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異世界の半分はお約束でできている  作者: 倉内義人
第一章
36/42

#036 一晩明けて

2016年5月27日



 日差しの眩しさで目を覚ます。


 今日は少し寝坊したかもしれない。


 エナさんはもうベッドには居らず、残り香だけがそこにあった。


 くんくん。


 しばらくして頭が冴えてくると、自分のキモさに気付いたので、嗅ぐのをやめて一階に降りた。



 おっちゃんの姿は見当たらない。


 昨日の晩から、こちらには戻っていないようだ。


 そのかわり、台所にはエナさんが立っていて、朝食を作ってくれている。



「おはようございます」


「おはようございます。

「そろそろ起こしに行こうと思っていたところでした」


 照れた素振りをするかと思ったけれど、振り向いたエナさんはいつも通りの様子だった。


 なんかちょっと新婚さんみたいだ。なんて考えが頭をよぎって、僕の方が照れ照れだ。



「食材勝手に使って大丈夫でしたか?」


「大丈夫です!」


 実を言えば、僕も居候の身なのでよくわからないのだが、ここは言い切るに限る。


 後で買い足しておこうか。



 エナさんお手製の朝食は、ライ麦の丸パンをスライスしたものに、ソーセージと目玉焼きとサラダとスープだった。


 豪華な朝食はどれもおいしいけれど、中でも、パンに添えられたジャムが格別だった。


 エナさんが手作りしたもののようで、アツアツのまま提供された。


 ゴロゴロとたっぷり入った木苺は、昨日の森で集めて来たものらしい。


 いつも食べているパンが、一気にグレードアップしたような気がする。


 結局、パンを丸ごと一個食べきってしまった。



 食後の片づけを終えると、朝食のお礼を兼ねてお茶を淹れた。


 普段は豆茶を飲むのだが、今日はジャムがあるので紅茶にした。


 この世界でロシアンティーは無いだろうから、ジャムティーとでも言うべきだろうか。



 ポットもカップも陶器のものが見つからなかったので、金属製の大きなタンブラーにたっぷりとお茶を注いだ。


 ジャムを食べながら、紅茶を飲む。


 果肉が大きいので、お茶うけに最適だ。


 クッキーでもあればなお良かったのだが、切らしていたのが残念だ。


 あと、陶器のカップが見つからなかったのも。



「……おいしい」


 エナさんもジャムと紅茶の取り合わせを気に入ってくれたらしい。



「今日の昼前には、サフランからの情報が入って来ますね」


 エナさんは少し心配そうに、タンブラーのふちを指でなぞる。



 昨日の集まりは、あくまで決起集会みたいなもので、『どうせ食事するなら一緒にやってしまおう』くらいのものだった。


 メンバーの顔合わせを兼ねた、ちょっとした同窓会みたいなものだ。


 もちろん、全くの無駄ということはなく、おっちゃんたちが円満になっただけでも有意義な時間だったと思う。


 けれど、戦略会議としては、しっかりとした作戦を立てるには至らなかった。


 巣の規模や立地が分からなければ、作戦の立てようもない。


 現状の作戦は、チームを突入班と遊撃班の二つに分けて各個撃破するということだけ。


 魔物は知性が低いとは言うものの、かなり不安がある。



「やっぱり、私もついて行こうかと思っています」


 エナさんは、決意を湛えた目で僕を見る。


 しかし、そんな目で見ても駄目だ。



「エナさんはお仕事のしすぎですよ。

「たまには休まないと。

「昨日も一昨日もちゃんと寝てないんですから」


「昨日は、おかげさまで、割と良く眠れましたが?

「それより、あなたのことが心配なんです」


「僕だってエナさんのことが心配ですよ。

「この仕事はあくまで通過点です。

「僕が仕事に行く度にそんなに不安がるんですか?」


「不安がりますよ。

「ただでさえ、人はいつ死ぬかわかりません。

「だというのに、今回はオークの群れですよ?

「Dランクにはまだ早い依頼です」


 それは、そうだ。


 まだDランクなり立ての僕である。


 正式な依頼は、ボアの葉を採りに行った一回きりだ。


 というか、僕は冒険者になって、まだ一週間しか経っていない。


 客観的に見れば、今回の作戦に参加するのは、かなりの無茶なのかもしれない。



 僕だって、お金に困っていなければ、エナさんの反対を押し切ってまで参加しないのだが、ミアを引き取るのは僕が決めたことだ。


 最低でも、金貨二十枚はなるべく早く稼ぎ出さなければならない。


 エナさんといいおっちゃんといい隙あらば援助しようとしてくるので、本当に油断できない。


 僕がちゃんと養っていくと決めたのだ。


 出来れば、そういう形で人を頼りたくはない。


 まぁ、居候の身で言うことでは無いのかもしれないけれど。



 どちらにしても、今後も冒険者として身を立てていくなら、今回の仕事は必要な経験だ。


 これだけ多くのベテランに見守られて経験値を積めるというのは、得難い機会だと思う。


 そう言っても、エナさんは納得しないだろうけれど。



「エナさん、少し早いですけれど、お茶が終わったらギルドに行きましょう

「それで、少し稽古をつけてもらえませんか?」


「……なるほど、勝負ということですね?

「あなたが勝ったら行くのを認めろと」


 なるほどじゃないよ。


「違います。全然違います」



 エナさんが僕を信じられないなら、しっかり力を示した方が安心できると思っただけだ。


 なぜ、こんな大事に。


 エナさんは、フンスと鼻息を荒くして、「一度寮に戻って準備をしてくる」と息巻いて行ってしまった。


 結局、誤解は解けないままに、僕はギルドの競技場に一人立ち尽くしていた。



「それにしても、エナさん遅いな。

「ちゃんと言われた競技場で間違いないと思うんだけど」


 僕はキョロキョロと無人の競技場を見渡す。



 ギルドには、一般に開放されている訓練場の他に、貸し切り型の競技場というものがある。


 以前のFランク昇格試験の際にも同じスペースを使った。


 競技場は貸し切りだし、かなり広いので、周囲を巻き込みかねない本格的な模擬戦をする場合によく用いられる。


 今回は弓ありの勝負だなので、念の為に競技場を借りた。


 まぁ、矢じりが無い模擬戦用だから、流れ矢に大きな危険は無いと思うけれど。



 僕はあんまりに暇だったので、競技場に《創造》を使って障害物を作っていた。


 作りこみ過ぎてリアルな渓谷みたいになってしまったタイミングでエナさんはやって来た。


「あの、お待たせしました……」



「あぁ、遅かったです……ね……?」


 なんかいっぱい人がいる。


 見たことある受付嬢さんたちと、ギルドの女性職員さんたちだ。


 え。なにこれ。



「いえ、昨日どこに泊まったのかと詰問されて……。

「最終的にはみなさん一目見たいとおっしゃって」



 ……エナさん愛されてるなぁ。


 僕は、「いつもお世話になっています」とか適当な挨拶をした。


 周りを遠巻きに囲まれ、値踏みするような視線や、僕に聞こえないようなこそこそ話しに晒される。


 こんなに居心地悪いのは、たぶん前世を含めてもなかなか無い。


 それでも、エナさんに変な虫がつかないように見守っていてくれたみなさんなんだから。と思うことで、何とか心の平静を保つ。



 しばらく経って満足したのか、幾人かは仕事に戻った。


 けれど、幾人かは残って模擬戦を見学していくようだ。


 認めてくれたのか、要経過観察なのか分からないが、ともかくこの場は収まったらしい。


「あの、この状況は?」


「障害物があったら面白いかなって思って、待ち時間で作ってみました」


「マナは大丈夫なんですか?」


「体調は何ともないので、さっそく始めましょう」



 ギャラリーにいた職員さんが、審判役をやってくれて、対戦が始まる。


 昨日もダリアさんと戦ったばっかりなのになぁ。



 僕は、ある程度警戒をしながら進んでいく。


 ある程度なのは、どんなに警戒したところで、エナさんを出し抜くことはできないからだ。


 《攻撃知覚》に頼りつつ適宜対応していくしかない。



 ちなみに、僕が作ったフィールドだからといって、全容を把握しているかと言えば、必ずしもそうとは言えない。


 確か、あの辺に結構積んだよな。とか、覚えていることもあれば、こんなところに積んだっけ。と、戸惑うこともある。


 エナさんも事前に見回っていたので、そのあたりの条件は同じということでいいだろう。



 僕には、相手の存在を感知できる能力が無い。


 だから、攻撃されて、《攻撃知覚》が発動するまでは敵の発見は難しい。


 エナさんのように、索敵能力の高い相手は、僕が目を凝らしたくらいで見つけられるような隠れ方はしていないだろうし。


 こうなってくると、弓使いのアーチャーというより、暗殺者のアサシンといった感じがしてくるよなぁ。



「ってあぶな!」



 そんなことを思っていると、目の前が真っ赤に染まった。


 すぐに目の前の障害物に逃げ込む。


 ほんの一瞬の差で、僕の後ろ髪を矢が掠める。


 ヘッドショットかよ。


 最悪、怪我させてでも、行かせないという決意の表れだろうか。



 狙撃を受けて、大雑把な方向はわかったけれど、正確な場所までは見て取れなかった。


 ここからが正念場だ。



 ギルドで貸し出している弓の射程は精々百メートルだと言っていた。


 エナさんの弓はもっと優れていて二百メートルくらいあるらしい。


 その距離を、安全に素早く近接しなければならない。


 また距離を開けられる前に攻め込まないと。


 矢をつがえるスピードが一瞬だというのも、先日の森で見てわかっているので、隙が無い。


 ここは自分をおとりにしながら、障害物伝いに近づいて行く方法をとる。


 そっと、向こうを覗くが、エナさんの姿見えない。



「ってあぶ!」


 エナさんからは、僕の姿が見えているらしかった。


 僕は意を決して、次の障害物へと移動する。


 飛び込んでの、前回り受け身。「あぶね!」


 微妙に届いていなかった……。


 危うくお尻に穴が増えるところです、はい。



 なんとか次の障害物に移動するも、いちいち危なっかしい。


 このままでは、次の場所に移れるかどうかも怪しい感じだ。


 こうしている間にも、エナさんは狙撃ポイントを変えてくるかもしれないし、じり貧だ。


 こんなことなら、障害物なんか作るんじゃなかった。



 仕方ない、ここは使いたくなかったけれど、あの作戦で行こうか……。


 僕は怪しく笑った。


2016年5月27日


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