦は決定だ。
僕は、エナさんを探して、出発までにしっかり話をしないと。
2016年5月29日




